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全く、何をどうしたらこうなったのやら。
私たちに何か落ち度があったのか、振り返ってみよう。
まず、私たちは門の警備を担当する衛兵に国王からの書状があることを伝え、書状を渡した。結果、その場に居合わせた者では対応できる内容では無かったため、書状は一旦王宮へ持ち込まれたらしい。らしい、というのはさすがにそこまでは見届けていないからなんだけど、多分届いたはず。で、ちょっと偉そうな人がやって来た。
名前は忘れたけど、宰相の補佐官とかで、それなりの権限がある方。そして、もう少し詳しい説明が欲しいというので、コーディの筆談を交えながら説明。
と言っても、書状に書かれている以上のことは特になし。
ダンジョンの奥にこことは違う世界につながる穴が開けられ、そこから異界の魔王が軍勢率いてやってくる。メチャクチャ強いので、そうなる前に穴を破壊するために来た。ただ、多分穴を破壊するとダンジョンも崩壊します。前例あり。
「そんなことが本当に?」
「どこでそのようなことが?」
「ダンジョンの奥?それは一体?」
こんな感じの質問があったので、とりあえず今までの経験を踏まえて答えておいたけど、正直なところは「神託ですので」という回答に集約される。
今まではダンジョンが崩壊してきたけど、今回は違うかも知れない。だけど可能性はとても高い。そして期限は迫っていると付け加える。
「つまり、我々にどうしろと?」
「これまでの例ではダンジョンが崩壊すると、上の地面が崩れ落ちています」
「崩れ落ちた?」
「はい。五層程度のダンジョンでも一、二メートル程陥没しています。ここのダンジョンは相当深いと聞いていますので、十メートル以上の陥没もあり得るかと」
「この街は中心にダンジョンの入り口がある。どうなるんだ?」
「街ごと全部と言う可能性が非常に高いです」
「なるほどわかった」
補佐官が「おい」とドアの外へ声をかけると、完全武装の騎士たちが数名入ってきて、私たちの両腕を拘束。
そして、長さ一メートル、幅五十センチほどの分厚い金属板に穴を三つ開けて縦に二つに割ったようなのを持って来て、穴の位置に私たちの両手と首を通して板を合わせて、ガチャンと金具で固定した。
「コーディ、なんて言ってるの?」
「危険な考えの持ち主として逮捕、処刑する、連れて行け、と」
とりあえず、補償だとか道を切り拓くとか、私の婚姻とかそう言うのを通り越した最悪のパターンが進行したことだけは確かだった。
男が全て読み上げたらしく、台の後ろの方へ下がっていくと、周りに集まっていた観衆たちの熱気が一段階上がったような気がした。
前世、日本には死刑制度が残っていたが、その執行の現場はもちろん非公開で、「本日、死刑が執行されました」というのが時折ニュースで流れる程度。そう言えばそんな犯罪者がいたなと思い出す一方で、訳知り顔の専門家っぽい人が死刑制度の是非について講釈していたっけ。そしてそれを見ながら、「死刑制度があるとわかっていて死刑になるようなことをしている時点でダメだろ」と思っていたけど、まさか自分が死刑になるとはね。
そう言えば、日本でも昔は、そしていわゆる中世ヨーロッパでは死刑というのは庶民の見ている目の前で執行されるのが普通だったんだっけ?何かで「当時はそれが庶民の娯楽だった」なんて書かれていたような気がするけど、どちらかというとこれは見せしめだ。罪を犯した場合、それも国家に楯突くような大きな罪を犯した場合はこうして処刑されると言うことを見せつけ、従わせる手法。同時に国家に対する不満を持った者に対し、国家転覆を企てたらああなるのが確定なら、少しくらいは我慢するかと躊躇わせると同時に、自分たちよりも下がいると言うことを見せられる、言わばガス抜きかな。実際、慣習の中にはこちらを指さしてひそひそと話をしている者がチラホラ見える。きっと、「若さ故の過ちね」とか噂してるんだろうな。若さ故の過ちじゃ無くて、単純に見解の相違による誤解というか……何て言えばいいかわからないや。
そんなことを考えていたら、ひときわ大きな体格の男がこれまた巨大な斧を担いで進み出てきた。うん、あの斧で首をズドンと行くんだろうね。
「レオナ様」
「ん?」
「処刑、私からだそうです」
「そう。頑張って」
「レオナ様ああああ!」
「大丈夫だって」
「どこがですか、絶対助からないですよ」
「そう?ヴィジョンでちょちょいっと金具を外せば逃げられるんじゃ無い?」
あなたのヴィジョン、そう言うの得意そうだし。
「さっき試しましたけど無理です」
「ほへ?」
「この首錠、魔道具です。死ぬまで外れないってさっき誰かが言ってました」
どれどれ、鑑定……「執行の首錠:処刑を恙無く進めるために首と手を押さえる枷。刑が執行されるまで外れない」
なるほど。
冤罪とかそういうのは……気にしないんだろうねえ。
迷宮都市国家ラビロロア・シナジーの処刑人、マルコスはいつも通り体の要所を防護する鎧と顔全体を覆う兜を身につけ、「処刑人の斧」だとか「首狩り斧」とか呼ばれる、代々伝わる斧を担いで処刑台の上を進んでいく。
マルコスというのはもちろん偽名と言うか、代々処刑人を請け負ってきた彼らの仕事上の名前であり、本名はもちろん、その素顔も国王をはじめとする国のトップ数名が知るのみ。なかなか立派な体格は、余所ならともかくこの迷宮都市では大して珍しいものでもないため、普段の生活をしていて彼が処刑人だとわかるものはいない。
彼が今朝、いつものように起床し、普段通りの生活をしようとしたところに、手紙が届けられ、身支度を調えて罪人に続いて会場入りし、こうして処刑台の上に立って初めて今回の罪人を見る。
マルコスには、その罪人がどういう人物なのかは伝えられない。罪状が「国家反逆罪」と言うことだけが伝えられている。それ以上の情報は不要。首をはねるに充分な罪であること以外の情報を得ず、なんの感情も持たずに首を落とすのが己の仕事。私情を挟むことは仕事に対する姿勢を惑わすだけだからだ。
いつものように台の上に進み出て、一度だけ斧を高く掲げると、ザワついていた観衆がシンと静まりかえる。そして、ゆっくりと執行を監督する役人を見、頷くのを確認するとゆっくりと一人目の罪人の元へ向かう。
今回の二人の罪人は若い女性だが実に対照的な二人だ。一人は先ほどからギャアギャアと何かをわめいている。おそらく「死にたくない」と言っているのだろうが、もちろんマルコスには何の関係も無い話。そしてもう一方はまだ成人しているのかどうかすら怪しい少女だが、こちらは落ち着いたもので観衆の様子を眺める余裕すらあるようだ。とは言え、仮面をつけているために実際のところはわからないが。
「まずはこちらの罪人、コーディの処刑を執行する」
ギャアギャアと騒いでいる方を役人が示し、そのそばに立つと、お決まりの口上を述べることにする。
「人々の安寧を妬み、平穏を乱す者にどうか女神の審判を。願わくばその慈愛を持って、女神の下で罪を雪ぎ、魂を清められんことを」
ゆっくりと述べた後、斧を掲げた。
初代の頃より代々伝わるこの斧は、一体どれほどの罪人の首をはねてきただろうか。
処刑を終える度にしっかりと血を洗い流し、丁寧に磨いているというのにいつの頃からか赤黒い染みが見えるようになり、巷では「夜な夜な血を求めるようなうめき声を上げる」などという都市伝説も生まれるような斧は陽の光で一度だけギラリと光り、観衆が息をのむ。
そして、しっかりと哀れな罪人の首元を見据え、ブンと風を切る音をさせながら振り下ろした。




