16-2
時間間隔操作百倍。
すぐ横のコーディの首へ向けて斧が振り下ろされた瞬間、スキルを発動。時間が引き延ばされた中でコーディの真上にヴィジョンを呼び出す。そして、振り下ろされている斧を小突いてずらし、戻すと同時にスキルを解除。私の感覚で一秒未満と言うことは千分の何秒という時間。普通の人が気付くことはまず無いでしょう。
マルコスはこれまで十年以上、数日に一人以上のペースで処刑を執行してきた。執行人になりたての頃はうまく一撃で首を落とせず、何度かやり直したこともあったが、一年もしないうちに慣れて一撃で落とせるようになっていた。
それを驕るつもりは無いが、今日もいつもと変わらぬ勢いで斧を振り下ろしたのだが、その途中でいきなり斧が横にずらされた。
戦場で振り回すことを前提としない斧は二十キロ近い重さがあり、それを振り下ろすマルコスの腕力は言わずもがな。
それが、ずらされた。
結果、斧は哀れな罪人の鼻先にズドンと落ちた。
「ぴぃぃぃぃぃぃっ!」
コーディが不思議な悲鳴を上げたが、とりあえず無事ね。もちろん、万一タイミングが合わなかったりしたら大変なので、コーディには防御障壁魔法をかけてある。仮にあの処刑人が、ここに来る途中で出会ったドラゴンをデコピン一発で倒せるような腕力の持ち主だったら突き破られてしまうかも知れない。でも、そんな剛の者はそうそういないだろうから特に心配はしていなかったのだけれど。
「コーディ、大丈夫?」
「レ……レオナ様……私、首繋がってます?」
「大丈夫よ」
「はうう」
「コーディ、チビってない?」
「しししししし、してません!してませんよぉっ!」
それ以上の追及はコーディの名誉のためにやめておこう。
さて、周囲はどうなったかというと、ひと言で言えば「騒然となった」に尽きる。そりゃそうよね。「処刑します」で斧を振り下ろしたら空振りなんだもの。あ、執行人が私たちと通じているとか疑われる可能性が出てきちゃったかも?
うーん、これはどうしよ……ん?何か気を取り直してもう一回みたいな流れになってるみたい?
一撃で首が落ちないと言うこと自体は過去にもあった。妙に首が太いとか、骨が固くて一回で切断しきれないとか。
法務担当官が「もう一度!もう一度だ!」と叫ぶよりも前にマルコスは姿勢を正し、口上を述べつつ斧を掲げる。
「人々の安寧を妬み、平穏を乱す者にどうか女神の審判を。願わくばその慈愛を持って、女神の下で罪を雪ぎ、魂を清められんことを」
そして今度こそしっかりと女の首を見据え、斧を振り下ろした。
時間間隔操作百倍。
気を取り直してもう一回、みたいな流れになっちゃったけど、斧を振り上げるときのあの口上は毎回やるみたい。おかげさまで時間間隔操作のクールタイムは充分に経過していたので、先程と同じ要領で斧を小突いて軌道をそらしてやった。
ドスンと見た目通りの重厚な音をさせて、コーディの鼻先に斧が落ち、僅かに台をえぐって木くずを巻き上げる。
そして一瞬遅れて、
「ぴぃぃぃぃぃぃっ!」
コーディが不思議な悲鳴を上げた。
が、すぐに「あれ?」と首をかしげる。そりゃそうよね、飛び散った木くずが顔の前数センチで弾かれるんだから。
「コーディ、大丈夫?」
「は、はひ……あの、これ、もしかして」
「もしかしなくても私よ」
「す、すごいです」
「ちゃんと言ったでしょ?コーディのことは必ず守るって」
「そう言えばそうでしたね」
さて、私たちがこんな穏やかな話をしている一方で、役人さんたちは上を下への大騒ぎ……までは行かなかったみたい。
「マルコス!これは一体どういうことだ?!」
「……」
なんと答えればいいのか全くわからない。先程同様、強い力で斧が押されたとしか言いようがないのだが、誰がどうやったのか見当がつかないのだ。
「まさか……」
見ると、二人の女は安心しきったかのように何やら話をしている。まさか、あっちの女が何かをやったのか?
「マルコス!何とか言ったらどうなんだ?!」
「……順序を変える。あっちの女が何かをしているようだ」
「何?!」
返事を待たずに進み出て、妙な仮面の女の横に立つと、不自由な姿勢のくせにこちらを見上げようとしてきた。
「この女、妙な仮面をしているのだが」
「外そうとしたが外れなかったんだ」
「そうか。まあいい。やるぞ」
あれ?私を先に処刑することにしたのかしら?
すぐそばに立ったその姿を見上げると、兜の中からこちらを睨み付けてきた。
「やあねえ、こんな小娘にそんな恐い目なんかしちゃって」
「レオナ様、通じてませんよ」
「そう言えばそうでした」
「その……訳します?」
「いらない」
煽ってどうするのって話よね。
さて、また口上が述べられて斧が振り下ろされた。そして、バキン!とあまり聞いたことの無いような何かが割れる音がした。
「あ、まずい」
すごい勢いで振り下ろされた結果、斧が割れて、大きな破片が二つ、観衆の方へクルクル回転しながら飛んでいった。さすがにあれはマズい。
「防御障壁展開」
観衆を守るように障壁を展開すると、大きな破片がガン!ガン!とぶち当たって地面へ落下。少し遅れて、細かい破片がパチパチと当たる音。そこからさらに遅れて、間近にいた人たちが悲鳴を上げた。
阿鼻叫喚の地獄絵図、とまでは行かなかったけど、軽くパニックが起きていて、前列の方は処刑台から距離を取ろうと必死に下がろうとしているのに、後ろの方は何が起きたか見たくて前の方に進もうとして……私のせいじゃないよね?
「レオナ様」
「ん?」
「ホント、頑丈ですね」
「まあね」
褒め言葉として受け取っておくわ。
目の前で起きていることなのに、頭が理解を拒否している。
この斧がどういった経緯で作られたのかはよくわからないし、ウソかホントか素材は鋼鉄とオリハルコンの合金という、どうやって作ったのか全くわからない斧。それが割れた。
「ぐぬぬ……貴様一体何者だ?!」
問いかけるが言葉が通じないせいで、女は何も答えない。
「マルコス!」
「なんだ?」
「お前まさか、こいつらと」
「ふざけるな!こんな奴らのことなど知らん!」
まさか疑われる事態になるとは。斧が割れたのも、普段使っているのとは違う、脆い斧を持ってきたと思われているのか?
「剣をよこせ!」
「剣?」
「そこの騎士の物でいい。そいつで斬り落とす!」
うん、だいぶ焦ってるみたい。
「レオナ様」
「うん?」
「この処刑人、内通者か?って疑われてるみたいです」
「まあ、そうでしょうね」
「どうするんです?」
「どうするって……そろそろこの茶番を終わらせて、ダンジョンに行きたいんだけど」
「はは……マイペースですね。っと、騎士の剣をよこせとか言ってますよ」
「剣を使っても結果は同じだって」
そんなやりとりの間に処刑人が剣を掲げて口上を述べ終え、私に剣を振り下ろした。
そして、ガキンッと真ん中から折れる剣。
クルクル回りながら飛んでいく剣先。
そして障壁で跳ね返り、コーディの方へ飛んでいき、おでこにガツンと当たって台の上で数回跳ねて下に落ちた。
静まりかえる観衆。
そして、ダン!ダン!と強く足を踏みならしてわめきながら、偉そうな人が台を降りていった。
「何て言ってた?」
「こうなったら奴隷がなんとか、って」
「奴隷ねえ」




