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そんなことをしていたら、ドアの向こう側に緑色の点が移動してきた。マリアンナさんだ。仮面をしておかないと、五体投地されてしまう。ヴィジョンも戻して、と。
「失礼します」
「はい」
「まもなく夕食となりますので」
「わかりま「着替えを」
「は?何て?」
「着替えです」
改めて自分の服を見る。特に汚れてもいないし、シワがひどいというわけでもない。ゴスロリも着せられ始めた当初は何となく気恥ずかしかったが、十日近くも着ていると慣れてくるもので、今では別になんとも。むしろ普段着感覚になってきたが、やっぱり身分の高い方に会う時にはこの格好は失礼なのかな?もしかしてかなり畏まった席になるのか?
では、と慣れた手つきで服を着替えさせられる。そしてふと思い出したことがあるので聞いてみた。
「あの、聞きたいことがあるんですけど」
「私に答えられることであれば何なりと」
「リリィさん……オルステッド家?ってやっぱり貴族なんですよね?」
「あ」
手が止まった。
「お嬢様から聞いていたものとばかり」
「あはは……」
「大変失礼しました」
「いえ」
「あまり時間がございませんので、手短に一般的なことだけを」
「はい」
「オルステッド家はフェルナンド王国の侯爵で、ここはオルステッド侯爵領の領都、オルステッドでございます」
「侯爵様だったんですね」
「当代のオルステッド侯爵、ファーガス様は侯爵家の三代目となります」
意外に歴史が浅い?
「オルステッド家は建国の頃より代々王家に仕えてきた由緒ある家柄ですが、ずっと男爵家でした。陞爵をとことん断り続けたことでも有名で、昔話にも出てくるほどです」
「陞爵を断り続けるって……」
「代々の当主が『いかなる所にあっても王国の危機に馳せ参じるためには領地に縛られてはならない』と断り続けていたと。それでも功績を認められて男爵でありながら領地を持っていましたが」
「陞爵って、そんな理由で断れるんだ……」
「二代前の当主は物静かな方だったとのことで、国王や宰相達が今しか無いと、侯爵にしたのですが」
「ですが?」
「東部にドラゴンが現れた時に、呼ばれもしないのに討伐隊を編成して突撃し、相打ちで戦死したそうです」
「は?」
「最期の言葉は、『末代までの汚点を濯ぐ一助となれば』だったとか」
「男爵から侯爵になるのって、とっても名誉なことですよね?!」
なんかもう、すごい家だなここは。そうか、「侯爵になってからは三代目」なんだね。
ちなみにオルステッド領は王国の北西の端にある。東部に出たドラゴンの討伐に馳せ参じたって、物静かの意味を辞書で引くところからやり直さないとダメでしょ。
ついでだからと、オルステッド家の家族構成を教えてもらった。当代当主はファーガス・オルステッド様、その奥様がエリーゼ様。二人とも先週まで王都での貴族達の会議に出席していて、しばらく滞在してから戻る予定だったのだが、リリィさんの『緊急の用件』という連絡を受けて急遽戻ることになり、まもなく到着するとか。リリィさんは男三人女三人の合計六人兄弟の末っ子で、長男は王都で騎士団団長、次男と三男は結婚していて、三男に至っては家を出ているのだが、呼び戻したので食事の時に会えるという。姉二人は既に他家に嫁いでいて、嫁ぎ先も遠いので今のところは会える予定は無い。ちなみに長男は騎士団団長という立場で、近々爵位を授かり独立する予定なので、この侯爵家を継ぐのは次男だそうだ。
「さて、こんな感じでいかがでしょうか?」
鏡の前に立つ。うん、着ている途中でわかっていたよ。これ、今までに着せられた中で一番高級だって。黒を基調としたゴスロリ。路線変更はしてないんだけど、この生地、光の加減でほんのり緑色に見える。わずかに緑色の糸を織り込んであるらしいんだけど……
「レオナさ、コホン、レオナちゃんの本来の髪の色によく映えるかと」
「……そうですね」
フリル部分の手触り……これ、絹だ。
「あの……こんな高いもの、良いんですか?」
「問題ありません。むしろ、今用意できるのがこの程度だと言うことを恥ずべきと、深く反省しております」
左様でございますか……
そして当たり前のように抱っこされて階下へ。階段を下りたところでマップが切り替わる。大きな部屋が食堂?その隣は何人か動き回っているから厨房かな?と見ていると、思った通り食堂へ。
こういう所のテーブルって、長い長方形をしていて、一方の端にホストである家長が座り、反対側にゲストである私が座ると思っていた。でも、ここのは部屋の形に合わせたちょっとだけ長い長方形で、その長い辺の中央に座らされた。ま、この辺も地球とは違うんだろう。
周りを見るが、マリアンナさんがそばに立っている他、数名のメイド達が隣の厨房近くの壁に立っているだけ。厨房では調理が既に終わっているらしく、あまり大きな物音は聞こえない。マップで確認すると、部屋の中央付近で数名が動いている。盛り付けの真っ最中かな?どんな料理が出るのか、今から楽しみです。
目の前のテーブルを見る。テーブルクロスは木綿かな?でも綺麗に洗われていて、しわ一つ無く整えられている。お皿も、ナイフ・フォークも、使い込まれている感じがするものの、手入れも行き届いていて曇り一つ無い。どちらもこの家の主が、過度な贅沢を好まない一方で、使用人達のレベルがとても高いことを感じさせる。
お、緑の点がドアの前に。リリィさんだ。と思ったらマリアンナさんがドアをスッと開けた……さっきまで横にいましたよね?と言うか、リリィさんが来たって、どうやってわかったのよ?!
ま、聞くだけ無駄でしょう。きっと「メイドですから」と返されるだけだろうから。
そして、続いて二組の男女が。一組は金髪碧眼で肩幅も大きくて凜々しさ溢れる男性と、長い栗色の髪に緑の瞳のおっとりした感じの美女。もう一組はクセのある黒髪黒目の少しゆるい表情でやや細身の男性と、金髪ショートに青い瞳のこれまたお嬢様風の女性。あ、これがリリィさんのお兄さん夫婦か。お兄さん達二人は見た目の印象が真逆なのに、何となく雰囲気が似ているのはさすが兄妹だ。
リリィさんが私の隣に立ち、お兄さん達が両側の席に着くと、さらに一組の男女が入ってきた。
慌てて椅子を降り、気をつけの姿勢になる。
リアル美女と野獣だった。
男性の方は、整えているのにたてがみのようになっている白髪交じりの黒髪に、四角くてゴツい、そして眼光鋭い顔。リリィさんの歳を考えると、それなりの年齢のはずなのに全くそれを感じさせない、着ている立派な服がはち切れそうな肩・胸・腕・脚。地球でボディビルダーとして大会に出たら上位入賞間違い無しと言った感じ。見るだけで人が殺せそうな視線でジロリとこちらを一瞥し、席に着く。
女性の方は、かなりボリュームのある金髪をまとめ上げ、おっとりとした顔立ちの、物静かな雰囲気の美女。女性的な丸みと、引っ込むべきところが引っ込んだ体型はあらゆる女性の憧れでは無かろうか。こちらを見ると、軽く微笑んで席に着く。
もちろん言うまでも無くリリィさんの両親だ。
「お帰りなさいませ、そしてお久しぶりです、お父様、お母様」
「うむ……それが?」
「はい」
リリィさんに抱き上げられる。そうですね、私の背丈ではテーブルにほとんど隠れちゃってますからね。
「その仮面……アザがあるのかしら?その……村で?」
「いえ、これは……その……何と説明すれば良いのやら」
「一つ良いかな」
黒髪兄さんが割って入る。
「何だ?」
「まずはお互い、自己紹介しようよ」
「そうですね……」
リリィさんが椅子に座らせてくれた。




