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「とりあえず今更謝られても手遅れなんですけど」
「はい……その……理解しております」
「私が知りたいのは、どうしてそんなことを?です」
「ええと……」
「どうしても話せないと言うことであれば、この話をそのまま国王へ報告するだけです。その結果がどうなるかは……まあ、あまり想像したくないのですけど」
「しょ、正直に申し上げます!」
「出来るだけ簡潔にね」
「簡潔に……その……ひ」
「ひ?」
「光らないかな、と」
「え?」
「その……クレメル家の屋敷の礼拝室は光っているのかな、と」
事前情報通りか。
「それは一体どういう意味かしら?」
「はい」
ハルト司教の説明はとてもシンプルだった。
私が教会を訪れたときに光ったのは、まあまあ知られている。貴族も結構集まっていたりしたし、光っているところは教会の外からも見えていたから平民にも知られていて、アレは何だという問い合わせが来ていたらしい。そして答えちゃったのだ。
「神の奇跡です」
だけどその後、一度も光っていない。するとこうなるのだ。
「まさか神がお怒りなのでは?」
そして、私の屋敷に礼拝室を造ったと聞きつけ、そこが光っているなら、私に相談を持ちかけて……と言う、実に何だかな、と言う話だった。「光ってますか?」と聞けばすむ話なのにね。
「光らないのはそんなにマズいのでしょうか?」
「いえ、光らないこと自体は特に。今までなかったことですし」
そりゃそうだ。
「光らないことではなく、光らなくなったことの方がマズいのです」
この国の、というか――ラガレットからの情報も併せて考えると――この世界の宗教というのは一部の例外を除けば比較的穏やかだ。
教義の大半が、「家族仲良く」とか「働かざる者食うべからず」とかで、他者を傷つけたりすることを推奨するような文言はない。地球の一部の宗教が「異教徒は殺して良い」みたいな過激な解釈がされて、それが元で戦争が起こったりしていたのに比べるとはるかに平和だ。
宗教の違いは、「農業が中心の地域で良く信仰されている」「商人に信仰されている」「酪農畜産で信仰されている」と言った具合の違い程度で、商人の信仰を集めている教会に農民が行ったところで追い出されることはない。飾られている絵や彫刻、あるいは奉納されている物が鍬や鎌ではなく、重さを量る秤だったりする程度の違いで、同じ女神のとある一面を表したものという、実にご都合主義な教義でもある。
なんて言うか、冠婚葬祭をそれっぽく執り行うのがメインという、日本の宗教観に近いと言えばわかりやすいだろうか。
そんなわけで、日頃から熱心に教会を訪れるという人はいないのだが、それでも「新しい商売を始める」だとか、「子供が無事に生まれますように」といったような祈りを捧げるために教会を訪れる人はいる。そして、そうした人々を中心に、彫刻やら装飾やらが光り輝き、なんか神託(?)がもたらされたらしい、と噂が広まった。
具体的に何かがあったというわけではなくても、それなら御利益に預かりたいと少しだが教会を訪れ祈りを捧げる人が増えた。
ここまでは良かった。
教会としても訪れる人が増えるのはありがたい。お布施的な意味で。俗っぽい話だけどね。
だけど、ひと月経ち、ふた月経って……光っていない。
となると、逆の噂が立つ。
「神様に見放されたのでは?」
実際には私が祈った場合に起こる現象で、熱心な信仰に対してのご褒美的なものでもないし、光らなくなったのは見放したわけでもない。だが、それをいちいち説明して回るには、時既に遅し。色々なところに「光った、すごい」という話が広まってしまっていて、「光らなくなった。ヤバイ?」がその後を追うように広がっていて、一人一人捕まえて「実は」という話が出来る段階をとっくに通り過ぎている。
が、そんなことくらいで、私の屋敷にコーディを忍び込ませるだろうか?
「本当のところを正直に言ってください」
「それが……その……」
「話はここだけに留めますので」
「実は……」
差し出してきたのは一枚の紙。
光り輝く教会へ!女神様の降臨された由緒正しい教会で祈りを捧げよう!
観光ツアーのパンフレット的なアレだった。
「何やってんのよ」
「その……何かと我々も懐事情が厳しくて」
よくあるファンタジーものでは宗教と国家は強く結びついているのだけれど、少なくともこのフェルナンド王国では宗教は宗教、国は国、という政教分離の出来た国である。
もちろん、王族を始めとした貴族たちは宗教を否定するどころか冠婚葬祭を女神教と切り離したりはしていない。王族の葬儀は教会主導の国葬レベルで執り行うし、王族の結婚となるとそのひと月前くらいから教会は猫の手を借りたい所か猫の手を増やしてでも使いたいほどに忙しくなるほどだ。
だが、教会の運営資金は国から出ておらず、基本的にはお布施がベース。王族や貴族が個人的に寄付をしているケースはあるけどあくまでも個人として。そして……教会はそれらの収入から色々と計算した後に税を納めている。この国は宗教法人からも税金を取る国でした、というのはまあ良いとして、とにかくそんな感じで司教だからといって王様にアレコレ要望を出して聞いてもらえるなんて事はない。
わかりやすい例だと、教会の建物がどこか壊れたときの修繕費は教会自身が自分たちの運営資金から捻出し、自分たちで工事業者を探して修繕する。もちろんこのときに街の領主がその話を聞きつけて「そういうことなら少しばかり寄付をしよう」とか「教会の修繕に関わりたい者を集めている」とお触れを出したりすることはあるかも知れないけど、法的に強制されてはいない。
つまり、教会としては運営資金をどうやって集めるかと四苦八苦しているところに色々光ったのだ。これで客寄せしない手は無い。のだが、その後が続かなかったとなると、ネガティブな方に思考が向いてしまうのも致し方ないのかな。
「それで、私の屋敷の礼拝室が光っていたらどうするつもりだったのかしら?」
「その……ご」
「ご?」
「ご協力をいただいて……ツアーを組ませてもらおうかと」
「ウチは観光地じゃないわよ!」
厳かとかそう言う概念はどこに行ったのかしら。
ライルズさんたちが調べた以上にしょーも無い事態になってたとは。
「それで、その……」
「何でしょうか?」
「単刀直入にお伺いします。礼拝室は「知りたいのはそこなの?!」
言えない。めっちゃ光ってるどころか、礼拝室が一人用で狭いせいなのか、今もほんのり光ってるなんて、絶対言えない。
あ、でも待てよ?
観光地として解放するとしたら、当然それなりに色々と必要になる。お土産屋さんとか。よし、平民向けの店は屋敷の中に作ってお土産物屋に……って、できるかっ!
「はあ……とりあえず……どうすれば良いのかしら?」
「大変申し上げにくいのですが」
「言うだけ言ってみて、聞くだけなら聞くから」
「定期的にこちらに来ていただくとか、出来ませんか?」
そうなるよねえ。
「出来ると思います?」
「……」
そもそもの話として、私が教会で働いているのなら業務の一環だろうけど、元はどこぞの村に住む孤児、出世して今は領地の運営とか色々ある貴族。
もちろん、領地の運営なんて部下に任せて悠々自適、というのは貴族のあるべき姿だけど、私の場合、色々と新商品開発が動き出し始めているので、忙しいと言えば忙しい。まあ、教会へ時々やって来て祈りを捧げるくらいはやっても良いけど、私がやるとそのたびに神様のところへ赴くことになってしまって、遅かれ早かれ言われると思うんだよ。
「ちょっと来る間隔が短すぎ」
神様的には頻繁に私が行くのはちょっと……だろう。




