14-22
そんな話をする間に屋敷に到着。タチアナとシーナさんが荷物を詰め込んだバッグを手に待っていた。
「さてと……アイテムボックス……小屋を取り出す!」
「うわっ?!」
ドスンと何度も移動に使ってちょっとくたびれかけてきた小屋を出す。そろそろキチンと作った方がいいだろうね。
「どこからコレを……」
「説明はあと。とにかく入って。二人とも、荷物を入れて」
「はい」
テキパキと指示を出して私も小屋に入る。
「明日の昼までには戻ります」
「畏まりました。お気をつけて」
「留守中お願いね」
そう言って私はヴィジョンに指示を出し、すっかり夜のとばりの降りた王都の空へ飛ぶ。急ぐので馬車で王都の外まで、というのは今回は無し。それに、夜なら見えないでしょ。
「うぇわあぁぁっ!」
「ちょっと揺れるから、口開けてると舌を噛むわよ」
「んぐっ」
私たちを乗せた小屋をぶら下げたヴィジョンは、針路を南にとる。目指すはマリガン伯爵邸だ。
「こことは違う世界から魔王が侵攻してくる?」
「そう。それを食い止めるために私は動いているの」
「俄には信じられない話だけど……そうか、王都南のあの戦闘は」
「そう。魔王の軍勢の一端」
「……あれが全戦力ではないと」
一つ勘違いをしているみたいね。
「コーディ。魔王って……おとぎ話に出てくるのを想像してるでしょう?」
「ええ」
「それとはちょっと違うの」
「ん?」
「こことは違う世界にもここと同じようにいくつもの国があるらしいの」
「いくつもの国……ですか」
「そして、それらの国を治めている王のことを魔王と呼ぶらしいのよ……と言うか、魔王って呼んでるのは神様なんだけどね」
「魔王と呼んでいるのは神様……へ?」
コーディが実に間抜けな顔になった。
「も……もしかしてレオナ様!本当に神様の声が聞こえるのですか?!」
「え?ええ……まあ……」
姿はよくわからないけど、土下座もされてます。あと、こっちからクレームまがいのことを言ったこともあります……なんて言ったら、どんな反応になるやら。
と、のんきに話をしているのだけれど、実は小屋が壊れないギリギリの速度で飛んでいるので、ほぼ真横を向いていたりする。
「不思議な感じですね」
「え?」
「この小屋、ほぼ真横を向いているのに床に座っていられるなんて」
物理って不思議ねえ。
「さてと……詳しい話はまた今度するから、まずは……寝てて」
「へ?」
「マリガン伯爵のところに着くのは夜明け頃。多分……着いてすぐに教育が始まるわ」
「はあ……だから寝ていろ、と」
「ええ」
「その……レオナ様は?」
「私が寝るとヴィジョンが完全停止するのよ」
「よ、よくわかりませんが、はい、寝ます」
言ってコーディはゴソゴソと部屋の隅の方で毛布に包まってすぐに寝息を立て始めた。どこでもすぐに寝られるように訓練でも受けているのかしらね。ま、いいわ。
ヴィジョンの飛行速度はとても速い。正確な距離とか時間を計測出来ないので時速何キロというのはわからないんだけど、多分新幹線より速い。だけど、そんな速度で飛ばすと吊している小屋が崩壊してしまうので程々におさえつつ、だけど馬で走るよりはるかに速い速度で飛んでいく。この世界で空を飛ぶというのは移動手段としては大きなアドバンテージになる。途中で迂回を余儀なくされるような山や森、渡れる場所を探さなければならないような川などと言った地形を全て無視して真っ直ぐ進めるという半ばチートじみている上にこの速度。馬車なら何日もかかる距離を数時間で到着というのは、多分マリガン伯爵にとっても想定外、と言うつもりだった。
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
「ど、どうも……コーディ、起きて。着いたわよ」
「うー……あと五分」
到着を予想していたかのように使用人が一人中庭で待機しており、コーディを逆さ吊りにしたヴィジョンと共に屋敷の中へ入る。逆さに釣っているのに起きないとはなかなかの根性ね。
「ほいっと」
「んがっ!っててて……へ?ふぁっ?!ひっ!えっと?あれ?」
「落ち着け」
「はっ!」
ペチッと小突いて正気に戻させると静かに……
「え?ここ……ふぁああああ!マ……マリガン伯爵!こ、心の準備がまだっ!……もがっ!」
ならなかったので、ヴィジョンで羽交い締めにしておいた。
「いやはや、賑やかな方ですね」
「初めて会ったときにはもう少し落ち着いた感じだったんですが、これが素みたいですね」
「いやいやいや!目が覚めたら既に到着している上に、伯爵夫妻が目の前にいるとか、そういう時点でもがっ!」
「はい、黙って」
目的地を伝えておいたんだから、ちゃんと現状を理解して落ち着いて欲しい。
「それにしても、私が到着するのをまるでわかっていたかのような……あ、リリィさんから連絡でもあったり?」
「いや」
「私のカンです。レオナちゃんが近くに来る!ってビビッときたんです」
そんなフェデリカさんに私としてはドン引きなんですが。
「と、とりあえず……お話ししていた件についてですが」
「大丈夫。こちらも……というかラガレット側のフットワークが軽くてね。もう既にあちらは出発済み。日の出の頃には教師を務める者がこちらに着くことになっているんだ」
「それはまた、根回しのよろしいことで」
「うん。あの王子、あれでなかなかの切れ者みたいだよ?」
「私にはちっともそういうふうに見えないんですが」
「はははっ」
「好きな子の前では空回りしちゃうタイプかしら」
やめてください、空恐ろしい。
「それはそれとして。二週間ほどで出発する予定なのですが、大丈夫なんでしょうか?」
「ラガレットから来る教師が言うには、日常会話くらいはなんとかなる、と」
「わかりました。では二週間後に迎えに「いや、それには及ばない」
「ん?」
「五日ほど、ここで基本を叩き込んだ後、すぐに王都へ向かわせる。その道中でみっちりと、と言う予定だよ」
どうやら私の往復の手間を省くと言うことらしい。
「わかりました。お願いします」
「ええ、お任せ下さい」
「じゃ、コーディ。頑張ってね」
「えーと……」
「ちなみに身についていなかった場合、給料は三ヶ月間無しになるから」
「頑張ります」
少しばかり、荷物を持っていって欲しいというのを預かると中庭へ出て、ヴィジョンに抱えられて空へ。あまり寒すぎない程度まで上昇すると全速力で王都へ向けて飛ぶ。この速度なら一時間程かな。
「お帰りなさいませ」
「ん、ただいま」
日が昇り、人々が動き始める頃に屋敷へ到着。少しだけ仮眠をとると通常業務に入る。まあ、出された書類の内容をセインさんが解説してくれるのを聞いてサインするだけの仕事だけど。




