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礼拝室から出てすぐに待ち構えていたセインさんとタチアナに情報共有。セインさんは各方面への連絡のために部屋を出て行った。コーディの教育日程とか、ロアへどういう連絡を入れるかとか。本当に大変だろうけど、私の手に負えないのよ。
特にロアへの連絡はラガレット経由になるんだけど、ラガレットもロアとの交流はほとんどないから、どうやって話を持って行くか、フェルナンド王国も出来るだけ協力をしながら、とか色々大変なんだよね。
私に出来ないことを無理しても仕方ないと自分に言い聞かせながらセインさんを見送っていたら隣からジト目が。
「何かしら?」
「本来なら、キチンと権力を持った者、つまり「私が動くべき、と言いたいのね」
「はい」
「正論だけど」
「ええ、わかっています」
「うん。いつかは自分で出来るように頑張ってみるよ」
「はい」
いつかがいつになるという約束はしていなし、頑張ってみるだけだから、未来永劫訪れないかもね。
「おはようございます、エルンスさん」
「おお、おはようさん。どうした?」
スルツキから砂糖を作る工場はまだ建築中。建てる場所は決まったので輸送用の道路を整備しつつ、土地を均して基礎工事から。建築全般を現地にお任せしているのでエルンスさんはこちらに戻ってきて砂糖に加工するために必要な機械の制作に取りかかっているが、実際には一台作ってあとは設計図をあちらに渡して終了。国内最高峰の職人が全ての機械を作ってしまうと、あとのメンテとか増産が出来なくなるというのが主な理由。一応はエルンスさんは現役を引退していて、「そんなに先は長くないぞ」と公言しているからね。ドワーフもそこそこ長寿な種族だったと思うので、彼の言うそんなにがどの程度なのかさっぱりだけど。
「作ってほしいものがあるのよ」
「ホイ来た。なんでも言ってくれ」
「作って欲しいのはコーディの装備一式。これがリストね」
「あの侵入してきた糸の姉ちゃんか」
「ええ」
「迷宮都市ロアだっけ?連れて行くってのは聞いているが、通訳なんだろ?」
「そうだけど、私がダンジョンに入っている間、街で待つって事は多分出来ないと思うの」
「それでダンジョンに同行するための装備か」
「ええ」
コーディには通訳をお願いしているのだが、彼女を残してダンジョンに入るのは無理だろう。
何しろあちらはダンジョンを中心に築かれた都市国家。そんなところに「ダンジョンの奥から魔王が出てくるのでダンジョン壊します」なんて言って「ハイそうですか」とはならないだろう。今までのダンジョンは、地域経済に貢献していたが国家の根幹を揺るがすほどでは無かった。だから、もたらされるだろう脅威と天秤にかけて、ダンジョンを潰すことも止む無しとなっていたけれど、ロアは違う。ダンジョンが無ければ成り立たない都市国家なんだから、ダンジョンが潰れたら都市としてはおしまい。それどころか、ダンジョンの崩壊と共に地上の都市が崩壊する可能性もある。と言うか、間違いなく崩壊する。
もちろん、私は私の為すべき事を優先してダンジョンへ向かうけれど、コーディを残していったらどうなるだろうか?彼女自身の戦闘力とかはある程度承知しているけれど、ロアが総力を挙げて追い回したら逃げ切れるか?
無理だろう。
となると、コーディも連れてダンジョンに入るのが彼女にとって一番安全かというとこれもまた微妙。コーディは教会の暗部として動いていたとは言え、ダンジョンに関しては素人。まあ、私も素人に毛が生えた程度だろうけど、コーディはダンジョンというモノは知っていても入ったことは無い。そして、貴族の屋敷に忍び込んで情報収集するのとダンジョンでモンスター相手に戦うのとはまるで違う。と言うことで潜入対人戦装備しか持っていない彼女の為に、ダンジョン探索用の装備をエルンスさんに作ってもらうことにしたのだ。
「嬢ちゃんに作ったような服に、ソフトレザーの鎧。それから短剣か」
「武器に関してはコーディのこだわりもあるかも知れないけどね」
「しかし……サイズがわからんぞ」
「タチアナ」
「はい。こちらを」
「っと、用意がいいな」
「雇い主として当然です」
コーディをマリガン伯爵領へ送るにあたって、服装をきちんと整える必要があったから採寸してあったと言うだけなんだけどね。
「よし、任せとけ」
エルンスさんが早速材料の吟味にかかったのであとはお任せ。っと、一応セインさんにまたエルンスさんが徹夜しそうだから注意するように頼んでおかねば。
「「「「ありがとうございました」」」」
お店も五日目となると店員さんたちも対応に慣れてきて、ずらりと並んでお客様のお見送りなんて事が出来るようになってきた。何となくメイド喫茶コンセプトにしたのは成功だったかも。
「皆さんお疲れ様でした。明日はお休みになりますのでゆっくり休んで下さいね」
こっちの世界共通の認識らしいのだが、お店や職人などには定期的に休みを取るという概念は無いらしく、
「五日働いたら一日休みにしましょう」
と提案したら全員に驚かれた。
が、すぐに違う勘違いをされた。
「そうですね。お店は休みにしますが、新メニュー開発は必要ですし」
うーん……まあ、いいか。
過労死しないように注意して欲しいけれど、そもそも休み無く働くのが当たり前のこの世界だと過労死という概念も無いのかしらね。それにそもそもセインさんとか休む暇も無く働いてるし。
そんなことがあった翌日、お店が休みだというのに……店員さんたちは皆、屋敷の厨房で料理の練習中。私は開拓村から届いた資料の説明を受けながら目を通してサインをする、通常業務をこなしたら少しセインさんと相談だ。
「おはぎの作り方を広めるのは見送った分、あとのことを考えなければなりなせんな」
「ええ」
この五日間に店を訪れた貴族たちはだいたいがどこかの領主か、領主の下でどこかの街を治める代官を務めている方々。そしてお店で出ている品の原材料については招待状にも記されているので、当然興味を持たれた。何しろ、家畜のエサにしかならない、ラプ豆とラド麦をこんな形で食べられるようにしているのだから、気にするなと言う方が無理だろう。
どこの領地も十年前後の間隔で不作の年がある。単純に雨が降らないとか雨ばかりで日が差さないとかいうちょっとした気候の変化なんだけど、そのちょっとした変化だけで農作物の出来具合は大きく左右される。農具のヴィジョンがあっても、お天道様にはかなわないというわけ。もちろん、そうした不作に備えてある程度の備蓄はしているし、あまり影響の無かった領地からの支援というのもあるけれど、それでも充分とは行かないことも多く、家畜のエサとして大量に収穫出来る――と言うか、収穫しきれなくて放置している場合もあるほどだ――これらの作物をおいしく食べられるなら、その調理方法を知りたくなるのは自然なこと。だけど、私はそれを教えなかった。ほぼ私の独断で。もちろん理由も添えて。
「マズかったですかね」
「改めて説明をいただけますか?」
「事前の加工がとても面倒」
「確かに」
ラプ豆は乾いたサヤから出した豆を吸水させるだけなので簡単だけど、ラド麦はとにかく面倒だ。何しろ家畜のエサとしては根元から刈り取ったのをそのまま与えればいいが、人間が食べようとすると稲穂から実を落とし、精米、つまり殻を剥いてやらなければならないが、今のところは全て手作業。食べる量が少ないうちはそれでもいいけれど、ある程度の量を用意するとなると、最低でも精米までの工程をこなせる道具が必要。もっと量が増えるなら機械類が欲しくなる。だけど、さすがに私もそう言う機械の仕組みは知らない。開拓村が落ち着き、スルツキの砂糖工場が稼働し始めたらエルンスさんと一緒に考えようと思っていたけれど、前倒ししないとダメかしらね。




