16-5
カイルが警戒する目の前で、女二人が話をしてまとまったらしく、こちらの言葉がわかる通訳の女が前に出てきたので、つい反射的に剣を繰り出してしまった。
軽い――全然軽くないのだが――興奮状態にあったせいで、反射的に。
ガキン!
前に出ようとしたコーディに容赦なく剣を振るおうとしたので、あわてて手を出して剣を受け止める。
「きゃあ!」
「はあ……全く……コーディ、交渉の余地無しと判断するわ」
「はい」
左腕で受け止めた剣を右手でつかみ、思い切り握りつぶした。
「コーディ、コイツらに伝えて。出来るだけ大きな声で」
「え?あ、はい」
「ここのダンジョンの奥から異界の魔王が攻めてくる。それを防ぐために私たちはダンジョンを破壊する。信じないならそのままここにとどまり、都市と共に運命を共にするか、死ぬ気で私たちを妨害した後に魔王の率いる軍勢に滅ぼされなさい、と」
「ええ……」
「言いなさい。一応筋は通しておいた方がいいから」
「わかりました」
剣が握りつぶされた。いとも簡単に。
それだけで、この見た目だけならゴブリンにすら勝てそうにない少女がとんでもない実力者だとわかる。誰の目にも。そう、自分を支持しているこの民衆たちにも。
そして、こちらが次にどうするべきかを考えるより早く、通訳の女が彼らの来訪の目的を民衆に向けて告げた。
「や、やめろおおおお!」
遅かった。いや、正確に言うなら、ここでカイルは堂々と「嘘を述べるな、この犯罪者め」と言うべきだった。
国を治める王がうろたえる姿を見せるなどあってはならない。普通の国であれば、王となる者や貴族として領地をまとめていくような者へ、感情を表に出さず、こうした事態でも落ち着いた対応が出来るように教育される。
だが、この国ではハンターとしての力が重視され、最も強いハンターが王となる。だから……狼狽えてしまった。
当たり前だけど、コーディの言葉を聞いて、集まっていた民衆はパニック状態になった。
普通に考えれば、何を根拠に言っているのかわからない妄言だ。
「何を馬鹿なことを」
「こんな小娘の言うことなど信じられるか」
そう思った者も多少なりともいただろう。だけど、彼らの上に立つ、それも一番上に立つ王が狼狽えた。狼狽えてコーディの言葉を遮ろうとした。
王、つまりこの国で一番強く、偉い者は狼狽えてはならないはずだ、多分。そう、某ドイツ軍人の言うように狼狽えてはならない。なぜなら、コーディが伝えた言葉が本当だと、王が認めてしまったに等しく、王が敗北を認めてしまったと同義になってしまう。
さらに悪いことに、その王は処刑しようとした少女に全く歯が立たず、自慢の剣も折られてしまっている。となれば、もう彼らは、コーディの言葉は真実だと受け止めた。もちろん、全員がそうではないだろう。しかし、一割でもそう受け止めてしまって街から逃げ出すためにこの場から離れようとしたら?
密集した人々をかき分けて行こうとしたら?
そりゃパニックになるよね。
「=▽∀∃∂∫±%λψ≒$#!」
多分、「この野郎」とか言っているんだろう王様がこちらに飛びかかってこようとしたので、素早く仮面を外して威圧
ガツン!
……する前に、いきなり背後に現れた女性が脳天に落とした拳骨で伸びた。さすがの王様も不意討ちには弱いらしい。
『ふう……全く。大変申し訳ありませんでした』
『あ、おひめしゃまだ』
『ほんとだあ』
『みんな大丈夫?』
『へーき』
親からはぐれたらしい子供たちとのやりとりも混ぜてコーディが訳してくれた台詞は意外に丁寧で、流れるような所作で謝罪の意を示すように深々と頭を下げる女性。
「服装的に王妃様?」
「ではないかと。あそこの子供が「お姫様」とか言ってますし」
お姫様と言えば確かにそれっぽい立派な服だけど、年齢的には王様と同じくらい。小さい子供はああいう綺麗に着飾った女性を「お姫様」と呼びがちかも知れないし、実際王妃様だとしたら元は王女様だったはず。この国の制度的には。
「とりあえずあなたは話が出来そう、って事でいいのかしら?」
話す事も大事だろうけど、私はさっさとダンジョンへ行きたい。
とりあえず処刑台の上で話すことではないとして少し離れたところに設けられたお茶の席。いや、私はさっさとダンジョンに行きたいんだけど……
『この度は私どもの不手際で、大変ご迷惑を。ラビロロア・シナジーの王妃、ジェライザ・ラビロロアが王に代わって謝罪を』
「ん、そういうのいいから」
『そうも行きません』
「いいえ。さっさとダンジョンに行って目的を果たしたいのです」
『ええ。その辺りの事情は理解しておりますが、もう少しだけ』
「……わかりました」
通すべき筋は通したい、と言うことだろうか?
『まずは改めて謝罪を。この度は国王以下、脳筋一派がご迷惑をおかけしました』
「ああ、脳筋と言う認識なのね」
『ええ。平時であればそれでも問題は無いのですが』
問題ないのか。
『貴国から書状が届いたとき、彼らは「ふざけんな」のひと言でして、取り付く島もなくて』
「私たちの到着を知ったのもこの騒動を聞きつけて、と?」
『はい』
王妃様自身は……と言うか、この国の上層部にも僅かではあるがダンジョンの入り口が街の真ん中にあることに懸念を抱いている者はいるという。ただ、ダンジョンのもたらす利が大きいことと、国王が武力を示して就任する国家であるため、今回の件で危険だと意見を述べても却下されてしまっていた。
そこで、私たちが到着したら動こうとしていたのだけれど、彼らの方が先に動いてしまい、と。なんだっけ、行動力のある無能は敵より厄介、だっけ?そんな感じ。
『念のためいくつかお尋ねします。本当にダンジョンの奥から魔王が軍を率いて攻めてくるのですね?』
「神託に従ってきた今までの例では漏れなく。ですので今回も同様かと」
『失礼ながら、レオナ様は魔王には?』
「おそらく勝てません」
『魔王がこちらに攻め込んだ場合、我が国では太刀打ちできないと言うことですね』
「ええ。私に傷の一つでもつけられない時点で望みは薄いでしょう」
『では魔王が侵攻する前に対処した場合、やはりダンジョンは』
「十中八九崩壊します」
『わかりました。我が国を代表してお願いします。ダンジョンへ向かい、魔王の侵攻を食い止めてください』
「言われなくても」
『ちょっと待て!』
王様、ここちょうどいい感じに盛り上がってきてるんだから水を差さないでよ。わざわざ離れた所に移動してるんだから復活したさっさと城に戻って欲しいのに。
「お言葉ですが、カイル王。私は今こちらの王妃様と大事な話をしているのです」
『俺はこの国の王だぞ!』
「では一応確認を。この国の一般的な商売における税率は?」
『え?』
「騎士団長へ支払っている給与は?」
『え、えーと』
「緊急時、宰相補佐官の裁量で動かせる金額は?」
『そ、それはだな……』
ほーら、しどろもどろになった。
あ、言うまでもないけど私も知らないよ?この国のことだし。じゃあ、フェルナンド王国はどうなのかというと、それも知らない。私、王様じゃないし。
と思っていたら、王妃がすらすらと答えてくださった。
「さすがですね」
『ぐぬぬ……』
「と言うことで、大事な話をしているのですが、その話の腰を折ってまでしたい話でしょうか?」
『ダンジョンのことだろう?!』
「そうですが?」
『なら、国王たる俺が話を聞くのが筋というものだ!』




