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「そこで、会話は日常的な範囲で留め、読み書きを優先しました」
読み書きに関しては、ラガレット語も、ロアで使われている北部中央語も似たような物らしく、地理的に閉鎖された土地であるフェルナンド語の方が難解なほどで、こちらはかなり高度な文章まで読み書き出来るように鍛え上げたという。とは言え、色々と込み入ったところの話までするためには万の単位になる単語を知る必要がある。でないと「えーと……何て言うんだっけ?」になってしまう。
だけど、それだけの単語を短期間で詰め込むのは不可能なので、辞書の作成にかかっている。一応、ラガレット語と北部中央語の辞書はあるので、そこにフェルナンド語を突っ込んでいるというわけだ。
ちなみに馬車の中で三人がかりでやっていたそうで、何度も吐きそうになったとのこと。あれだけ揺れる馬車の中で読み書きに没頭とか酔わない方がおかしいよね。でも、その甲斐あってあと一日もやればなんとかなりそうだというのでもうひと踏ん張り頑張ってもらおう。
うん。私のところ、ブラック感が漂い始めたぞ。
「そちらはどうにかなりそう、と言うことですね?」
「はい」
会話は少々厳しいので時候の挨拶程度まで。後は筆談というのはこの世界の外交では珍しいことではない。
そして筆談に必要になる辞書は何とか完成した。
「お二人ともありがとうございました」
「いいえ。やりがいのある仕事でした」
「コーディさんもよく頑張ってくださいましたから」
教育係の二人を労うと、コーディさんが優秀ですというお返事。社交辞令でもうれしいもので、コーディがくねくねと体をくねらせている。褒められるのに慣れていないんだろうね。あとで褒め倒してみようかしら。
二人は一旦王城へ向かってもらう。王子も来ていることだし。この屋敷への出入りは許可しておき、護衛騎士を数名つけて移動に難の無いようにしておく。
「さて、コーディ」
「は、はい……」
まだ何かあるのかと警戒しているみたい。ひどいと思いません?私はこれからご褒美をあげようとしているのに。
「よく頑張ってくださいました。本番はこれからですが、まずは今までの頑張りに応えようと思います」
「え?」
「ご褒美です」
「お、おお?!おおおお!」
うんうん。喜んでくれてうれしいよと私が頷くのを合図にセインさんが用意していた箱をコーディの前に置く。
「これ……が?」
「ささやかながらプレゼントです」
「おおお!」
ひゃっほいと飛び上がって喜んでいる。そうだよね。「よく頑張りました」なんて言葉よりも物とかお金の方がうれしい時期かもね。
「あああああ、あの!えっと」
「落ち着いて」
「はひ……すーはー」
「大丈夫?」
「はい。えっと、開けてもいいですか?」
「どうぞ」
パカッと開けたそこには、
「服?」
スルスルと引っ張り出した下には皮の防具にブーツも入っている。
「これは?」
「コーディの装備です。短剣もありますが、エルンスさんが最後の調整中なので、後で忘れずに受け取ってください」
「装……備?」
「装備ですよ」
「なぜ……装備?」
「なぜって、ロアの大迷宮に入るんですから、メイド服って訳にはいかないでしょう?」
「迷宮に入る?」
「元々持っていた潜入用の装備では心許ないですし、自分で用意というのも大変でしょうから、私の方で手配しました」
エルンスさんのお手製なんて、どれだけお金を積んでも普通には買えないんですよ?
「一つ質問が」
「どうぞ」
「大迷宮に入る?」
「ええ」
「私……も?」
「もちろん」
あ、固まった。
「私……ダンジョンなんて」
三十秒ほどで復活してようやく絞り出した言葉がこれ。
「魔物なんてゴブリン、オークくらいしか相手にしたこと無いんですけど」
「ええ」
「ダ……ダダダダ、ダンジョンなんて死んじゃいますぅっ!」
「大丈夫よ。私が一緒にいるんだし」
「でもでも」
「コーディ一人をロアに残す方がよっぽどマズいんだけど?」
「え?」
改めて、ロアの現状について伝えておく。ダンジョンの上に作られた都市だと言うこと、ダンジョンありきで成り立っている都市国家だと言うこと。そして、ダンジョンがなくなるという話を持ちかけた場合、それなりの反発が予想されること。
「それなりって、どの位なんでしょう?」
「予想しづらいけど、最悪の場合、処刑されるかも」
「え……」
また固まった。そのくらい予想しておいて欲しいんだけどな。ある程度の予備知識を与えておいたんだし。
「とは言え、私が対応しなかった場合、ダンジョンの奥から魔王が軍勢引き連れてやってくるわけなのよ。それはわかる?」
なんとか復活したコーディがコクコクとうなずく。
「王都南のあの戦闘と同程度のことが起こるということですよ?」
「ええと……あの……えっとロアって、実力のあるハンターが大勢いるって聞きましたけど」
「まあ、ダンジョンで成り立っている国家だから戦力はそれなりにあるかも知れないけど……ドラゴンの群れとか引き連れてくるのよ?」
「ああ……そうですよね」
「そしてそのドラゴンの群れをアゴで使うようなのと、そんなのをアゴで使うようなのが来るのよ?」
「ええ」
「どうにか出来ると思う?」
「あのっ」
「ん?」
「レ、レオナ様が全部地上で撃退すれば何とかなるんじゃないかなーって」
「無理ね」
「え?」
「私は一人しかいないのよ?」
「あ……」
ダンジョンの入り口で待ち構えて、というのも有りかも知れないけれど、その入り口がとても広かったりしたらとても手が回らなくなってしまう。
そして、一度でも外に出られてしまったら、周囲の被害は甚大。
「ついでに言うなら、さすがの私も魔王を相手にするのはちょっとね」
現状のステータスはこんな感じ。
HP 113424/113424
MP 100219/100219
物理攻撃力 09931
魔法攻撃力 10028
物理防御力 11163
魔法防御力 07006
最終的には桁が全部九になるのかな?だとしたら一割くらいか。神様が魔王の強さをどの位と予想しているか不明だけど、魔王と言うくらいだからまだ厳しいと思う。魔王の分体とか言うのを相手にしたときよりもずいぶん強くなってるけど、分体という時点で相当弱いだろうし、何より魔王が複数いるのなら、魔王によって強さも違うだろう。
「さらに言うなら、仮に撃退できたとしても、ダンジョンの奥が魔王のいた世界とつながったままになるのよ。そうなったら」
「そうなったら?」
「あちら側の他の魔王がやってくるかも」
「はあ……」
「どう?状況は理解できた?」
「はい」
シュンとなって頷くコーディにとどめを刺しておこう。
「私がダンジョンに入るのは確定。ではコーディを街に残していった場合どうなるかしら?」
「えーと……あ。私、無事でいられないですね」
ダンジョンで成り立っている都市国家。そのダンジョンを破壊しようと訪れた私。私がさっさとダンジョンに入ってしまったら、追いかけるのは難しい。となると、矛先は街に残ったコーディになる。
「良くて逆さ吊り。次点で市中引き回し。打ち首ですめばいいわね……」
「ひいいいっ!」
「私と一緒に来た方が安全って、わかった?」
「はい!」
コクコクと頷くので、しっかり理解したと思うけど……頷く角度と速度がヤバいので頭をポンポンとやって落ち着かせたところにセインさんのところに手紙が一通とんできた。
「レオナ様、国王様からです」
「城に行けばいいのかしら?」
「はい。それと……コーディ様も同行した方がよろしいかと」
「わかったわ。すぐに仕度を」
さて、呼び出した理由はなんだろう?
あ、一部貴族向けにお披露目した新メニューのこと……なわけないわよね?




