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ふう、とため息をついて店員を一人手招き。
「嫌がらせ対策……パターン三、準備を」
「畏まりました」
店内のテーブルの配置を少し変えるように指示を出して、私は店の裏手に回って荷物を積み込んできた馬車の元へ向かい、積み荷をアイテムボックスに収納する。最初からアイテムボックスに収納しておかなかったのは、今この瞬間ギリギリまで荷台の上で数名が作業をしてもらっていたから。
作業していた人たちの労を労いながら裏庭に荷物を展開して店に戻ると、ちょうど向こうの角を曲がって馬車がやって来た。
「さてと……最初のお客様ですよ」
「「「はいっ」」」
一番の上客では無いのが不本意ですが。
「ほほう、これはなかなか趣味の良い店ですな」
「ありがとうございます」
外観はほぼそのまま残し、内装はセインさんを通じて専門家に丸投げという時点でセンスも趣味もあったものでは無い。ついでに言うなら、顔が褒めてる顔ではない。
セインさんによると、貴族がこのような、店の運営に出資するのでは無く、直接経営するタイプの店を開くケースはほとんど無いため平均の取りようが無いのだが、出資して深く関わるような店の場合でも開店までは半年から一年はかけるそうだ。つまり、ひと月やそこらで開いているこの店は、超が付くほどのスピード開店。内装がシンプルになるもの仕方ないというもの。
一応言い訳として、「あまり飾り立てずにシンプルで落ち着いた店内でゆったりとくつろいだ時間をお過ごしいただきたく」みたいなコンセプトということを招待状には書いておいたはずだけど、読んでないんだろうな。
とりあえず田舎から出てきたばかりの小娘が背伸びをしている店、と言うことで褒めてるようで褒めてない言葉も出やすいのでしょうね。
とりあえず緊張で表情が固まっている店の皆を声かけ&ヒールで復活させながら席への案内をしてもらい、一旦落ち着いたかなと言ったところで、とんでもないことを言い出した。
「一人十個ずつ頼みたい」
これにはさすがの私も固まった。
「十個ですか」
「何、全員昼は抜いてきているからな。腹は減っている」
「そうですか。しかし、十個は多いのではないかと」
「うるさいな。客が持ってこいと言っているんだぞ」
「はあ……」
「金ならあるぞ、心配いらん。さあ、早く持って来い」
「畏まりました」
引きつった表情で固まっている数名の肩を叩いて復活させて、お皿の用意をしてもらうために厨房へ入ってもらう。
「すぐに行くから」
「わかりました」
ある程度予想していたけど一人十個か……どんだけ大きな皿が必要になるのやら。用意してあるけどね。それにしても三十人いるから三百個。アイテムボックスにはその十倍くらい入っているけどさ……はあ。
「レオナ様」
「ん、わかった」
そこへタチアナが王様ご一行の到着を報せてくるので、そちらに向かおう。後ろでニヤニヤと悪い顔している連中の視線を感じるが……ま、大丈夫ですよ。
ガラガラと音をさせながらやって来た馬車を「こちらです」とタチアナが誘導する先は、店の横に急遽しつらえたちょっとおしゃれな感じの門の前。そこから延びる小道は鉢植えを両側に並べたりして急ごしらえ感をどうにか排除。そして小道を抜けた先は、この店の建物の裏庭だ。
そもそもこの店の広さ的には三十人でも結構窮屈なんだけどね。六十人となると絶対無理だけど、幸いなことにこの店には裏庭があったので有効活用することにした。
ただの物置兼、荷物の搬入口兼、従業員の通用口兼……だったところを整地&芝生を貼り付け。伸び放題だった木も枝を調えればそこそこの見た目になった。
そこへ物置にあった、座るにはちょうどいいくらいの高さの木箱の表面をカンナで綺麗にしてから布をかぶせてクッションを敷いて並べればなんとかなる。
イメージ的には、日本の観光地で和菓子を出すような茶店の店先に並んだ縁台に緋毛氈をかぶせたあれ、みたいな感じ。
「ほう」
「いかがでしょうか?たまにはこう言った趣も良いのではと思いまして」
「ふむ……面白い」
王様的にはあまり見ないタイプの客席と言うことで興味深げ。
こんな外から丸見えのところに王族一行なんて、狙ってくださいと言わんばかりの環境。だけど、この国の王様は国民の受けも良く、良からぬ事を企む者は少ないし、周囲をタチアナの目が監視している上に、私も常時監視。
さらにここからは見えないけれど、塀の向こう側には私のヴィジョンも待機。王様を襲撃しようと考える者はいないだろうという布陣でのもてなしである。
「店の中にもいたようだが」
「ええ。気の早い方々が」
「フム……」
「まあまあ、いいじゃ無いですか。で、レオナ様」
「様はいいですよ」
「じゃあ、レオナちゃん」
「は……い」
「お薦めは?」
「厳選した紅茶とのセットがお薦めです」
「そう。ではそれをお願いね」
「畏まりました」
ちなみにおはぎの大きさは庶民的スーパーのお惣菜コーナーの隅に置かれるサイズと同等なので、コンビニおにぎりよりもやや重いくらい。なので一人一個を基本としている。
一応おかわりも出来るけどね。
つまり、私に嫌がらせをしようとした方々は……コンビニおにぎりを一ダース以上食べる苦行の始まりというわけだ。そして、そちら側は準備が出来たようで、次々と皿が運ばれていく。うーん……積み上がった様子は壮観だ。
「こ……これ……が?」
「え……と……」
「ご注文いただきましたとおりの紅茶とのセットでございます」
客席から困惑した声が聞こえてきたけど、気にせずに王様たちの分の仕度を進めていく。
あの様子だと大きさがどのくらいとかそういう情報までは流れていなかったのかな?とは言え、頼んだのは彼らな訳であって、私が強制したわけではない。それに「やめておいた方がいいですよ」感は出していたのに空気を読まない彼らが悪い、ということでスルーして王様たちの方へ。
「お待たせいたしました」
「おお!うまそうだ」
「ええ、とっても」
受け取るが早いか早速一個目を頬張ろうとした王様の動きが止まった。毒味とかそういう話かなと思ったら違った。
「どうして」
「え?」
「どうしてレオナちゃんは一緒に食べないんだい?」
「えーと……私、この場合はホスト側と言うか、店の主人側なんですけど」
「固いことは言いっこなしよ」
国王夫妻に同席を求められてしまったけど、おかしいよね?と思ったら背後からタチアナが。
「どうぞ」
差し出される私の分。逃げ場は無くなった。うちのメイドが優秀すぎて辛い。
「うん、ウマい」
「ええ……って、あなた。ちょっと行儀が悪いのでは無くて?」
「なーに、無礼講という奴だ」
これには同行している王子様たちも苦笑い。宰相さんご一行側は顔色が悪い。おかしいな、おいしくなかったのかしら。
「これからはこのおはぎという食べ物が」
「え、ええ」
「ここに来ればいつでも食べられるんだよな?」
「一応お伺いしておきますが……まさか毎日は来ませんよね?」
お忙しい身分でしょうし。
「まさか」
「ほっ」
「日に二度来るぞ」
「王様、それは多過ぎを通り越してます」
週一でも多いくらいだと思う。というかそんなに頻繁に外出なんてしたら、私がレイモンドさんに怒られると思う。理不尽なことに。




