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「さすがお耳が早い」
「それほどでも。で、どうなのですかな?」
「確かに複雑な工程を踏みますね」
まず収穫した状態のラド麦を精米する工程を説明すると貴族の皆様の表情が強張る。今まで聞いたことの無いような作業が多いから仕方ないよね。ちなみにすぐそばに控えているそれぞれの執事さんたちがメモを取っているので、領地に戻ったら試すのだろう。セインさんは「用意しなくても大丈夫だと思いますが」と言っていた、お持ち帰り用に用意した資料は無駄になってしまったかな。
「うむ……これは少々厳しいですな」
「おっしゃるとおりです。現状、私たちの店でも数を出すのが難しい理由の一つです」
開店当日とその後数日間は事前に用意していた分で乗り切ったけれど、ストックを使わないと一日に三十個がせいぜい。私の店なんだから私がアレコレ手を出せばもっと数を用意出来る。しかし、私が時々ダンジョンへ遠征して留守にすることが決まっているので、私なしでも運営出来る体制を目指した結果がこれ。
「となると、日常的に食べるのも、非常時に備えるのも厳しいですな」
「ええ。期待していたのですが」
「ご安心下さい」
「「「え?」」」
「なんとかするべく、当家の職人が色々と」
「ほう」
「クレメル家お抱えの職人というと……あの」
「ふむ……加工の工程はなんとかなるとして」
「問題はどのような料理になるか、ですな」
「ご期待に沿えるといいのですが……本日は二品用意致しました」
私の言葉を合図に一品目、赤飯じゃなくて緑飯が運ばれてきた。
「ほう?」
「これは……ラド麦とラプ豆ですか」
「ええ。塩味をつけるか、やや甘めにするというのもありますが、今回はあえて控えめな味付けとしてあります」
「なるほど」
「まずはいただきましょうか」
「そうしましょう」
それぞれがスプーンを手にしてすくい取り口にする。
「いかがでしょうか?」
「悪くはないですな」
「変わった食感ですが……慣れればなんとかなりそうか?」
「先日いただいたものと同じ材料とは思えませんな」
「食べ応えもありそうですね」
そして私の合図でライルズさんが入ってくる。
「ご存じの方も多いかと思いますが、当家の護衛騎士隊長、ライルズ・ノーマンです」
ライルズさんがビシッと騎士の礼をする。
「ええ、存じてますよ」
「ですが、なぜここに?」
そりゃそうですよね。いきなり護衛騎士が出てきたら、「お前ら全員ここで捕縛する」って宣言しているようなものだからね。
「ライルズさん、例の話を」
「は。僭越ながら申し上げます。この料理ですが、非常に腹持ちが良いのです」
「ほう?」
「先日私も昼に試食したのですが、夕刻を過ぎても腹が鳴ること無く、任務に集中しやすかったと」
「なるほど」
「それは助かるかも知れませんな」
ガチの肉体労働者が、腹が減ってたまらんという状況になりにくいと感想を述べると、それはそれで価値があるという話になった。
「不作の折には領民たちが腹を鳴らしていることが多いのですよ」
「税を減らし、備蓄を放出しても限度があり、仕方なくラド麦やラプ豆を口にしていましたが、何しろ苦いというかなんというか」
「食べづらいので食も進まなかったという話しかありませんでしたな」
「それが多少手はかかるとしてもこうして食べられるのであれば、一考の余地有りですな」
不味いのを我慢して食べるより、食べ慣れない味と食感だけど不味くはないの方がはるかにいいだろう。
「では二品目」
「おお、こちらはまたいい香りですな」
「チーズとベーコンに……この下にある焦げ目のあるのは?」
「そちらがラド麦になります」
「ふむ」
こちらは緑飯よりは好評だったけど、当たり前のことを言われた。
「不作の折にはチーズもベーコンも貴重品になるのですが」
ごもっともな話です。
「ええ。ですのでこちらは普段から食べるという使い方で」
「普段から?」
「ラド麦を加工した物はあまり長期間保存しない方が良いのです」
「湿気を吸うと不味いとか?」
「そうですね。カビなども生えますから」
厳重に管理すればと言う意見もあるかも知れないが、それでも何年も保存するのはちょっとむりがある。
「そこで、普段から加工しておいて日常的に消費しながら、というのはどうでしょうか?と言う話しなのですが」
「なるほど」
品種の違いがあるのだろうけど、ラド麦もラプ豆も、そしてダート豆も天候にあまり左右されずに収穫出来るらしいので、普段から食べる物の選択肢に入れておけば、主食となる小麦の消費量をわずかでも減らせるようになり、備蓄に回せるようになる。そうすればもしもの時に備えやすくなるだろう。
そして、そうなってくると彼らの話は勝手に盛り上がっていく。それぞれの領地での収量がどの位で、そのままの状態で一部をこうして食べるように切り替えるとしたら家畜の飼料はどうするかとか。
「実に有意義でした」
「お役に立てたようで何よりです」
精米の工程、調理工程、どれもまだ手がかかりすぎるという大きな課題が残っているが、エルンスさんがきっと何とかしてくれると期待している。そうすればあとは……まだまだ先は長いなあと思いながら全ての馬車を見送る。
「お疲れ様でした」
「いえ、セインさんも色々とありがとう」
「これが仕事ですから……とてもやりがいのある仕事です」
事務的な返事かと思ったら、とても嬉しそうな返事でした。
「モーリス様から本日の売り上げについて報告があるとのこと。あとは開拓村からの報告も届いております」
「わかりました。執務室で聞きましょう」
こんな感じで数日が過ぎた。お店の方は特に問題はなし。まあ、細かいことは色々起きていて急遽私が出向くこともあったけどね。
そして開拓村。こっちは順調。まだまだ課題が山積みですという但し書き付き。なんとか土地を広げてきているのだけれど、人手が足りなくて建物が追いついていないのだから「あれが無い」「これが困る」が日々起こる。人手を増やせば解決しそうなんだけど、安易に人を呼び込むのも正解ではないので、今は慌てずじっくりと、と言う方針。だいたい、普通の開拓村がまともに軌道に乗るまでに十年二十年が当たり前の中、こんな短期間である程度人が住めるようになり、結構な広さの畑に着手しているのはむしろ早すぎなくらい。
そして、いよいよロアへ向かうまであと三日という日、コーディがこちらに到着した。
「ただいま到着しました」
「お疲れ様……痩せたと言うよりやつれた?」
「ええ……まあ、はい」
コーディの教育係にはラガレットから二名派遣されている。一人は大陸北部の言語に長けているナーディさん。もう一人は会話の翻訳のみ可能なヴィジョン持ちのリエッタさん。二人がつきっきりで教育する方針とした結果、起きている間はほぼ勉強漬けの日々だったらしい。そして二人の教育方針はと言うと、
「とりあえず日常的な会話はどうにかこなせるようになりました」
「ただ、非常に難解な……いわゆる政治的、外交的な会話の習得は断念しました」
なんでも、大陸北部の言語は単語の発音がややこしい物が多く、ちょっと発音を間違えるだけでも全く反対の意味になることがあり、この短期間ではナーディさんも仕上げるのは無理だったとのこと。




