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だが、こうなってくると、私の訪問は大きな問題になる。
今まで私が訪れたダンジョンはことごとく消失している。多分、ここも同じ運命をたどるだろう。中にいるハンターを外へ逃がしておくと言うためにも「ダンジョンが消えます」という説明は必要だが、そうなるとダンジョンへ入るのを止められる可能性が高い。
ある程度予想はしていたことだけど、今回は結構面倒なことになりそうだ。
「レオナ様、今連絡が入りまして、こちらの方の準備が整ったと」
「わかりました」
「いつでも良いと言う返答でしたが、いかが致しましょうか」
先に連絡を入れていた方へ先に行くべきか……うーん。
「ん?どこかへ行くのかい?」
「ええ。先程もお伝えしたとおり、忙しい身ですので」
「そうか。私も同行していいかい?」
「ダメよ」
そっちは私の個人的な――クレメル家のことだから個人的と言えば個人的だが、結構大ごとになっていると言えばなっている――用件だし、隣国の王族には聞かせられない内容も多いだろうし。
「わかったよ。おとなしく納屋で待つことにする」
「レオナ様」
「ん?」
「失礼ながら、仮にも隣国の王子です。やはり納屋は問題があるかと」
「お、おお!そうだよな!さすがだ!」
私のセインさんを勝手に褒めて盛り上がらないで欲しい。
「そうね。あの納屋、庭仕事の道具とか入ってるんだっけ?」
「はい。ですので、大きなハサミなどが落ちてきたら、と」
王子が「当然だ」と言わんばかりに頷いている。
「そうね。寝ている王子の上に落ちたりしたら、ハサミが台無しだわ」
「え?」
「事故とは言え、血まみれになったハサミなんてちょっと使いたくないわよね」
「ちょ、ちょっと?」
「買い換えるとそれなりに高額ですので」
「そうよね。お金に余裕がないって訳じゃないけど、無駄な出費は避けたいし」
「えーと?あの?」
「と言うことで、客間を一室、手配で」
「かしこまりました」
「何か、話の流れがおかしくない?」
どこかおかしいかしら?
ハテ、と首を捻っていたら追加の連絡が入った。
「レオナ様、こちらもいつでも良いと」
「了解……んー、そうだ。こうしましょう」
「ねえ、おかしくない?一応私は客のハズなんだけど?」
「そうですね」
「それを追い出すというのかな?」
「国賓ですので、まずは国王陛下へと」
クルリと向きを変えてヒールをかけながら告げる。
「ソフィーさん、もうちょっとだけ頑張って下さい」
「はい」
「バッカルさん、こちらが私からの手紙です。よろしくお願いしますね」
「はい」
ウチの紋章の入った馬車に二人+それぞれの使用人たちを乗せて城へ向かわせた。国賓は国賓らしく、しっかりもてなしてもらえる場所へ向かってもらおう。念のため私からの書状を認めておいたので問題ないだろう。
バッカルさんというのはセインさんのお孫さんで、セインさんの指導の下、私の執事となるべく修行している二十代半ばの方。セインさんはあれでもう七十が見えてくる年齢。何をどうしたところで十年も経たず引退するだろうからと、その後任を早くも育てているところで、早速単独でのお仕事。いきなり王城へ向かうとかハードル高すぎませんかね?
「さて、次は……面倒な感じですが」
「こちらへどうぞ」
セインさんに促されて馬車に乗ると、それに続いてライルズさんと、手足を拘束されたコーディを乗せる。
「では出発」
ガラガラと走る馬車の中で……コーディが無駄な努力を繰り返していた。
「クソ……どうして」
「はあ……何度言えばわかるのかしら?」
「こんなことがあってたまるか!」
「あるわよ、私の周りでは」
糸を出して脱出しようとするたびに私がそれを掴んで引きちぎる、掴んで引きちぎる……を繰り返している。
「目隠しすれば良いのかしらね?」
「そうですな。では」
「くっ!」
完全に視界を奪えば、ヴィジョンを顕現させることも動かすことも出来ない。タチアナの目のように、それ自体が視力を持っているわけでは無いコーディの糸は目隠ししてしまうとまともに動かすことが出来ないので目隠しがとても有効だ。
「さて、着いたわ。行くわよ」
「待て!目隠ししたままでは歩けん!」
「面倒臭いわね、行くわよ」
「ひ、引っ張るな!転んだらどうする!」
「細かいことをいちいち気にしないでよ。私の家に侵入するくらいの諜報員でしょ?こんな程度で転ぶなんて」
「だが!」
ああ……面倒臭い。
「コール……悪いけど、コレ、運んで」
ヴィジョンがコクリと頷いて担ぎ上げたけど、なんかイヤそうだ。
「下ろせ!下ろせ!」
「殴れば静かになるかしら?」
「レオナ様がやると永久に静かになりそうですよ」
「ひっ!」
「それはちょっと困るわね……と言うことで、出来れば自分から静かにしてもらえると助かるんだけど」
コクコクとうなずいたので良し、と。
「さ、行きましょ」
「はい。こちらです」
セインさんの先導で教会の奥の方へ進んでいく。奥と言っても立ち入り禁止ではない、ごく普通の廊下だ。だが、用も無いのにこんな礼拝堂の横のドアを抜けた先に行く人はそうそういない。そして、そんな場所だからよく目立つ。
「も、申し訳ありません!出迎えもせずに!」
「いいのよ。先触れもなしに来たのはこっちだし」
真っ青な顔で向こうから走ってきた人を労いながらさらに奥へ進む。
「こんにちは!」
挨拶は大事ですと宣言しながら、その部屋へ入っていった。
「ええと……その……つまり、ですな……えっと」
私の向かいに座っているのは司教のハルトさん。フェルナンド王国は宗教を軸に成り立った国ではないので、王都にある教会と言っても総本山みたいな扱いではなく、あくまでも王都に建てられた教会という位置づけ。さらに言うと、総本山的なものも国内にはないので、どこの教会が偉いとかそういう以前に、誰が一番偉い、というのも特に決まっていないんだそうな。つまり、王都の教会で一番偉いのはこのハルト司教なんだけど、他の街の教会の司教とどちらが上かというのは特に決められていない。
年齢的に年上の者を敬うとか、若い頃に世話になったとかいう個人的な事情によって敬語を使ったりするケースはあるとしても、「王都の教会の司教が一番偉い」とかそう言うのはないそうだ。
と言うことで、コーディが私の屋敷に侵入したのは王都の教会以外に関わった者はいないと見て良いらしい。私としては王都の中で全て解決してくれてありがたいけどね。「○○の教会の××が企んだものでして……」とかいちいち出向くの面倒くさいし。
さて、さっさと話を終わらせよう。
私のそばに立っていたヴィジョンがボフッと無造作にコーディを床に投げる。
「もう一度お伺いします。このコーディは、この教会の関係者ですよね?」
「ええと……」
「ですよね?」
「はい」
「私は事実関係を知りたいだけなので、素直にお答えくださいね」
「……はい」
「では、このコーディに私の屋敷に忍び込むように指示したのは誰ですか?」
「そ、それは……その」
「少し質問を変えますね。コーディを私の屋敷に侵入させることをあなたは知っていましたか?」
この質問にビクリと反応した。
「知っていましたね?」
「……」
「知っていましたね?」
「……はい」
ハルト司教が唐突にガバッと立ち上がり、土下座した。
「大変申し訳ありませんでした!」
ゴメンですむなら衛兵は要りません。




