16-7
これから入るダンジョンはおそらく百層まで達する深さ。ただ潜るだけなら私だけでも充分だ。多分、王妃様の取りなしでコーディの扱いも悪いものにはならないだろうから、預けていってもいいだろう。だけど、騎士たちがゾロゾロ付いてくるとなると話は別。
必死に取り繕っていたけれど、先ほどのボニーさんだって、私が強いのかどうか判断がつきかねているような、こちらを値踏みするような視線をこちらに向けていたが、それは他の騎士も同様。こちらに視線を向けていない騎士も多くいたが、明らかにこちらを探っているような雰囲気だった。
そんな連中とダンジョンに潜る。しかも言葉も通じない中で。
こちらとしては、
「さっさと行きます。置いていきます」
と宣言したっていいのだけれど、それはそれで何かダメな気がする。仮にコーディを置いていった場合、彼女の扱いが変わる可能性もある。
とりあえずダンジョンをどうやって進むか悩みながら薄暗い穴の中へ入っていく。
「ひえええ」
「コーディ、歩きづらいから服の裾を引っ張らないで」
「で、でも」
「引っ張りすぎ、私、背中が見えちゃってるじゃない」
「し、失礼しました」
コーディの方が背が高いところに加えて、掴んだ上着の裾をグッと持ち上げるものだから下に来ているシャツまで引っ張られて背中が丸見え。裾を振りほどき、不安げなコーディの手を握ってやる。特別サービスよ。
「さて、このダンジョンは、と……げ」
「どうしました?」
「確かここ、八十層以上あるはずよね」
「そんな話がありましたね」
「最初のここ、一層が既に上にある街より広い」
「え?」
迷宮都市であり、都市国家であるだけあって、ロアは結構広い。だいたい直径四~五キロという、なかなかの広さを誇る大都市なんだけど、ダンジョンの一層が既にそれより広い。
「この先の層も同じような広さだとしたら……結構大変かも」
「ええ……」
最近マップの能力が向上して、ダンジョンの下の層へ降りる入り口への最短ルートを表示できるようになっていたんだけど、ざっと十キロは移動しなければ下に降りられないようだ。この先の層も似たようなものだとすると私が全力で飛ばしても十層降りるのに半日かかりそう。王様が最近は潜っても二十層くらいで戻ってくると言うのは単純に移動にかかる時間がとんでもないことになるからと言う理由というのがよくわかった。
「でも、それならそれで試してみないとね」
「ん?」
「コーディ、ちょっと離れて」
「はい?」
コーディが数歩下がったところで、壁に向けて「ていっ!」とパンチ。
ズズン、と一帯が揺れたが、壁にはヒビが入っただけ。
「ダメか。そろそろぶち抜けるかなと思ったんだけど」
「待って待って、ちょっと待って」
「ん?」
「レオナ様、何やってんですか?」
「何って、壁をぶち抜けたら移動が速くなるかなって」
「はう……私の雇い主、本当にとんでもない人だった」
ダンジョンについて詳しくないコーディだって、最低限の知識はある。ダンジョンの壁は頑丈で、壊すことなど出来ないと。だが、その常識をひっくり返しそうな人が自分の雇い主で、実際壁に入ったヒビは、あと何回か殴ったら向こう側に突き抜けるのでは?と思わせるほど。もっとも、今の一発も結構全力に近かったらしく、これでダンジョンを進むのは断念したようだ。常識というものを覆し続ける雇い主にも、出来ないことがあるとわかってちょっとホッとしかけ、ダンジョンにヒビを入れている時点で普通ではないと思い直して頭を振ったのだった。
「さてと、この先の広間に騎士たちが整列してるんだけど、何してるんだろう?」
「さ、さあ……」
緩やかにカーブしている先の様子が見えているのかと驚いたが、ついさっきこの一層の広さを話していたと思い出し、今さらかと諦めることにした。敵対しない限り、友好的に接している限り、レオナはコーディを守ることを最優先にしてくれるはずで、そのために自分に出来ることはなんでもする一方で、彼女のやらかすことについてはもう考えないことにしようと。
「お待たせしました……なのかしら?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
整列した騎士たちの前でビシッと姿勢を正しているボニーさんがにこやかに答えた。
「えーと、ダンジョンを進むんですよね?」
「ええ。だからここに集まっているんです」
意味がわからない。この階層の広さを考えると、こんなところで整列しているヒマがあったらさっさと進むべきだと思うんだけど。
「さてと、私がここで役に立つというのをお見せしますわ」
「はあ」
ボニーさんがそのまま騎士たちの正面の比較的滑らかな壁の前に立つ。
「顕現せよ」
大きな門というか扉が出現した。高さはダンジョンの天井まであとわずかという五メートルほど、幅はボニーさんが両手を広げた二倍以上で四メートルほど。
「開け」
ボニーさんの号令と共に扉が向こう側へ開いていく。
「全体、進め」
続いた号令で騎士たちがザッザッと足並みを揃えて扉の中へ入っていく。扉のすぐ後ろは壁があって、向こう側に扉が開くなんてあり得ないし、騎士たちが入っていくというのもおかしな感じ。
「さ、あなたたちも入って」
「コーディ、行くわよ」
「はい」
扉を抜けたそこは、薄暗いダンジョンのどこかだった。
「ここ、どこ?」
「ダンジョンの五十層です」
「はい?」
思わずコーディが誤訳したのかと思い改めて尋ねたが、五十層で間違いないというので慌ててマップで確認。
「うわ、ホントに五十層だ」
「理解いただけましたか?」
「はい」
「とりあえず、どうやってここが五十層という確認を取ったのかは聞きませんが、これが私のヴィジョンです」
そう言われて振り返ったそこには私たちがさっきまでいた場所が見える大きな扉。
「退隠せよ」
ボニーさんの言葉と共に扉がゆっくりと閉じていき、完全に閉まると同時に扉も消えた。
「どうでしょうか?私、役に立ちますでしょう?」
「すごい!すごいです!」
色々と制限も多いヴィジョンだと教えてくれた。細かいことは教えられないが、少なくとも彼女が行ったことのある場所でないと移動できないと。これ重要。つまり、ボニーさんは五十層までは普通に来たことがあると言うことと、それより深い層には行ったことがないのだろうと言うことで。
「十人ずつの小隊を組んで出発せよ!」
「「「はっ!」」」
ボニーさんの指示で小隊が編成されてあちこちへ向かっていく。
「私たちはこれから地上を目指します。ダンジョンに入っているハンターたちを地上に向かうように伝えながら」
「なるほど……って、五十層にもハンターっているんですか?」
「少なくとも三日前に五十層を目指すと宣言して入ったパーティがいました。まだここには到達していないでしょうが」
階層と階層を移動する通路が複数あるところもあるので、騎士たちも複数に分かれていないと見落としをする可能性があると言うことでこの大所帯なんだそうだ。
「では私たちはこれで。五十層までの移動、ありがとうございました」
「待ってください」
ええ。
「まだ話は終わっていません」
「何でしょうか」
騎士の大半は出発しており、ここに残っているのはボニーさんと三人だけ。最初からここに残る前提で選抜したのだろうけど、何だろうか?
もしかして、一緒に連れて行け、とか?
「少しですが、同行させてください」
「イヤです」
即答しちゃった。




