15-3
「ご注文いただければ配達も出来るようにしていきますので」
「出来たてが一番ウマいんじゃないのか?」
それは否定しませんけどね。でも、ちょっと乾いて固くなりかけも悪くないですよ?と言うか、そもそも今ここに並んでいる分は……結局私のアイテムボックスから出した昨日までに作った分です。
作りたてを入れたから鮮度は維持してますが。
「まあ、冗談ではあるが」
どこまでが冗談なのか、倒れそうになっている宰相さんにあとでちゃんと伝えておいてくださいね。
「それにしても、よくこんな食べ物を思いついた物だ」
「ええ。本当にすごいわ」
「あ、あはははは……ち、小さい頃は苦労してましたから」
「そう言えばそんな話があったな」
「本当……大変だったのね」
口から出任せだけど、なんとかごまかせたみたい。
家畜なんて、どこにもいないような極貧開拓村で人間が食べない作物なんて育てるはずが無いんだけどね。
「さて、名残惜しいが時間が厳しくてな」
正確には時間に厳しい宰相さんが厳しいのでは、と言いかけて止めました。
「また機会があったら来ることにしたいが……その前に、迷宮都市ロアだったか」
「ええ」
「出発前に一度顔を見せて欲しいわ」
「わかりました」
「うーむ……しかし……」
仕方ない。これは最後の手段、と数名の店員にハンドサインを送り、馬車まで。そして乗り込んだところで、持ってきてもらったものを渡す。
「お土産です」
「おお!」
「今日中に食べて下さいね」
「大丈夫」
「え?」
「帰るまでに食べるからな!」
それ、お土産じゃないよねえ……
ま、絶対冗談だろうと信じて見送ると、あとは……店内客席で苦しそうにしてる連中の相手。気が重いなあ。
「お味はいかがでしょうか、アルトゥール・バイン伯爵」
「う……うむ……その……なんだ」
「はい?」
「ワシらの相手を後回しとは何事か!」
「申し訳ございません。国王様ご夫妻がおいででして」
「そ、それなら仕方ないな。今後は気をつけるように。予定を鉢合わせるなど、貴族を相手にする店の最低限のマナーすら守れないとはこの店の程度が知れるが、所詮はポッと出の小娘だから大目に見てやろう」
「ありがとうございます」
「と、ところで」
「はい」
「その……なんだ、次の用事があってな」
「あら、それは大変ですね」
「すまないが、この辺りで失礼させてもらう」
「そうですか。では残りはお包み致します」
「うむ。そうしよう」
一人平均六個、頑張って食べていたけど、そのくらいが限界でしょうね。と言うことで、日持ちするものではないので今日中に、と言うことを彼らについてきていた使用人たちに告げて見送る。多分、使用人たちが食べることになると思う。そんなことを考えながら、後ろに並んだ皆の方へ振り返る。
「お疲れ様でした。まあ、色々細かいところをあげたらキリがないと思いますけど、開店初日としては大成功だと思いますよ!」
ホッと安堵して膝から崩れてしまう者、隣同士で手を合わせて涙ぐむ者、ガッツポーズをする者と、反応は様々。
「タチアナ」
「はい」
「三個までならいいわよ」
「ありあとうおあいはふ」
もう食べてるし……イヤしんぼめ。
それにしても、毎日のようにパクパク食べて、よくお腹周りにつかないものだと感心してしまうわ。コルセットでキツく締めているとか、ものすごく着痩せするタイプという可能性もあるけど、そういう雰囲気もないし。
うらやましい限りだと思う一方で、今世の私のこの体は果たして太るのだろうかと疑問に思う。
少なくとも開拓村での極貧生活を脱してからは、三食しっかり食べられる生活で、骨と皮だけの体にそれなりに肉がついてきたけど、それなり、なんだ。
ダンジョンに潜るときはほぼ全力疾走になるのでカロリー消費は相当なものだろうし、何だかんだでヴィジョンを使っての移動のような、ヴィジョンの使用もカロリー消費に貢献しているらしく、肉付きがよくなったと言ってもついたのは主に筋肉。贅肉と呼べそうなものはあまりついておらず、手足を始めとして女性らしい柔らかさとは縁遠く、筋肉の固さと柔らかさだ。
うん、ついて欲しいところには全くついてくれないというのは……まだこれからよ、と気持ちを切り替える。
店の片付けを皆に任せて一足先に屋敷に戻り、「特に何もありませんでした」というセインさんからの報告を受けると、モーリスさんが戻ってきた。
「本日の売上がこのようになります」
「予想よりも多い」
「ええ。一人十個は予想していませんでした」
そして、単価が単価だけに、結構な金額だけど、ちゃんと金額も提示しているからね。どこからどう見てもぼったくり金額だけど、貴族向けの価格設定だからね。と自己弁護してから明日以降の話をしておく。
とりあえず明日以降は面倒な貴族は来ないはずで、招待状の通りになる。特に予定を変更したいという相談もないし、人数も決まっているから、ちょっと余分が出るかな程度でいいはず。
「ですので、明日は店で実際に作って出すという形になります」
「ある意味、明日からが本番ね」
「はい」
一応、明日から五日間は、色々と関係を持っておいた方がいい貴族が集められているので、私も店で接客。その後は主にオルステッド家の関係者なので、私が不在でも問題ないらしい。
要するに私がいつロアに向かうか次第なんだ。
「と言うことで、神様、どんな感じですか?」
「と言うことで、ってどういうことなのかな?」
「そこは察してよ」
「そういうとこだけ、前世の日本人的感覚なんだね」
「なかなか癖が抜けきらないのよね」
方や日本で九十年、方やこちらで十年ですから。
「それはさておき、次のダンジョンの状況ってどうなのかなって」
「うん、そのスルー力には感心するね」
モヤモヤしている姿だけど、何だか呆れられてる気がする。
「えーと、場所は確定。やはりこの地点にあるとても大きなダンジョンだ」
「大きいって事は、魔王も強い?」
「単純に穴を開けたらそこにつながっただけみたいだね」
「ふーん」
それなら、
「それって、ダンジョンの魔物に襲われて撤退したりとか」
「可能性はありそうだけど、一応は魔王の軍だからね。幹部クラスなら問題ないんじゃないかな?」
「もう少し、ダンジョンに頑張ってもらいたい」
「それは……うん。難しいと思うよ」
一生懸命世界を隔てる壁に穴を開けて出た先がこっちの世界でも有数の規模を持つダンジョンの最奥。侵攻しようとするも、最奥にいるようなレベルの魔物の前になすすべなく撤退。これなら楽ちんなのにね。ついでに魔物があっちになだれ込んでくれればなお良し。
そう思ったんだけどダメか。
「仕方ない。頑張りますよ」
「よろしくね」
「よく考えたら」
「ん?」
「無償奉仕?」
「結構楽しく暮らしてないかい?」
「それは否定しない」
「一通り片付いたらのんびり暮らせるようになるから」
いつになるのやら。
「とりあえず向かう先は決まった。あとは時期だけど」
「あと二十日で完全に開くね」
「二十日かあ」
「君の能力をフルに活かせば、ダンジョンに入って五日くらいかかるかな」
「じゃあ、あと二週間後に出発すればちょうどいいって事ね」
とりあえずそこは予定通りでいいか。
「他に質問は?」
「ありませ……っと、黒幕はわかった?」
「一応、目星はついた」
「お」
「だけど、理由がイマイチでね。もう少しかかる」
「了解。出発する頃にもう一度来るわ」




