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「それに、教会が光る現象はナザレヌの街で始まったとも聞いております」
ナザレヌ……私が開拓村から連れて行かれた街か。
「あちらは農業、豊穣の女神。こちらは商業、繁盛の女神。一体何がどうなっているのかというやりとりもありまして」
うん……信仰対象としては別々だけど、そもそも同じ神様だよね。と言うことを指摘したいけど、それはそれでまた面倒なことになりそうだ。
ん?待てよ?
「えーと、確認なのですが」
「はい」
「光らなくなった……つまり、女神様に見放されたのでは、と言うことが一番大きな問題と言うことなのでしょうか?」
「そうです」
「あの光と共にもたらされた神託の内容については?」
「恥ずかしながらと言いますか、特に気にしている者はいないと言いますか……」
「なるほど」
つまり、どんな神託があったかではなく、女神様が何らかの形で顕現されたと言うことが大事と言うこと。
そして、連続して教会を光り輝かせていたのに突然それが途切れたこと。
よし、解決の糸口が見えた……多分。
教会に勤める神官たちは毎日、色々な儀式などを通じて神へ祈りを捧げる。もちろん、あらかじめ決められた儀式だけでなく、日々、それぞれが思い思いのタイミングで祈りを捧げても何ら問題は無い。
祈る内容は様々だ。それこそ「○○さんの奥さんがもうすぐ臨月。元気な赤ちゃんが生まれますように」でもいいし、「騎士団がまた遠征に出かける。皆さんが無事に帰ってきますように」でもいい。もちろんシンプルに「明日も良い一日でありますように」と締めくくっても良い。
もっと言えば、偶然何かの用事で近くを通りがかり、これまた偶然居合わせた親子連れの幼子にせがまれて「では一緒にお祈りしましょうね」と「この子が元気に育ちますように」と祈るのなんて、むしろ推奨されるくらいだ。
と言うことで、この場にいる全員に「こうしましょう。と言うか、代案があるなら今すぐ示せ」と無茶ぶりをしてやった。
夕日の差し込む礼拝堂は、数人のグループが談笑していたり、小さな子供をあやしながら鐘の音がなるのを待っている母親がいるなどしていて、いつも通りだった。
そしてそこに一人の女性神官が入ってきて、祈りを捧げ始めたが、特に誰も気にすることはない。いつものこと。特段珍しいことでもない。
せいぜい、小さな子が「おねーしゃんもおいのり?」と舌っ足らずに駆け寄り、その隣に並んでちょこんと座り、微笑ましい視線が集まる程度だ。
だが、この日ここにいた人たちは少しだけ奇跡を目撃することとなった。
神官が祈りを捧げて数秒、突然神官の体が光り輝き、あふれ出した光の粒子が礼拝堂全体に広がる。
そして、壁や柱の彫像が光り始める。
「わあ……」
「すごい」
「なにこれ」
居合わせた人々が驚きの声を上げる中、神官が祈りを捧げる真正面の女神像の前にぼんやりと何かが浮かび上がった。
「めがみしゃま?」
「え?」
「あ、本当だ!」
「女神様だ!」
淡い光に包まれていてぼんやりとしか見えないが、なるほど彫像の女神とそっくりだ。
「ふう……コーディでしたか、顔を上げて」
礼拝堂全体から聞こえてくるようなその声にピクリと神官が体を震わせ、ゆっくりと顔を上げる。
「二つ、伝えておきます。良く聞いてください」
「は……はい」
「一つ、私は世界中を見ていますので、今後ここを訪れることはないと思いますが、決してあなたたちを見捨てたりはしません」
「はい」
「それともう一つ。コーディ、私の見いだした者と共に世界を巡りなさい。世界を救うために」
「へ?」
「世界のために。それではごきげんよう。皆様に幸多きことを」
「え?あの?ちょっと?」
当の神官が「何それ聞いてない」というような反応をしているが、お構いなしといったふうでそのまますうっと消え、礼拝堂内の輝きも消えた。
「わあっ!」
「すごい!」
「すごかったねえ!」
居合わせた者たちから歓声が上がる中、「とりあえず祈りを捧げてくれれば、それっぽくして解決させるから」としか聞かされていないコーディは頭を抱えた。
「見いだした者って……レオナ・クレメルのこと?一緒に世界を巡り、世界を救え……って、どういうこと?」
そんな話は聞いてないとどこかに隠れているレオナを探そうと周囲を見回すが、周囲の者たちは既に「聖女だ、聖女様だ!」と大騒ぎになっていた。
「どうしました?何かあったのですか?」
礼拝堂がそこそこの騒ぎになれば、何事かと他の神官たちがやってくる。ハルト司教なんかも。
「女神様です!」
「は?」
「女神様のお姿がそこに!」
「はあ……」
彫像を見上げる神官に人々が突っ込みを入れる。
「いえ、違います!そこに女神様のお姿が現れたのです」
「な、何だって?!」
「そちらの聖女様が祈りを捧げたと同時に!」
「神々しかったな」
「ああ。礼拝堂の中も光り輝いて」
「うんうん」
「コーディ、本当なのか?」
「えっと……あの……」
「聖女様!聖女様!」
「万歳!聖女様、万歳!」
何がどう万歳なのかわからないけど、万歳をしている。うん、予想通りというか、予想以上の仕上がりだね。
頑張って光魔法をコントロールして私の姿をおぼろげに投影しつつ、礼拝堂の中も光らせる。そしてあちこちから幻覚魔法の腹話術で声を届ける。内容は至ってシンプル、忙しいので今後はここに来られないということと、コーディをクレメル家に差し出せ、という二点。
コーディに正式な礼法に従って祈りを捧げるように指示し、タイミングを合わせてやればこの通り。なぜか聖女になってるけど、問題は無いとしておく。女神様が「ではあなたはこれから聖女ね」という事を言ったわけではない。周りが勝手に持ち上げているだけで、私は一切関知しません。
さて、これで教会の件は片付いたと思う。しばらくは色々な噂が飛び交うだろうけど、「光る=すごい」ではないと言うことと、今後光らなくても見捨てたわけではないと言うことさえ周知できればいいのだから。
「さて、改めてコーディ、クレメル家にようこそ」
「なんか、すっごい白々しいんですけど」
「え?」
「あれ、あなたが話していたんでしょう?!」
「何のことでしょう?」
ぐぬぬ、とこちらを睨み付けてくるけど、こう返しておこう。
「では教会に残りますか?」
「当然よ!」
「聖女としてチヤホヤされ「あ……」
フフフ、気付いたみたいね。
「と言うことでコーディ、あなたには三つの選択肢があります」
「三つ?」
「一つ目、教会に残って聖女として暮らす。二つ目、私の部下として働く。三つ目、クレメル家に侵入した罪人として処罰される」
「ざ……罪人」
「あ、四つ目がありました」
コーディの目がきゅぴーんと光る。
「四つ目、クレメル家に侵入した罪人として逃亡生活」
「逃がすつもり、ないでしょ?!」
「あるわよ?」
「へ?」
「半年くらいは自由に泳がせて、次に見かけた瞬間に捕らえて、それなりの刑に処すけど」
「ぐ……」
「そうそう、一つ目の教会に残るってのも面倒よ?」
「罪人という扱いは残るから?」
「そう。教会があなたをどこまで守れるかしら?」
「怖い!意外にこの子怖い!」
「それと、私の部下になる場合について」
「一応聞いておくわ」
「基本的に私のフォローとして一緒について回ることになります。給料についてはセインさんに一任ですが……」
「最低でひと月このくらいを」
セインさんがスッと紙を差し出すとコーディの目の色が変わる。
「こ、こんなに?!」
「貴族家の使用人の賃金としては一般的な相場となります」




