16-9
「実にあっさりと行きましたね」
「そうだな」
レオナたちを見送ったボニーたちはその姿が見えなくなるのと同時に膝から崩れ落ちた。
「ははっ……見ろ、情けない限りだ」
「隊長、私もです」
年端もいかない少女の走る速度、そう侮った結果がこれだ。
「どう思う?」
「あの少女なら八十層くらいは「ちょっとそこまで」感覚で行きそうですね」
「末恐ろしいというか、既に恐ろしい少女だな」
ロアの騎士団は四つの隊に分かれており、それぞれが王宮警護、街の警護、訓練、休憩を順繰りに切り替えている構成を取っているため、第三隊というのも単に番号が振られているだけで、王宮警護、すなわち近衛もこなす練度の高い隊だ。その筆頭であるボニーがついていくのにやっとという少女が本気を出したらどうなるのか、見てみたい思いと同時に、見ない方が幸せかも知れないとも思う、複雑な心境だった。
「……ふう、五分の小休止後、地上へ帰還するために移動開始だ」
「「はっ」」
五十層で五分の小休止。普通なら魔物が襲ってくるが、あの少女が通り過ぎたあとには魔物の気配が一切ない。返す返すとんでもない少女だ。
「疲れた」
「そうですか」
六十層に到達したところで疲れたので休憩することに。
「えい」
魔法で天井近くまでの土台を作り、そこで焚き火を開始しながら周囲に障壁を張る。上下に少し隙間を作って空気が流れるようにすれば酸欠の心配もない。
「はい、ご飯」
「どうもです」
アイテムボックスから適当に出して並べて食事を済ませると私はゴロンと横になる。食べてすぐに寝ると牛になる?むしろ望む所よ!未だに上から下までストンと言う体型が変わるなら!
「あの?」
「とりあえずゴメン、私は寝るから、見張りをお願い」
「見張り?私が?」
「うん。障壁は頑丈に作ってあるから大丈夫だと思うけど、ヤバいかな?と思ったら起こして」
「わかりました」
「じゃ、おやすみ」
目を覚ましたら、膝を抱えて寂しそうにしているコーディが。
「ふあ……おはよ」
「あ、おはようございます……って、時間が全然わかりませんけど」
「そうなのよね。ダンジョンの中って明るさが全然変わらないから時間の感覚がつかめないのよ」
くるまっていた毛布をしまい、焚き火に手をかざす。
「えーと、私的には朝食なんだけど、何かリクエストある?」
「あ、温かいものを!」
寒かったのね。
ダンジョンの中は特別冷えるということはないけれど、岩がむき出しのこの辺りの階層だと、何となくひんやりしていて、じっとしていると寒い。
だから焚き火をたいておいたけど、イマイチだったか。
一応お湯は沸かしていて、お茶が飲めるようにはしておいたけど、それだけだと足りなかったみたい。
そんな話をしながらパンと具だくさんスープの食事を済ませると移動開始だ。
「移動中は寝てていいから」
「あ、はい」
出来るだけ揺らさないように注意はするけど、魔物を吹き飛ばすとどうしても衝撃音が出る。衝撃音が聞こえないようにしようとすると、ダンジョンの通路ぴったりに障壁を展開しなければならず、そうすると障壁とダンジョンがこすれ合ってガリガリと音を立てる。
コーディに聞いたら、魔物が吹き飛ぶ音の方がマシ、と言うことなので耳栓もしてもらいながら移動開始だ。
それにしてもこのダンジョン、広いだけでなく通路がぐねぐねと曲がっていて思った以上に時間がかかる。コーディがいても使える、という感じに転移の性能でも上がっていないかしらと試そうとしたけれど、そもそも結構な密度で魔物がいるので転移できず。
仕方なくこうして走っている訳なんだけど、時間がかかる。多分今日は七十層まで行ければいい方、という感じかな。六十層を越えたらまた広くなってるのよ。
このままいったら、多分最下層だろう百層って、どんだけ広くなるのやら、と言うくらいに。
結局、私が疲れて休憩に入ったのは七十八層の半ば。それでもコーディは「いや、普通はこんなに速く移動できませんからね?」と労ってくれた。
「ぐぬぬぬぬ……」
「ダメですからね」
「しかし!」
「もう一度いいますよ。ダメですからね!」
ロアの王城内は大騒ぎだ。あと数日の内に住民を全て街から追い出して移動させるというのは、とにかく色々とやることが山積みになっていく。とりあえずの移動先としてはロアから東へ十キロほどにある比較的大きな村の近くと決まった。村自体がそこそこ裕福なのと、ロアとの間の街道沿いがほとんど手つかずの草原になっているので、そこに雨風をしのげるように小屋を建て、テントを張り、と急ピッチで作業を進めている。
「第五区画、確認終わりました!」
「第七はどうした?」
「まだ報告が来ていません!」
「よし俺が「ダメですと言ったでしょう?」
隙あらば出ようとする王の耳は王妃によってつままれており、そろそろ長く伸びてしまうのではと、すぐ近くで作業をしている者たちはちょっと気にかかっている。まあ、伸びたら伸びたで笑えばいいかと思っている者もいる時点で王と王妃の力関係がどういうものかが垣間見えるというものだ。
「俺が行けばすぐに!」
「片付いたら「ダンジョンに行くぞ!」というのでしょう?」
「そ、そそそそそ……そんなことは……」
「そんなことは?」
「はい、ここで待ってます」
「よろしい」
ハンターから王位に就くケースの多いロアでは「王はどっしり構えていればいい。実務は配下が回せばいい」という考えが徹底しているため、ここにいてもすることはない。王に就任してから今まで、書類仕事は年に数回。年度の予算と決算の書類にサインをするくらいしかしていない王だが国民の受けはよく、今回の緊急避難もしっかりと王が言葉を口にしたら大した混乱もなくそれぞれが動き始めたほど。
現に、街は避難するための人であふれかえっているが、区画毎に「荷物をまとめる」「早めに移動する」と言った具合に人の流れが出来上がっており、時折人並みに紛れてはぐれた子供が泣き出すほかは大きな混乱はない。
だが、そこに王が出向いたら、「王様だ!」「王様が来たぞ!」となって無用な混乱を招くので避けたい、というのが建前。
隙を見てダンジョンへ行こうとする王を止めるのが主な理由である。
「ここのダンジョンと言ったら、俺、だろうに!」
「第三隊の隊長からの報告にもあったでしょう?全く迷う様子もなく進んでいったと」
「し、しかし!」
「あなたは我が国の騎士団の隊長の言葉を信じられないのですか?」
「ぐぬぬ……」
「「うわあ……」」
八十六層に入ったとき、私たちはそれぞれ違う理由で声が出た。
前人未踏地域である八十六層はどこまでも広がるように見える草原で、ところどころに岩山や丘陵がある他、木立もあるし小川も流れている。上を見ると抜けるような青空。私の感覚では、ここの広さはとんでもなく広く、上も天井がないように感じる。
今までのダンジョンはどこもかしこも「ザ・洞窟」みたいな所ばかり。こういうダンジョンの中のくせに外にいるような場所というのはラノベの異世界ものでは普通にあるようなことが書かれていたけれど、実際には見たことがなくて、所詮は想像の世界の話かと思っていたのだけれど、こうして実際に目の当たりにすると実に不思議な空間だと思う。
私が思わず「わあ」と声が出てしまった理由はわかってもらえたと思う。ではコーディはと言うと、どちらかというと「私、さすがに死んだかも」という意味合いが大きいと思う。
そりゃそうよね。ダンジョンの層を降りてきたのは小さな岩山に開いた洞窟で、そこを出て最初に見えたのがドラゴンの群れ。大小様々約三十匹。
しかも、遠くからこちらに向けて飛んできているドラゴンも見えるから、増え続けている。




