15-9
「レオナ・クレメル様がいらっしゃいました」
王様の執務室まで私たちを連れてきた侍女が告げると扉が開かれ、中に入るように促される。私はもう、なんだか勝手知ったるなんとやらだけど、コーディはガチガチになっている。これは仕方ないのでそのままとしておこう。
「よく来てくれた。とりあえず座ってくれ」
促されるまま座った周りには王様と宰相、当然のようにファーガスさんにレイモンドさんとリリィさん、そしてゴードル王子とその側近。ソフィーさんが相変わらず青い顔をしているが、そろそろ慣れて欲しい。あなたも結構な立場になっているのですし。
「来てもらったのは他でも無い。先日、新しいメニューを「王!」
「スマン」
「お戯れも程々に願います」
王と宰相って王政におけるパートナーなのよね。息ぴったりだわ。
「ロア行きの件だ」
「はい。準備は整っておりますので、出発は予定通りです」
「まだ準備はすんでないぞ」
「え?」
「こちらをどうぞ」
宰相さんが封筒の山を私の前に置いた。
「ロアに届ける書状だ」
「多すぎません?」
「色々な状況を想定して用意した物だ。使われないのが一番いい」
そう言って、一番上の分厚いのを指し示す。
「それは最初に渡して欲しい。これまでの経緯が書かれている」
「こちらに写しが御座います」
宰相さんから渡された写しには、王都南が荒野と化すような戦いのことに、ラガレットでの件など、私が今までに潰してきたダンジョンと、その周囲で起こったことが簡潔にまとめられていた。
「必要ならレオナちゃんの見聞きしたことで説明を補っていただいて構わない」
「わかりました」
「そして、他の書状は全てあちらの出方次第で出す物が変わるのだが、どれを出すかの判断は任せる」
「へ?任せるって……」
「一番お手軽なのは金銀財貨による補填。次が北の山脈を切り拓いて道を通し、ロアの国民の移住を受け入れる。一番使いたくない手が……レオナちゃんとの婚姻だ」
まあ、この国で一番の貴族という扱いですから、政略結婚的な材料に使えるわけですね。個人的には一番嫌な選択肢になります。
「わかりました。必要に応じて使います」
「どれを使っても構わないが、どれを使ったかの報告はして欲しい」
「はい。それは間違いなく報告致します」
一番大事ですからね。
「さて、続いてロアの現状について……ゴードル殿下が色々と手を回してくださり、情報収集をしていた結果がまとまっている」
「では私の方から」
ゴードル王子が私の前に紙を滑らせる。フェルナンド語に翻訳された内容のようだ。
「ロアの現国王はおよそ十年前、王女殿下の病の治療薬の材料を入手した功績が認められて即位した、カイル・アーネスト・ラビロロア。功績を讃えて英雄王とも呼ばれている一方で、未だ現役のハンターだ」
「武闘派ですねえ」
「貴族というのはだいたい武闘派だが、コイツは飛び抜けているのは間違いないな」
「仮にも他国の王をコイツとか呼んじゃダメですよ」
それにそもそも貴族が武闘派なんて、身に染みてわかってますからね。この室内にもサンプルがいるじゃないですか。
「治療薬の材料となる花はダンジョン六十層で発見された例が過去にあり、そこを目指したが見つからず、八十層まで進み、持ち帰ったそうだ」
「へえ」
なるほどこれはかなりの実力者だろう。
「王に就いてからは長期間留守にも出来ないという理由でダンジョンに潜っても二十層くらいで引き返してくるそうだが、無傷で戻ってくるという。三十越えているそうだが、まだまだ現役だな」
「ハンターって、いくつくらいで引退するんですか?」
「ロアのことはわからないが、フェルナンドの場合、三十過ぎたらほぼ引退だな」
「ラガレットも似たようなものだな。だが、ロアの場合は五十近くまで現役は珍しくないらしい」
「ダンジョンで成り立っている国家故ですね」
「そういうこと」
「で、話は通じるタイプなんですか?」
「そこは全くわからない。ロアから一番近いうちの外交官に書状をもたせて向かわせたが、到着は明後日の予定。返事があったらすぐに連絡する」
「いえ、結構です」
「え?」
「殿下から直接なんて畏れ多いですので」
「いや、そこは素直に受け取って欲しいんだが」
「いいえ。この場にいる全員で共有すべき情報だと思いますので」
何より、あなたに我が家の敷居をまたがせる予定はありませんので。
ショックを受けたらしいゴードル王子は放っておいて、持っていく書状の中身をチェック。わからないところを質問しておいて、状況に合わせて出せるように心の準備をしておく。使わなければ一番いいというのは変わらないけど、何事も保険は必要と言うことで。
「ロアに向かっていたラガレットの外交官からの連絡があった」
「はい」
「書状はその場で破り捨てられ、追い出されたと。処刑されなかっただけマシ、だそうだ」
予定通り連絡があったと城に行ってみたらこれ。全員が頭を抱える事態になっている。
「とりあえず詳細を教えてもらえますか?」
「では私から」
ゴードル王子が手元の紙を読み上げる。
「「ラビロロア・シナジーはダンジョンによって成り立ち、ダンジョンを支配することで国家が成り立っている。それを否定するような話は一切受けられない」だそうだ」
「ダンジョンの奥から魔王が来る件については?」
「おとぎ話は子供に読み聞かせろ、と一蹴されたそうだ」
私の隣でコーディが魂の抜けたような感じになっているので、ほっぺをつついて正気に戻す。
「ある程度は予想していた状況ですね」
「面目ない」
「え?」
「いや、何も力になれないな、と」
「そんなことないですよ」
私が言うと王子は目を丸くした。
「コーディの教育にに尽力してくださったこと、感謝してますよ」
「おお、そうか。なら」
「こちら、どうぞ」
「へ?」
店でお持ち帰り用に用意した箱入りおはぎ四個セットを渡すと、うれしさのあまり固まったようなので、あとは国内の皆様との調整かな。
「とりあえず、予定通り出発します。放っておけば世界の危機ですし」
「そうだな。苦労をかけるが頼む」
「いえいえ。神様からのお仕事ですから」
話を切り上げ、コーディを伴って屋敷へ戻る。
「予定通り、三日後に出発します。それまでに辞書の再確認など進めておいてください」
「えっと……食料なんかは?」
「私が大量に持っていますので大丈夫です。もちろん念のための保存食はダンジョンに入るときに渡しますが」
「わかりました」
翌朝、深夜に逃げ出そうとしたコーディを捕らえたと我が家の護衛騎士から報告があった。
「なんで逃げようとしたのよ?」
「だって、ロアからのあんな返事を聞いたら誰だってそうしますって」
「コーディが行かなかったら誰が通訳をするの?」
「えーと……」
「言葉が通じなかったら私、問答無用の力ずくで押し通ることになっちゃうんですよ?一番やっちゃダメな行動だと思いませんか?」
「はい」
「大丈夫。コーディは私が守りますから」
「お願いします」
そんな一悶着はあったけれど、さすがにコーディも覚悟は決めたらしく、その後は逃げ出そうとすることはなく、出発の朝を迎えた。
「お気をつけて」
「頑張ってな」
「よろしく頼みます」
「お土産よろしくね」
「拾い食いをするなよ」
王都西門外側。開拓村まで向かう道を少し進んだところで移動用の小屋を出し、見送りに来てくれた方々――王様たちってヒマなのかしら?――へ、力強く宣言する。
「では行ってきます」




