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「ではそろそろ始めます……が、これは私一人では出来ない調理工程になりまして」
「では誰か手伝いを」
「えーと……結構危ないんですよ」
「「「「えっ?!」」」」
気分を出すために中庭に杵と臼の他、必要な物を出しているのだけど火の気もないし、刃物もないのに何が危険なのか。
「とりあえずやってみせるので、どういうものか見て覚えて下さい」
「レオナ様」
「はい、クラレッグさん」
「それだと今までのレシピ以上に難しいのではないでしょうか?」
「大丈夫です。見てればすぐに出来るようになりますから」
我ながら無茶を言っていると思うが、こればかりは仕方ない。流れ的に杵を持つのが私になるだろうけど、では合いの手を誰かに頼むとして「こうやって」「このタイミングでこうして」という説明をしながらでは餅が出来ない。
「では……コール」
ヴィジョンを呼び出して臼のそばに座らせる。
「出来る?」
コクリ。
相変わらず万能です事。
蒸し上がったラド麦を臼の中に入れ、杵で押しながら潰していく。前世で何度かやった行程だけど、この体だと楽……ではなかった。
押す力は強くなっているのだろうけど、体重が足りなくてイマイチ押し切れない感じ。仕方ないので、ヴィジョンに交替してもらう。こっちはこっちで体重という概念がないのだけれど、自由に空を飛べるということは上から適度な力で押す、と言う動きもやりやすいのですよ。
五分ほどかけて粒が程良く潰れてきたところで交替。
「ほいっ」
ササッ
「ほいっ」
ササッ
餅をつくときのコツは、杵の使い方。持ち上げるのは真っ直ぐ上げ、つくときは落とす感じ。力を入れて振り下ろしたりすると、うまく真ん中をつけない。と言う前世で身につけたコツを頼りについていきながら、最適なタイミングでヴィジョンが合いの手を入れて返す。通常、息が合わないとうまく出来ないのだけれど、ヴィジョンの動きは私が細かく制御出来るから、タイミングは完璧。
ぺったんぺったんといい音がしてきて、いい感じに餅らしい粘りが出てきたところで完成。用意しておいた平たい板の上に広げていき、程良いサイズに切り分けていく。
「これで完成ですか?」
「完成といえば完成なんだけどねえ」
「「「?」」」
皆が「なんだそりゃ?」という顔になる。そうなのよ。餅自体は完成したけど、餅ってこのまま食べるわけじゃないのよね。例えるなら……なんだろう?パン?でも、こっちで食べたことのあるパンって、特に何もつけずに食べることも多いから、例えとしては微妙かなあ?
「こんなのが本当にうまいのですか?」
試食役のライルズさんの辛辣な一言が胸に刺さるが、どうにか耐えて焼き網の上の餅をひっくり返す。色々考えた結果、無難そうな料理にすることにしたんだけど、前世では一度も食べたことない食べ方なんだよねえ……
両面を軽く炙って焦げ目がついた頃に、チーズを乗せ、ベーコンを乗せる。チーズがとろけてきたら、ベーコンチーズ餅の完成。ん?餅チーズベーコン?チーズ餅ベーコン?正式な名前がわからないけど、とりあえず試食してみよう。おお、チーズの塩加減がいい感じだよ。
「あー、二人とも」
「「はい?」」
「これ、結構熱いから、自分でフーフーしながら食べてね」
揃って口を開けていたタチアナとシーナさんに皿に乗せたのを渡す。さすがにこれをいきなり口に入れたら熱いでしょ?
そして続けてクラレッグさんとライルズさんにも。セインさんは……よく噛んで食べて下さいね。私も前世で七十過ぎた頃からは注意するようにしてましたから。
意外なおいしさに皆が感心している中、クラレッグさんはやはり欠点に気付いたようね。
「レオナ様」
「ん?」
「確かにおいしいのですが、これは少し厳しいかと。調理工程が複雑すぎます」
ですよねー。
「そこは少し考えがあるのよ」
「ほう」
餅は天日で乾燥させて冷暗所に置けば、ある程度の保存が可能だ。あとは、精米もそうだけど餅つきも機械化が可能。エルンスさんが大忙しになるけれど、設計と試作を終えれば量産化も可能なはずと言うことを話す。
「なるほど」
「一考の余地有りですな」
とりあえずこの二つを披露する方針はそのまま。それに餅のメインはナトロアの実から作る味噌ことトロアと、醤油ことナトロージと醤油が出来てから。こういう食べ方もある、と言う紹介だけでもずいぶん違うだろうし。
そんな感じで、貴族を招待するときのメニューの目処がつくとクラレッグさんとシーナさんはお店へ向かう。
うん、まだお店は軌道に乗ってない。店員さんたちも頑張っているんだけど、貴族相手というのはかなり神経を使う仕事。これも何とかしないとねと、セインさんとともに悩む課題の一つだ。
クレメル家は私一人だけなので、屋敷の広さの割に使用人の数は少ない。それはそれでいいことなのだけれど、お店をやるとなったときに回せる人材が全く足りない。基本的に貴族相手の店では、客二、三人に一人の割合で人がつくのが普通らしく、現状ではほぼいっぱいの状態。私が店にいるときはそれだけでも事足りるんだけどね。それをどうにかやりくりしている時点でクラレッグさんもシーナさんも優秀。超優秀。もう少し給金を上げてもいいくらいだと思うんだけど、セインさん曰く、
「既に充分すぎるほどの額をいただいています」
と言うことなので、朝夕に笑顔で労うくらいしか出来ない……仮面越しでごめんなさいね。
「とりあえずだいたいわかった」
「色々仕事が山積みになってごめんなさいね」
「何、こんなに楽しいのはなかなかないから気にするな」
どうにか手順を整理出来たので、エルンスさんに脱穀精米の機械製作に取りかかってもらう……はて、エルンスさんに一体いくつの仕事を頼んでいるのだろう?ま、いいか。楽しそうだし。
「レオナ様、そろそろです」
「ん、わかった」
今日は我が家へ貴族の皆様を招待する日。食事になるように用意したので、昼食を兼ねる予定。そして私はホストとしてしっかりと出迎えねばならない。
「さて、どちらのドレスにしましょうか?」
「どっちでも「どちらでも良い、はダメです」
「ぐぬぬ」
目の見えないタチアナにしてみれば同じに見えるドレスだけど、色が違う。形しか認識しない彼女の問いかけに対して正解を導き出すのは難しい。
「じゃあ、こっち」
「はい。それではこちらとこちらでは?」
青を選んだら同じ色合いの別の形が出てきた。色を認識しないタチアナがどうやって色を見分けているのかと思ったらハンガーに色を示す印が彫ってあった。
「じゃあ、こっちで」
「はい。では次に」
「まだあるの?」
「髪飾りです」
予定の時間までまだ二時間もあるのにずいぶんと早いなと思ったら、準備に時間がかかるのね。今まではシーナさんが用意してくれていたから気付かなかったけど、結構たくさんの服があるんだと再確認した。
「ようこそおいで下さいました」
「本日はお招きいただきましてありがとうございます」
玄関先に並んだ馬車から降りてくる人たちを案内し終えると次は、
「本日はラド麦をおいしく食べる方法を紹介いただけるとか」
「あとはラプ豆ですね」
「と言うことは店で出されていたような?」
「いえ、違う方法でして、甘みはなく、食事としていただけるものに仕上げております」
「ほう」
「それは楽しみですな」
好意的に受け止めて期待する人が多い中、一人が異を唱える。
「しかし、ラド麦を調理するまでの工程が複雑だという話を聞きましたが」




