15-10
飛び始めて三時間ほど、昼になる頃に北部の山脈が見えてきた。
「おお、これはすごいねえ」
「南もこんな感じだったんですか?」
「だいたいね。だけど、こっちの方が高い山が多いみたい」
気候的な違いもあるのかも知れないけど、山頂に雪が積もっている山が多いように感じるのともう一つ。
「南よりも山脈が広いかも」
「へえ」
これを切り拓くとか言う話になったらまた時間がかかりそうねと思いながらヴィジョンの視界越しに眺めると視界の隅に動く物が。
「コーディ、のんびりしたいところ申し訳ないんだけど」
「はい?」
「ドラゴンの縄張りだったみたい」
「えええええ?!」
「とりあえず小屋から出ないでね。何とかするから」
「出ないでって、そもそも出たら死んじゃいます」
そうでした。現在高度は三千メートルくらいかな?確かに出たら死んじゃいますね。高さもすごいけど気温もほぼ零度だし。
ヴィジョンを静止させてドアを開け、風を纏って外に飛び出すとこちらへ向かってくるドラゴンの方へ。
こちらが向かっていくとさらに警戒感を強めたらしいドラゴンが大きく吠え、後ろからコーディの悲鳴が聞こえる。安全な場所にいるハズなんだけどね。
やがて、程々の距離でドラゴンがホバリングし、口を大きく開いた。息吹って奴かしら。さすがにアレが当たったら小屋が吹っ飛ぶので、止めさせてもらおうと一気に距離を詰める。こちらの速度が予想以上だったのか、口を開いてブレス発射寸前のドラゴンの目が驚愕で見開かれたところに、顎の下からアッパーを食らわせる。
「ガフゥゥゥッ!」
牙の隙間からバフッと煙を噴きながら一回転、二回転。どうにか持ち直したが、フラついているところへさらに詰め寄ると、バサッと大きく翼をはためかせて私から距離を取った。詰め寄る、退く、詰め寄る、退く。
「縄張りに入っちゃったのは悪かったけど、あなたに危害を加えたりすることは考えてないの。見逃してもらえる?」
「グルルルル」
ニコリと笑いながら誠心誠意。言葉は通じなくても心は通じるだろうと信じて。
「グルルルル……ガッ」
なんか吠えたあとに、クルリと方向転換。元来た方へ戻っていったので解決かな。
とりあえず小屋に戻ってにこやかに報告。
「やー、なんとか帰ってもらえたよ」
「一つ質問です」
「ん?」
「仮に、交渉の結果ここに道を通したら、あのドラゴンの縄張りにかかるんじゃないですか?」
「なんとか納得してもらうしかないわね」
「ええ……」
「それでも向かってくるなら返り討ちにする方向で」
「そんなので大丈夫ですか?」
「少なくともラガレット方面のドラゴンはリリィさんが仕留めたわ」
「まさかの経験済み?!」
リリィさんがどんなふうに倒したかを話して聞かせたら遠い目をしてた。うん、気持ちはわかる。実際に見ていた私だってそう思うくらいだし。
その後は特に何ごとも無く進んでいく。
そして、ロアに着く前に日が沈み始めたので途中で降り、街道沿いの村に立ち寄って宿を取ることにした。そのまま進んでもいいけれど夜は街の門を閉めている可能性があるし、空飛ぶ小屋が話題になるのもちょっとね。
あとはコーディの通訳がちゃんと通じるか、事前確認も兼ねてみたわけ。
「へえ、そんなに若いのに立派なモンだ」
「しかも二人だけってことは、相当強いんだろう?」
「あはは……まあ、はい」
最悪のパターンも想定して、フェルナンド王国のハンターギルドに登録し、身分を示す登録証をもらっておいたのが役に立った。わかりやすい話だけど、若い女性二人がこんな村に来るなんて、と言うことで怪しまれたのだけれど、「実はこんな感じです」と見せたらすぐに態度が変わった。なんでも村の近くに小さなダンジョンがあって、そこでしか採れない魔物素材があるらしく、ハンターが来るのは日常茶飯事。私たちもそんな一組と思ってくれた。実態は違うけど、こちらは何も言ってないのに勝手に勘違いされているわけです。
ちなみにこのハンターギルドの登録証はどの程度の実力なのかを示すランク表記もある。コーディはEランク、私はAランクだ。
このランク、Fランクからスタートして実績を積んで少しずつ上がっていくのでFランクでないのは異例。コーディは教会上層部がその実力を認めている部分もあったので一ランクアップとなった。実力的にはDランク以上らしいけど、さすがに元暗部を大っぴらに持ち上げるのはマズいと言うことらしい。そして私は、今までに潰してきたダンジョンの数を考慮してAランクとなった。実力的にはランクの枠に収まらないのでこれ以上上は無い。んで、国王以下、多くの貴族の覚えもいいし、時々妙な言動が見られる――失礼な話だ――が、基本的に品行方正なのでAランクでいいだろ、と言うことで。
ステップアップしていく楽しみが無くなりました。
ハンターで名を上げるつもりはないけどね。
さて、コーディの通訳は、日常会話はほぼ問題ないと言うこともわかったので、明日に備えて休むとしましょう。
「ふう、なかなか料理もおいしいかったわね」
「そうですね。ちょっと濃いめの味付けでしたけど、お肉が柔らかく煮込まれてて」
「それだけでもここまで道を通す価値はありそうかな」
「え?」
「ん?何かおかしい?」
「いえ、料理くらいで、というのがなんとも」
ん?旅行の醍醐味の一つよね?と思ったけど、旅行自体が一般的じゃないから、そういう考え方はないのかな。
よくよく考えてみると、この世界の移動手段って、基本は徒歩。一応、街や村を結ぶ街道を定期運行する馬車もあるけど、運賃は結構高額。そして言うまでも無く、馬や馬車と言うのはそれだけでひと財産と言うくらいに高額。
だから、移動は徒歩。
日本でも江戸時代は徒歩で江戸から伊勢まで行ったらしいが、街道には宿場町が整備されていたけれど、フェルナンド王国の場合、丸一日歩いて辿り着いた村に宿が無いと言うくらいのことは普通に起こる。ある程度治安のいいところが多いと言え、野宿はなかなか厳しいのは言うまでもないだろう。結果、各地を治めている貴族が領地から王都へ行くとか、商品を仕入れて売る商人でもない限り、旅行というのは一般的では無いのだ。
翌朝、村を出てしばらくしたらまた小屋を出して空へ。そしてロアが見えてきたところで降りて歩き、昼前にロアに到着した。
街門は他の街でもみられたように出入りのチェックが行われていて、そこそこの行列が出来ていた。王様からの書状があるとは言え、ここは大人しく並んでおくことにする。見たところ、せいぜい三十分も待てば中には入れそうなので。
「次……女二人組か」
「はい」
コーディがいちいち通訳してくれるけど、細かいやりとりまではいらないと後で言っておこう。
「レオナ様、書状を見せた方が」
「あ、そうね」
通行料を求められたタイミングで最初に見せるように言われていた書状を差し出す。
「これは?」
「私たちは、フェルナンド王国からやって来ました」
「聞いたことの無い国だな」
でしょうねえ。
「南の山の向こうからです」
「は?」
「この書状はフェルナンドと、さらに南のラガレット、両国の国王からの書状となります。然るべき対応をお願いします」
衛兵たちがザワつき、偉い人が書状を預かると、応接室のような部屋に通されて少し待つように言われた。
ぐいっと首と手首を通した金属の板を引っ張られ、そのまま台の上に引き倒される。隣でコーディが「痛っ」と可愛げな声を上げるが、それを気に留める者はいない。
私たちがいるのは高さ二メートルほどの木の台で、赤黒い汚れがこびりついていて、ちょっとイヤな臭いもする。そして台の上には数名の男たちがおり、台の周囲は老若男女が集まっていて、これから起こることに期待しているような表情を見せている。
「@!#$%、@@*&!!」
偉そうな格好をした人が、何かを書き付けられている紙を掲げながら読み上げると、観衆から「ワーッ」と歓声が上がる。
「コーディ、なんて言ったの?」
「正確にはわかりませんが、これより国家転覆を狙った犯罪人を処刑するとか何とか」
「やっぱり処刑かあ」
「レオナ様……」
「ん?」
「私、まだ死にたくないです」
「奇遇ね、私もよ」




