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「これで今日の分は終わりです」
「ふう」
タチアナが入れてくれたお茶を一口。
「あとはお店か。いよいよ明日はオープンね」
「はい。準備万端です」
「ん。それに関しては全てお任せ」
お店の経営なんてわからないからね。専門家にお任せですよ。
「しかし、初日は国王様が」
「一家総出で来るんだっけ」
「ええ。宰相一家も同行しまして総勢三十名ほど」
「国政が不安になるような顔ぶれね」
「本日中に明日の分の仕事も済ませると意気込んでいるとか」
「無理はしないで欲しいんだけどね」
「まったくです」
「私がお店で応対しないとダメなんですかね……」
「最初のお客様ですから」
「そうね。で、例の……」
「はい。おそらく来ます」
私のことを快く思っていない派閥の貴族の動向はこちらでも探りを入れているんだけど、おそらくやって来る、と。しかも五十名くらいで。
「五十名ですか」
「はい」
「さすがにちょっと多いような」
「それが狙いでしょうから」
「椅子が無いぞ!この店は客に立ったまま食えというのか!って感じ?」
「はい」
さて、対策を考えねば。
店に用意している席は二十ほどで、日付を指定した招待状はそれを意識しているし、今後もうまく調整できるはず。
例外が初日の王様ご一行なんだけど、足りない分の椅子は屋敷にあった椅子を持ち込めば何とか足りる。
だが、さらに追加で五十というのは屋敷の物置をひっくり返しても揃えられる数では無い。
もちろん、王都の家具職人を当たっていけばそのくらいは簡単に揃うが、一回しか使わない椅子を五十とか、いくら何でも無駄が多すぎる。
「レオナ様」
「ん?」
「オルステッド家に頼めばいくらかは用意できるかと。あとはマリガン家とフォーデン家も頼ればどうにか揃うと思われます」
「却下」
どの家も王都に所有している屋敷は大きく、応接用などでたくさんの椅子を持っているだろう。しかし、そこから借りるというのはクレメル家との関係性を見せるという効果はあるが、逆の見方もされる。
「所詮は庶民のぽっと出。自分のケツも持てない成り上がり。そういう評価をされかねないのでは?」
「そうですが、事情が事情です」
「大丈夫。何とかなるから」
そう言ってセインさん他数名を引き連れて物置へ向かう。
「これ、うまく使います」
「これを?」
「ええ」
物置の中のものを引っ張り出すように指示を出すと次はタチアナだ。
「と言うことで、用意して欲しいのだけれど?」
「お任せください」
「ん、任せた」
それぞれ用意するにはまだ時間もかかるので、その間に厨房へ向かうと……戦場だった。
「クラレッグさん、どうですか?」
「レオナ様、ちょうど良かった。こちらを」
「ん」
差し出された皿の上の一個を試食。
「問題なし」
「ありがとうございます。こちらにありますので」
「はい」
小さなさらに小分けされたおはぎを次々アイテムボックスへ収納。念のため百五十人分用意。
明日の開店日、店の厨房でも多少は作るというか、本当の意味での作りたてを王様に提供する予定だけど、その他は事前に作って私が保管しておいたものを提供。そうでもしないと多分回らないから。二日目からはどうにかなる見込みだから初日限定の対応です。
やがてセインさんたちの作業も終わったので、こちらは荷馬車に積み込んで明日持ち込むことにする。ま、どうにかなるでしょう。
クラレッグさんたちには明日のために早めに休むように指示し、私もさっさと寝ることにする。昨日はほぼ徹夜だったので今朝少し寝たけど、やっぱりキチンと寝ておきたい。
一方、マリガン伯爵家に残されたコーディはというと……
「うう……いきなり初日からこれはキツいです」
客間でひたすら復習をしていた。大陸北部語を教えに来た教師……とフェルナンド語の通訳はなかなかのスパルタで、日本の教育水準で言えば中学一年の一学期分くらいを一日に詰め込んできたため、復習しないと絶対無理と判断しての努力だ。
普通なら「やってられるか」と放り投げるのだが、高い給料で雇われているという事ともう一つ、レオナという新しい主の底が知れないと言うのがある。王都に戻ったときに話せません書けませんなどとなったら、物理的に首を切り離し、即座につなげて元通りというのを繰り返すくらいしそうだ。笑顔で。
「それでは……頑張っていきましょう!」
「「「はいっ!」」」
屋敷のことはセインさんを始めとした皆さんにお任せし、クラレッグさんは他のお店担当の人々と共に荷物を持って馬車へ。私はというと……歩きになった。
うん、我が家にはそんなにたくさん馬車は無いのよ……と言うか、私が徒歩で行くのも理由がある。
「さて、タチアナ、よろしくね」
「はい」
ここから店まで歩くルートの大半が、国王様ご一行の馬車の通るルートになるので、一定の間隔を置いてタチアナの目を配置していく。
万が一に備えてマップでも見ておくけれど、ただの点の表示では詳しい情報が得にくいので、防犯カメラの設置というわけだ。
そして歩きながら、もしも……もしもあの連中が何かをやらかそうというならどこだろうかという視点でちょっとした路地とかをチェックしながら歩く。
さすがにおかしな気は起こさないと思うけど、念のため、ね。
店に着くと、既に皆が作業に取りかかっていた。
茶器のチェックをする者、お湯を沸かしている者、掃除をしている者……それぞれが自分の役割をしっかりとこなそうとしつつ、こちらにチラチラと視線を投げてくる。「王様の相手はお願いしますね」という視線を。
私の役割って、それだしね。
さて、そんな感じで準備を進めているとあっという間に王様たちを迎える時刻が迫ってきた。
「時間が経つのって早いですね」
「ええ」
私の何気ないつぶやきに、皆が同意した。
さてと、そろそろ私も本格的に働きましょう。
「コール!」
ふわりと現れる私のヴィジョン。
「お城まで行って」
コクリと頷いてあっという間に城に向けて飛んでいった。一応、念のため……念には念を入れて、私のヴィジョンが王様一行の上で待機し、何かあったらすぐ対応できるように備える。
何事も無いのが一番なのは言うまでも無いが、絶対何かが起きると断言できる。私とヴィジョンが大暴れする事態は一番避けたいけどね。
お城の上空にいるヴィジョンの目を通して、なかなか立派な馬車が数台出発するのが見えた。時間的に、予定より数分早く到着するだろうタイミング。
「国王様ご一行がこちらに向けて出発したようです」
「は、はいっ」
「クラレッグさん、あまり緊張しすぎないで」
「そう言われましても」
「あなたが緊張すると他の皆さんも緊張してしまいます」
「はいっ」
そう言いながらも、奥の厨房へ戻っていく彼は右手と右足が同時に出ている。転ばなきゃ良いけどと見送りながら……マップで面倒なのが近づいていることに気付いた。
「モーリスさん」
「はい」
「面倒臭い客が先に到着しそうです」
「国王様よりも先に到着を?」
「ええ」
実に絶妙な嫌がらせだわ。
しかも、ご丁寧に店で用意していた席数と同じ人数で。
多分彼らの到着は国王様御一行より五分程度早くなる。招待状に時間の制限はしていない。営業時間であればいつでもどうぞとしてあり、既に店は営業時間。
「わざわざ足を運んだ客を通せないというのか?この招待状は偽物か?」
待たせたらそんな難癖をつけてくるのは明白。
だが、彼らを店に入れたら席はいっぱいになり、やや遅れて到着した国王様たちの座る席が無い。となると彼らはこう言うだろう。
「国王様の席すら用意できないとは、この店のレベルがうかがい知れるな」




