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フェルナンド王国にも奴隷という制度はある。いわゆる犯罪奴隷と借金奴隷の二種類。だけど、奴隷を見たことは一度も無い。
なぜなら、だいたいの場合、犯罪奴隷にされるような重罪を犯した者は、処刑するケースが多く、借金奴隷になるほどの借金をする者はいないから。
まず、犯罪奴隷って、あれはあれで管理が面倒らしい。鉱山をはじめとする危険なところでの重労働をさせるのは良いのだが、最低限の食事だの寝床だのは用意しなければならない。普通の労働者なら給料を支払えば勝手にどこかで食べて寝てくれるのに。もっとも、健康管理なんかはしなくていいし、食事だって適当にクズ野菜と何日前に作ったのか不明なパン程度でいいから、一年ともたずに死ぬケースが大半なので、手間の割にコストはあまりかからないらしいけど。
そして借金奴隷も面倒。借金額分働けば解放されるのだけれど、こちらも食事と寝床の面倒を見なければならず、その分を働いた額からさっ引いて、という計算がややこしい。ちなみにこちらの場合、ある程度のレベルの食事でないと雇い主側が罰せられるらしいのも面倒くさいポイント。あとは、奴隷になるほどの借金をするような者がほとんどいないというのも大きい。私が生まれ育ったような極貧の開拓村でさえも、借金を抱えている者はいなかったわけだし。
その辺の事情が他の国でも同じなのかどうかはわからない。だけど、処刑人が何度やっても首を落とせない罪人なら犯罪奴隷にするしかないという判断をしたのでしょうね。
「レオナ様、どうしましょう?」
「どう、って?」
「多分これ、犯罪奴隷にするって話ですよ。私たち、どこかで強制労働させられ……ハッ!まさか、いかがわしいお店で体を売れとか言われるのでは?ちょっと待って下さいよ。私まだそう言うの、ちょっと困る、えっと」
「落ち着いて」
なんか色々カミングアウトされた気がするけど、スルーしておこう。
「落ち着いてと言われても、ああああ、なんか持ってきましたよ。あれでポンと押すと犯罪奴隷だって印がつけられて、命令に背けなくなるんですよきっと」
「おー、確かにそんな感じね」
戻ってきた偉そうな人の手にはスタンプ……にしては少し禍々しい空気を漂わせている、それっぽい何か。
「鑑定の結果……犯罪奴隷紋押印具、だって」
「わあああん!やっぱり犯罪奴隷にされちゃうんですよ!どうするんですか?このままじゃ二人とも「落ち着いて」
「これが落ち着いてられますか!まだ私、人生に絶望する歳じゃないですし!ってレオナ様の方が年下ですからきっとレオナ様も絶望してませんよね?そうだ、逃げましょう!レオナ様ならこの状況でも逃げられますよね?さあ!今すぐ「落ち着いて、ね?」
偉い人がこちらに近づくのと、わめきちらすコーディの声量が比例していく。そしてあと数歩ですぐそばにと言うところで足を止めると、コーディの方を指差す。すぐに近くにいた騎士っぽい人が布でコーディの口を塞ぐ。うん、わかるよ。うるさいもんね。
「モガ!モガガガガァ!」
「コーディ、少し静かにしてよう。ね?」
「モガ……モン……」
やっと静かになったと言うか、させられた。
そしてコーディの頭をつかんで、その額に押しつけようとして、止まった。
「%=ε%⊂/m△÷∫ε▽∂÷?」
「∂÷◎ο/∂≒&o⊃$$ψ!」
「コーディ、訳して」
「えっと……なんか触った感じがおかしいとか何とか」
「防御障壁、もうすこし肌にぴったりの方が良かったかな?」
「それ、息が詰まりません?実は今も少し息苦しいんですけど」
「じゃあ、そのままね」
「あの」
「ん?」
「そっちの女が原因だ、とか何とか」
「あはは……正解!」
そんなやりとりをしている内に、偉そうな人がこちらに来て髪をグイとつかんで顔を上に向けさせる。そして、額に押そうとして、動きが止まった。
「¥×⊃△∂==#∫□×/≒b◎=@=∞$◎!」
なんて言ってるか全然わからないんだけど?
「コーディ」
「この仮面をどうにかしろって」
「私にしか外せないんだよねえ」
紐を耳にかけているだけなのに、誰も外せないという謎仕様です。
「あ、方針変更みたいですよ」
「お?」
「手の甲でもいいらしいです」
「ふーん」
ぐいっと右手をつかまれて、甲にグリグリと押しつけられると、何かの紋様が手の甲に描かれる。そして、少しだけ吹いた風に乗ってさらさらと崩れて飛んでいった。
「≒∃&±/μψ⊃$$η∴∞□?」
「コーディ」
「何がどうなってるんだ、と」
単純な話。この奴隷にする紋様を押す魔道具は、何らかの魔法効果を及ぼすのでしょうけど、私の魔法防御力が強すぎて効果を発揮せず、インクっぽい何かはただの乾燥塗料の粉になって風に吹かれて飛んでいっただけ、と言うこと。
うん、私、悪くないよね?
「コーディ」
「なんでしょうか?」
「そろそろいいよね?」
「へ?」
「状況を整理するね。私たちの本来の目的は?」
「えっと、ダンジョン攻略というか、ダンジョンの奥から魔王が出てくるのを阻止、です」
「そのためには?」
「えっと、今までの例だとダンジョンの奥にあるダンジョンコアの破壊?」
「ダンジョンコアを破壊するとどうなる?」
「えーと、今までのダンジョンは全部崩壊しました」
「ロアの人たちというか、偉い人たちに言いたかったことは何?」
「ダンジョンが崩壊すると街が酷い事になるかも知れないから、逃げるように、と」
「ええ。では確認。こちらからのメッセージは?」
「書状は渡しました」
「うん。つまりどういうことかというと?」
「やるべきことはやった?」
「その通り。つまり、こんな茶番にこれ以上付き合う義理は無いわ」
これ以上付き合って、ダンジョンの奥から魔王が出てきたりしたらそれこそ大惨事。本末転倒もいいところだ。
「と言うことで伝えて。「そろそろ行くわ」と」
「わかりました」
コーディがこちらをチラチラ見ながら何かを言うと、偉そうな人が鼻で笑った。多分、
「そろそろ行くわ、と言ってます」
「ハッ、この状況でどうやって?」
なんてやりとりなんだろう。
両手に軽く力を込めて枷を台に押しつけ、首をグイッと持ち上げると枷を繋いでいた魔道具が鈍く光り、拘束を解くまいと抵抗する。が、魔道具がどんなに力を持っていても、枷となっている金属板――鑑定によるとこれにもオリハルコンが混じっているらしい――がミシミシと軋み、やがてバキッと音がして割れた。
「ふう」
細かい金属片をはたいて落とし、コーディの下へ。
「動かないでね」
「はい」
上からコツコツと数ヶ所を指で弾いて四つに割り、手を引いて立ち上がらせる。
「さて、行きま……っと」
「うえっ」
唐突に私の背後から剣が振るわれ、コーディをトンと突いて下がらせ、剣先を指でつまんで止める。防御障壁をしていても少しマズい威力かも。
「誰?」
「∂∴=▽%$∴」
そこにいたのは、なかなか立派な服を着た四十半ばくらいの男性。こちらに突き出している幅広の剣は明らかに魔法剣の類い。鑑定の結果は、
「破魔の剣」
「はま?」
「魔法を打ち消す効果があるようね」
「私、危なかったんじゃ?」
「即死じゃなければ治せるわ」
「そうですか」
「で、彼は誰?」
「えっと……王様だそうです」
色々飛ばして話の早そうな人が来ました。




