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「挨拶の隙も返答の余地も与えない、見事な対応です」
「どうも」
セインさん、本来は称賛しちゃダメなところでは?ま、いいけど。
「ふう……さてソフィーさん、大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫……です。うえっぷ」
「ヒール」
「ど、どうも」
隣国の王族と同席というプレッシャーに加え、かなり飛ばしてきた馬車の揺れによる乗り物酔いでヘロヘロになっていたので治しておくけど、これ、根本解決になるわけじゃないのよね。
「んで、何の用?」
「ひ……久しぶりに会った婚約者にこれはひどいんじゃないかな?」
「いつ誰が誰と婚約したのよ?」
ゴードル王子が、意外に早く復活して私に苦言を呈する。私の攻撃は敵対する者には圧倒的な威力を発揮する一方、私が敵だと認定していても実際には敵ではない、この王子のようなのを相手にすると今ひとつになってしまうのが欠点ね。
「そもそもソフィーさん、お仕事は大丈夫なのですか?」
「えっと……はい、大丈「本当は?」
「……」
フルフルと首を振る。そりゃそうでしょ。開通したばかりの国境を越える道。いろいろと開拓中の検問所。なりたて貴族であるソフィーさんへの教育。私が色々動いた結果であることは自覚しているし、ソフィーさんには随分荷が重いと思うけど、じっくり時間をかけて丁寧に、という方針でマリガン伯爵家が全面的にバックアップしてどうにか、というところをこの王子は何勝手なことしてくれてんのよ。
「ここに来た用件は?ふざけた内容だったら容赦しないわよ」
「レオナ様……さっきから容赦してない気がします」
「手加減するかどうかって意味ですよ、ソフィーさん」
「アレで一応王族なので、それなりに配慮した方がいいかなって」
「ふふ……アレ呼ばわりしている時点でソフィーさんもこちら側ですよ?」
「うぐ」
よし、お仲間が出来た。
「用件はシンプルだよ。愛しい君に愛をささやきに」
「そのまま帰れ。今すぐ帰れ」
「ひどいなあ」
はあ……全くもう。
見ると、王子の執事さんが後ろから来たもう一台の馬車から箱を降ろしてきた。
「我が主が粗相をして申し訳ありません。実はこちらをお届けに」
「ん?」
受け取った箱をパカと開けてみる。
「ルブロイからナトロアの実が届いたのね」
「はい」
「急いで届けようと思って」
「急ぐ必要ないし」
「え?」
「これ、日持ちするからね。届くのにあとひと月くらいかかっても平気な物よ」
「そ、それでもほら、楽しみにしているだろうし」
「それはまあ……届くのを待っていたけど」
「だろう?だから急いできたんだ」
「はあ……ダメだこりゃ」
「え?」
うんざりしながらここまで走ってきた馬たちの元へ向かう。相当急がせたのだろう、息が荒く、全身から湯気が上がっている。
「可哀想に。あんな馬鹿のためにこんなに酷使されて……ヒール」
ここまで随分飛ばしてきたのだろう。疲労もすごいが、あちこちぶつけたのか引っかけたのか、傷も多い。何度か馬車移動をした経験で言わせてもらうと、これはやり過ぎ。馬を使い潰すだけの使い方だ。
オルステッド家の人たちに限らず、国内の貴族たちが急ぐときに、馬に無理をさせることはあるが、必ず馬を乗り換えるようにして負担を減らすようにしている。なのに、この馬たちはラガレットからずっとここまで酷使されてきている。
私の治癒魔法は表面的には傷を癒し、疲労を回復させるけど、何度も酷使されたら多分治せない深刻な事態になる。ぶるるん、とうれしそうに私に顔をすり寄せてくる馬たちを軽くなでてからさらに王子に告げておく。
「馬たちのこともそうですが、私に対しても随分失礼ですよ」
「え?」
「私に愛をささやくとか言うなら」
「言うなら?」
「ソフィーさん抜きでご自分自身だけでどうぞ」
「……」
ソフィーさんの通訳ヴィジョン越しとか、馬鹿なのかしら?
「そ、それに関してはっ……くっ」
「言い訳無用ね」
ナトロアの実を厨房の保管庫に入れておくように指示を出して、次はソフィーさんだ。
「ここまで来てしまったのを追い返すのも可哀想ですし、ソフィーさんに頼むべき話もあるのでこちらへ」
「あ、はい」
「俺、俺は?」
「ソフィーさんのための客間はありますし、お付きの方々もどうぞ。そこの自分の言動の是非もわからない男はウチの敷居をまたがせません」
「そう言うことですので、あちらの納屋をどうぞ」
セインさん、ナイス。
「とは言え、レオナ様」
「はい?」
「例の話は、この男がいた方が話が早いのではと推察します」
「そうなのよね……はあ、仕方ないから入っていいわ」
「おお!ありがとう!」
そもそもの問題として、隣国から王族が訪問してきているのに、王族でも何でもない私の所に来る時点で色々おかしい。訪問先が国境付近の領主のところならまだしも、ここは王都。少し行けば王族の住まう城だというのに。とりあえずそれはそれとして応接へ通すことにした。
「と言うことで、次に魔王が侵攻してくるのはここらしいわ……ってのを伝えておいたのを聞きつけてやって来たのよね?」
「そう。そしてここは……迷宮都市ロア。本当にここなのか?」
「残念ながら我が国はそちら方面にどんな国が、どんな街が、どんなダンジョンがあるかわからないの。もしかしたら、その迷宮都市とやらのダンジョンではないのかも知れないけどね」
神様情報ではほぼ確定なんだけど、誤差の範囲内に他のダンジョンがあるかも知れないし。
「で、迷宮都市って有名なの?」
「そうだな。南北反対側の我が国でもその情報を把握している程度には有名だ」
「ふーん」
「まず、ロア……迷宮都市という方が通りがいいのだが、正式にはラビロロア・シナジーという、まあ都市国家だな」
「都市国家……そのロアって街だけで国って事よね?」
「そうだ。一応、近くの村もロアの一部という扱いになっているところはあるが、基本的には街だけで国だな」
「へえ」
つまり、ダンジョンから出る物だけである程度経済が成立してしまうと言うことね。
「それから」
「待って」
「ん?何だ?」
「その説明、長い?」
「出来るだけ手短にしたいが、そこそこ長いな」
延々それを聞かされるのかと思ったら、そばにいた王子の執事さんがすっと出てきた。
「こちらをどうぞ」
「ん?おお~」
ロアについてまとめた資料か。
「これ、ここに来るまでの間に?」
「はい。ソフィー様の協力を頂きながら用意致しました」
「ソフィーさん!」
「は、はいっ?!」
「ありがとう!とっても助かるわ!」
後でおいしい物を差し上げますと告げて、資料を広げる。
「あの、私からの説明……は?」
「多分要らない」
「え?」
「私も忙しいの。パパッと確認してさっさと次にいきたいのよ」
「えーと……私とゆったり話をしながらとか」
「面倒ね」
「じっくりと愛を育んだりとか」
「却下。さっきも言ったでしょ」
懲りない男ね。
「ふむふむ……なるほどね。だいたいわかったわ」
「さすがです」
「いえいえ。よくまとまっていましたので。最低限のことはわかりましたので、詳しくはまた読ませてもらいます」
神様から聞いていたダンジョン規模に関する情報はほぼ正解。正確に言うと、八十層以上は誰も行ったことが無いから不明。ベテランハンターたちの間では「こりゃ百層くらいいってるだろ」というのがもっぱらの噂、と言う程度。
街に関しては、ダンジョン探索にやってくるハンターとそれを当て込んだ商人で賑わう街。面白いのは街を治める王様の決め方。基本的に「強い奴が王になる」というシステムで、何らかの形でダンジョンの最奥に到達したことを証明して見せた者が王になる。んで、今の王様は十年ほど前に八十層まで到達したハンターとその仲間たち。王様が複数いるのってどうなのよとも思うが、ずっと昔からそういうものらしいので特に困っていないんだって。基本的に王様がすることって、街を護ること。税を集めたり、犯罪者を取り締まったりといった、いかにも為政者ですみたいな事は、近隣の国で優秀だけど三男だから家を継げません、みたいな事情のある貴族が派遣されてきていて実務を担っているのだそうな。この世界にしては、というか地球でもなかなか見ないタイプの国だと思う。




