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それ、幾ら位なんだろう。聞かないけど。さて、だいぶ心が揺れているようなので後一押し。
「あー、一応追加で伝えておくけど、ここに住み込みになるから」
「え?」
「ん?何か問題が?」
「いえ。そうすると家賃とか、食費とか……」
「はい、セインさん説明」
「使用人への福利厚生となっておりまして、給料から差し引くようなことは御座いません」
「やります!ここで働きます!」
即断即決。好ましい反応だわ。
「セインさん、書類手続きを」
「こちらを確認いただき、サインを。こことここ……それからこちらの紙を……」
セインさんの差し出した数枚の紙へ次々とサインしていくコーディ。いいのかな……よく確認せずにサインしたりなんかして。
「さてと、それではこれで契約は無事に締結されました。シーナ」
「はい」
「コーディを部屋に案内して。あと、屋敷内の案内も……手短にね」
「わかりました。コーディさん、こちらです」
彼女の思ってた以上に話の展開が早いのか、戸惑い気味にこちらを見てくるコーディに、
「さすがに中の間取りは知らないでしょ?主だったところだけでいいから覚えてもらわないと……さ、行って」
とシーナさんに着いていくように促すと「はいっ」と、嬉しそうについていった。子犬かな。
「さて、レオナ様」
「ええ。そちらはどんな感じで?」
「先ほど連絡がありました。一時間ほどで話が落ち着きそうだと言うことでした」
「わかりました。ではその頃に伺うとしましょう」
「はい。ではその間に、こちらの資料を。まず、これが……」
「いきなり城に連れてこられるとか聞いてないんですけど」
「言ってないからね」
「確信犯?!」
「違うわよ。ついうっかり伝えるのを忘れただけ」
シーナさんが手早く三十分ほどで屋敷内の案内を済ませてから、
「では行きますよ」
「え?どこへ?」
「いいからほら、さっさと乗って!」
と、馬車に押し込めて城まで到着。後はそのまま会議室まで連行。色々と言ってきたけどサインし立てほやほやの契約書を一枚見せながら言う。
「ああ、一応言っておきますけど、逃げたら大変なことになるからね」
「う……」
契約書には、「主人が必要と認めた場合、どこにでも同行する」と書かれている。もちろん城とて例外ではない。
「参考までに、私から逃げようと思ったら呼吸を一つする間に百キロ以上彼方まで逃げるくらいしないと、すぐに連れ戻します」
「はひ……」
とりあえず注意事項だけ告げて会議室に入ると国王、宰相と二人の王子に顔色の悪いゴードル王子がいた。ゴードル王子が縄でグルグル巻きなのはご愛敬。
「レオナ様、ちょうどよいところへ」
王様……私には敬語は不要ですよと言いたいが、やめておく。
「ちょうどよいとは?」
「そろそろゴードル殿下の拘束を解いていただけませんか?」
「え?ああ、すみません。固く結びすぎましたね」
下手な気を起こさないように縛っておいたんだけど、私がギュッと縛ると言うことは誰にもほどけないと言うことで。しかも結構きつく縛ろうとして魔法で縄を強化したせいで切ることも出来なくなってしまっていたとは。
「そうか、殿下の顔色が悪いのはそのせいですか。すみません、そそっかしくて」
クイッと引っ張って縄を引きちぎると、殿下は「ふう」と大きく息をつき、縄の跡のついた両手をさする。
「やれやれ、あと少し遅れていたら死ぬところだったかも知れんな。来てくれてありがとう。コレもきっと愛「ところで、こちらからの提案についてはどうなりましたか?」
「その件ですが、このようにまとまりました」
走り書きで申し訳ありませんがと宰相さんがスイッと私の前にメモを置く。
「ふむ……わかりました。内容はこれで大丈夫です」
「いつからにしましょうか?」
「できるだけ早く。二週間後にはロアに向かう予定なので」
「そうおっしゃると思いまして、既に手配をかけております」
「と言うことは?」
「この後すぐ向かわれても問題ありません」
「ではすぐにでも向かいます。コーディ、そういうことだから」
「あの……全然話について行けないんだけど?」
「はい、コレ」
宰相さんのメモの一部を指で指し示す。
「えーと……レオナが……コホン、レオナ様がロアに向かうに当たり、細々としたサポート役としてコーディを同行させる。同行させるにあたり、ロア周辺で使われている北部語の会話と読み書きの特訓のため、ラガレットより人をマリガン伯邸へ派遣し、訓練を行う……え?なんですか、コレ」
「ん?読んでわからない?」
読解力が低いのかしら?読んだままの内容なんだけど。
「色々ありすぎて説明していなかったけど、二週間後、私は北の山脈の向こう側にある、迷宮都市ロアへ向かいます。向かう理由はまた説明するけど、その時にコーディにも同行してもらいます。同行してもらう理由は二つ。私は戦闘面を担当するのでその他の生活面全般のサポートと現地の人たちとの仲介、つまり通訳をしてもらいます」
「ロアというのは初耳ですが……え?北の山脈を越える……って、過去にあの山脈を越えた人っていないはずですけど」
「うん。だからコーディと私が人類初。やったね!」
「ちっとも嬉しくないような……で、生活全般のサポートって言うのは……」
「私、元は開拓村の孤児だって言ったっけ?まあ、そんなわけなので日常生活全般はいいんだけど、街での買い物とか未経験もいいところだからその辺のフォロー。んで、ロアは北部語って言葉を使うらしいから通訳もお願い」
「ご存じだと思いますがと言うか、だいたいの人がそうなんですけど、私はフェルナンド王国から一歩も出たことが無くて、他の国の言葉は……」
「だからラガレットに無理を言って……ああ、ラガレットってのは、つい最近南部の山脈を切り拓いて国交を始めた国ね。そこにお願いして、北部語のわかる方を派遣してもらって、コーディに教えてもらう、という」
「えーと」
「拒否権はないわよ?」
ペラ、と先ほどコーディと取り交わした労使契約書を見せる。
雇い主である私の命令は基本的に絶対で、逆らうイコール解雇と書かれている。もちろん、私からの命令が、コーディの生命を危機に陥れるようなものだったり、犯罪行為だったりした場合はその限りではない。
「ロアは別に犯罪者の集まった都市ではなくて、ダンジョンを中心に栄えた街だから、スラム街にでも行かない限り危険は無いわ。ついでに言うと、私と一緒にダンジョンに入ってもらうけど、私が全面的に守るからコーディは安全。んで、街での買い物とか、私の使用人として受けられない仕事ではないというか、使用人の普通の仕事の範疇よね?」
「ええ」
「そのために北部語の習得が必要になるけど、その学習のための手配も済んでいる。何も問題は無いわ」
「確かに……」
「ね?」
すると、カタリとコーディが立ち上がり、キチンとした礼をする。
「かしこまりました。このコーディ、誠心誠意務めさせていただきます」
「良し。じゃ、早速行きましょう!」
「え?」
「善は急げよ。では王様、皆様、失礼します」
「ええ、お気をつけて」
ゴードル王子が何かわめいているけれど、彼の連れてきていた通訳――ソフィーさんを連れてくる理由、無いのでは?――は、会話を即時訳すのが苦手な、文字盤表示タイプのヴィジョンなので私には一切伝わらず、というか私がその文字盤を見ないので伝わらないんだけどね。
そのまますぐに馬車に飛び乗って屋敷まで。
「セインさん、ソフィーさん……だいぶお疲れみたいなので」
「かしこまりました。マリガン伯には連絡を入れておきます。今夜は当家でゆっくりしていただきましょう」
「お願いね」




