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迷宮都市ロアの現国王、カイル・ラビロロアは目の前の事態に驚愕した。
剣術に特に優れているという自信はないので、避けられると言うことは想定していたが、渾身の突きを予測してもう一人を安全な場所まで下がらせつつ、指先でつまんでみせるとは思ってもみなかった。
そもそも、つい先日、南の山脈の向こう側にあるフェルナンド王国とかいう国からの情報がさらに南のラガレットという、これまたあまり聞き覚えの無い国経由でもたらされたが、俄には信じがたかった。
ダンジョンの奥から異界の魔王が攻めてくる。
王となった経緯がダンジョンの到達階層記録の更新という、ダンジョンありきの国家にとって、ダンジョンから何らかの脅威がもたらされることは、重要な情報である。しかし、国交すらなかったような国からそんな情報がもたらされるなど、信じろと言われても無理がある。
無視した場合に起こりえる事態を想定して調査隊を派遣する一方、もしもフェルナンド王国とやらから使者なりなんなりが来たらどうするか、重鎮を集めて相談した結果、もう少し詳しく聞いてから判断しようとなった。
そして今日、その使者とかいう女が二人やって来た。
念のため事情を確認したところ、ダンジョンの奥から魔王が軍勢を率いてやって来るという情報は前からの通り。そして、それを防ぐためにやって来たというのも、既に受け取っていた情報通り。だがその対応内容は、ダンジョンの奥まで行き、ダンジョンコアとか言う、未だ誰も見たことがないものを破壊。そして破壊の影響でロア全体が崩壊するとなると、看過出来るものではない。
事前の情報に、事情聴取の内容、さらに持参していた書状の内容は整合性は取れており、やって来た使者二人がダンジョンへ向かいたいという話も聞いた。
だが、二人が向かった結果、十中八九ロアが滅びると聞いてそのままというわけにはいかない。ロアのことはロアがケリをつける。だから追い返そうと思ったのだが、どうやら帰る気はないらしい。ならばと、ロアを滅ぼそうとしたテロリストとして処刑すべしと判断した。
そして城から処刑の様子を眺めていたがいつまで経っても処刑が進まない。終いには執行人の斧が砕け、代わりに使った剣も折れた。
こうなった以上はと自らが出向いた結果がこれだ。
おそらく魔法的な何かで防御をしているのだろうと思ったのだが、ダンジョンの四十五層で発見した破魔の剣が通用していない。まさかと思うが生身の状態で剣が通用しないのか?次の一手をどうするかと思ったら少女がこちらのことを訊ねたようなので答えることにした。
「迷宮都市国家ロアの王、カイルだ」
王様自ら出向いてくるとは話が早い。だけど、この突きつけてる剣はちょっとねえ。私に斬りかかってもせいぜい服が少し切られる程度。うら若き乙女(笑)としてはNGだけど、さしたる問題ではない。一つだけあげるならコーディか。意外とこの王様、素早いので油断すると首をスパーンといきそう。さすがの私も頭と体が切り離されたのは多分治せないので、この剣から手を離すことは出来な……こうしよう。
「コーディ」
「はい」
「この剣、引っ込めないなら折る、と言って」
「ええ……聞いた感じだととてもすごい剣なんですけど」
「折る」
「わかりました」
コーディが訳した結果はと言うと、
「やれるものならやってみ「ホイッと」
空いてる右手でパチンと弾けばポキリとあっけなく……と思いきや、
「@*-¥υ∃#?!」
スッと剣を引かれたので右手は空振り。軽くつまんでいるだけだから力を抜いてひかれると簡単に引っ込めることが出来るのに気付いたか。私も本気で折るつもりはなかったんだけどね。
マジかよ。
カイルは、この少女の「剣を折る」という言葉はただの安い挑発かと思ったら、本当に折ろうとしたのであわてて剣を引っ込めた。そしてその対応はカイルにとって正解だったらしく、少女はやや不満げにこちらを見ている。コイツ戦闘狂か?
「王!」
「落ち着け」
「ハッ」
処刑台のすぐ湧き出控えている騎士団長が「ここは私が」と言わんばかりに声をかけてきたが後ろに下がらせる。
この剣はこの迷宮都市のダンジョン深く、四十五層で見つけた、魔力を断ち切る剣。
凡そこの世に生きるあらゆる生き物は、人だろうと魔物だろうと例外なく体内に魔力が流れており、それを断ち切ることが出来るこの剣は「殺す」事にかけて並ぶ物のない剣。
そしてこの剣を手に入れ、使いこなせるようになったことで、ダンジョンのさらに奥へ行けるようになり、この迷宮都市国家において最高のハンターとして認められ、王となった。
そして、王となった後も折を見てダンジョンに潜り続けており、その腕を鈍らせることなく今日まで過ごしてきている。その剣をいとも容易く指でつまんだ。しかも、そのつまんだ指先からは常時魔力が溢れているように見えた。
「ふざけるなああ!」
ここでこの二人を逃すなどすれば、王としての威厳に関わる。そう判断し、ダンジョンで、それも大量の魔物に遭遇したときくらいしか使わない、必殺の技を繰り出すことにした。
「ん?」
剣を引いた王様は、処刑台の脇に集まってきた騎士たちを制し、何やら仕掛けようとしているみたい。
「コーディ、もう少し下がって」
「え?」
「よくわからないけど、王様ぶち切れてるみたい」
私の台詞が終わるか終わらないかというタイミングで、王様が踏み込んできた。これはマズい。
時間感覚操作五十倍。
ちょっと控えめに引き延ばした時間の中で剣を……
「うわっと!え?ちょっと?!」
五十倍速の中で普通に素早く繰り出されてくる剣。しかも絶え間なく次々。その上、その太刀筋は変則的で、真上から振り下ろしたかと思ったら途中で真横になんてのが織り交ぜられている。
「よ!は!とお!」
ガキン!
「痛!」
避けきれなくて当たると多少痛い。斬られたりはしないけど。
「クソッ!」
体内の魔力をコントロールし、常人では為し得ないほど高速に剣を繰り出す技。長年のハンター生活で自ら編み出した、最も得意とする、必殺の技。
集まっている民衆には酷なもの――つまり、この少女がミンチになる様子――を見せてしまうが、致し方無しと繰り出した技がスイスイと避けられている。
そして、何度か直撃するが、斬れない。まるで鉄の棒で地面を叩いているかのようにゴツンと言う感触が伝わってくるのみ。
「なぜだ!なぜ斬れない!」
「なぜ斬れないんだ、って言ってます」
「あ、うん。だいたい雰囲気でそうかな、と思った」
わずか一秒ほどの間にどれだけ切りつけてきたのかわからないけど、すごい技だなと思う。
「この王様もすごいですけど、それでも平気なレオナ様はもっとすごいって事ですね」
「んふふ、もっと褒めてもいいのよ」
「それはやめておきます」
「ちぇ」
さて、どうしましょうか。
「ねえ、コーディ、一つ相談が」
「なんでしょうか」
「このあとどうするか、考えたんだけど」
「え?」
「案は三つ。一つ目、付き合いきれないからさっさとダンジョンに行く。二つ目、もう少しこの茶番に付き合う。三つ目、とりあえずお話しできそうか確認してみる」
「三つ目以外あり得ないんですけど」
「私だってそうしたいわよ」
「とりあえず交渉してみます」
そう言ってコーディが一歩踏み出す。




