16-8
「そうおっしゃらずに。これも命令なのです」
「あなたが受けた命令であって私にはあまり関係ないんですが」
「大丈夫です」
ボニーさんがトンと胸を叩いてみせる。
「勝手に着いていきますので」
「そうですか」
邪魔をしないならいいか。
「じゃ、コーディ、行くわよ」
「えーと、どうやって……小屋?」
ここのダンジョン、天井は結構高いけど、幅の狭いところがあるので小屋を出していくのはちょっとマズい。多分五十層を抜けるまでに小屋が全壊する。
「コールっと」
「あ、はい。お気遣いどうもです」
私のヴィジョンでコーディを抱え、私は走ればいいのよ。
「揺れるから糸で固定してもいいわよ?」
「はい。その辺はなんとか頑張ります……って、レオナ様のヴィジョン、糸が巻き付いても平気な……平気ですよね」
よくわかっているようで。
「では行きましょう!」
「はいっ!」
マップの示すとおりに走り出すと、ボニーさんたちもあとからついてきた。
ボニーは勝手について行くとは言ったが、これはある意味この少女を試すひと言だった。
ロアのダンジョンはその階層の深さでハンターたちを惹きつけているダンジョンだ。しかし、ここに入ったハンターの半分は最初の階層の広さに呆然とし、二割程度が地元へ帰っていく。
残った者もしばらく潜った結果、この広さの階層が確認されているだけで八十層という現実を聞き、自分には踏破は無理だと思い直して帰って行く。そして最終的に四十層を超えても潜り続ける者は一割を切り、二十層程度で糊口を凌ぐ者が大半となる。
そして各階層は広いだけでなく複雑な構成になっていて、どこをどう進めばいいのかというヒントはどこにもない。日常的に何度も潜っているボニーたちも全ての道を覚えているわけではなく、長年の蓄積による簡易地図がなければすぐに現在地を見失う。
迷宮と呼ばれるだけのことはあるダンジョンなのである。
そんなダンジョンでもボニーたちにとっては庭のようなもの。そこを「ついて来られるならついてきてもいい」という。さて、どの口がそんなことを言うのかと睨み付けていたら、いきなり一人増えた。
どうやらあの少女のヴィジョンらしいが、ヒト型というのはともかく、人間とほとんど変わらないどころか、どこからどう見ても美少女という見た目には、部下たちと共に言葉が出ない。
そして、そのヴィジョンに通訳の女性を抱えさせると走り出した。
正しい方向へ。
そして、そのままいくつもの分岐点を正確に選び、下の階層へ進む通路に向けて進んでいく。
それだけでももうお腹いっぱいなのだが、さらに加えて魔物の対応だ。
相当強いと言うことはわかっていたが、まさか近づこうとした魔物が吹き飛んでいくとは思わなかった。
殴り飛ばしているという様子がない時点で、何をしているのかさっぱり。ドラゴンすら軽くあしらうほどの実力があるという話は聞いていたが、どうやら誇張でもなんでもない事実であると確信できた。
この少女なら、このロアの大迷宮の最奥にたどり着けるのだろう、とも。
ダンジョンの階層の深さと危険度は比例するというような話は聞いていたから、ここ、ロアの地下迷宮五十層というのは私が今までに経験してきた中で一番危険なんだろう。
それを証明するかのように、走る私の進路を遮るように次々魔物が現れる。
最初、殴り飛ばそうと思ったんだけど、すぐ向こうに他の魔物が見えたのでやめた。いちいち殴っていたらキリがない。
と言うことで、魔法で障壁を展開。ぶつかった魔物が私の足を止めるほどの力の持ち主ならともかく、そうでないなら吹っ飛んでいく。飛んでいった先に他の魔物がいればそれも巻き込むし、すぐ近くが壁ならひどい音をさせて壁の染みに変わる。
それでも魔物たちはそれが己の本能なのか、健気にもこちらに向かってきては吹っ飛んでいく。
私に向かってこなければ、少しは長生きできたというものを。
最終的にはダンジョンと運命を共にすることになるから、数日のズレで、誤差レベルだけどね。
そんなふうに走ること三十分、下に降りていく階段状の通路を発見した。
「コーディ、ここから下に降りられるみたい」
「何かもう、感動とかそう言うのを通り越しちゃっててコメントしづらいです」
「そうね。ダンジョン探索のワクワクドキドキ感はないわね」
「私は結構スリルありましたけど」
展開していた障壁は私やコーディのすぐ前一メートル程度。なので、迫ってくる魔物が見えない何かで吹っ飛んでいくのをかぶりつきで見ていたわけで、コーディは地球の絶叫マシン顔負けのスリルを味わっていたというわけだ。
そして私はそういうスリルを感じることはないのだろう。そういう意味ではちょっと残念かも。せっかくの異世界なのに。
「で、皆さんはこの先もついてくるのでしょうか?」
後ろを振り返り、訊ねてみる。
ボニーさん筆頭に必死についてきた騎士さんたちに。
「いや、ここまでだ。最初から、そのつもりだったし」
「へ?」
「大陸でも有数の危険度を誇るダンジョンの五十層だ。万が一にも迷うとか魔物に襲われるとか言うのがあってはと、ついてきたがその辺りの心配は無さそうだと判断し、帰還後国王王妃両名に報告する」
「そう」
「侮っていたわけではないので、そこは勘違いしないでいただきたい。私たちは騎士。民を守るのが役目。それは他国から訪れたお二人に対しても同様」
「じゃ、お眼鏡にかなったのかしら?」
「それはもう、充分すぎるほど」
「ん、わかった」
己の使命に忠実なのですね。
ザッと全員が整列した。
「誰にも聞かれない場所ですから、言いたい放題言わせていただきます。我らが王の非礼、重ね重ね申し訳ないと謝罪します」
「え?」
「あんなでも脳筋であることさえ除けば、国のために尽くす、良い王なのです」
「脳筋ってあたりが致命的なのでは?」
「王妃が必死に矯正しようとしましたが、無理でした」
「でしょうねえ」
って、自国の王を脳筋呼ばわりしてもいいのかしら。誰も聞いてないから言いたい放題なのかも知れないけど。
「そして改めてお願いします。世界のためというのはとても大きな言葉で、一介の騎士である私たちにはそれがどれほどのものか想像もつきませんが……どうか、異界の魔王の軍勢を食い止めてください」
「わかった」
私の返事に整列した彼らは右手をビシッと左胸に当てた後、敬礼する。
「一応、この国の騎士の最敬礼、だそうです」
「どう答えれば良いのかな?」
「それは私にもわかりません」
コーディが耳打ちしてくれたけど、特に役に立つ情報ではなく、なんて返せば……無難に返しておこう。
「では、私たちは先へ進みます。皆さんもお気をつけて」
「はいっ」
正解だったようで、階段状になっている道を下っていく私たちを「お気をつけて」「ご武運を」などといった声で見送ってくれた。
「さて、コーディ」
「はい?」
「さらにスピードを上げるわよ」
「ええええ……」
ここに来るまででも結構な速さだったのにと言う抗議は受け付けません。
「大丈夫よ。コーディは私が守るから」
「その言葉は信じてますけど、時々休憩したいです」
「わかったわ。前向きに善処する」




