14-16
「ういんどかったー」
棒読みと共に発動した風魔法がスパスパとコーディのヴィジョンを切断。落下開始と同時に
「ういんど」
軽く風の魔法を起こしてふわりと着地する。
「脱出成功よ」
「な、何だ今のは?!」
「何って、魔法だけど?」
「あんな魔法があるか!」
「え?」
おかしい、私のは魔法ではない何かなのだろうか?
「わ、私のヴィジョンが魔法ごときで切られてたまるか!」
「ごときって何よ、ごときって」
「ごときはごときだ!たかが魔法で」
「その、たかが魔法ごとき、で楽々切れましたけど?」
「貴様っ!」
あ、ぶち切れた。そう思った瞬間、新しい糸が伸びてきて私をがんじがらめにしようとするが、
「うぃんどかったー」
「おかしいぞ!切れるはずないのに!」
地団駄踏み始めてしまってまともに話が出来そうにないのでライルズさんの元へコソコソと。
「これ、どういうことなんですか?」
「どうやらあの糸は私の剣のように、ある程度切ることに特化した力でないと切れない程度の強度があるようでして」
「ウィンドカッター程度の魔法で切れるはずがないのに、ということですか」
「はい」
そう言われてもなあ。
どうしたものかと思ったらまた糸が伸びてきた。
「なら、こうしましょ」
「な、何っ?!」
また魔法で切るといよいよ面倒くさくなりそうだったので、クルクルと手を回して近づいてきた糸を絡め取って束ね、両手で引っ張る。
「これならいいのかな?えい」
ぶちっ
「畜生!!」
「ラ、ライルズさん、さらにぶち切れてますっ」
糸も、本人も。
「レオナ様、それは当然かと」
ですよねー。と言うことで追加で煽っておこう。
「フフン」
「な、何よ?」
「私、世界最強だから」
「くっそ!この小娘がっ!」
「さらに怒った?!」
「レオナ様、そりゃ怒りますよ」
「あ、やっぱり?」
「はあ……」
「わかっててやってんのか!」
火に油を注ぎ続けた形になってしまったので、とりあえず逃げることにして地下牢を出る。
「ま、所詮は日の当たるところを歩けない種類の人間だから、どうでもいいと言えばどうでもいいんだけど」
「レオナ様」
「ん?」
「あの女に関しては少々面倒です」
「え?」
これ以上に面倒な事ってあるの?
「他の男どもはそれぞれ裏がとれていて、指図した貴族家の名前までわかっています」
「へえ、ああ言うのって、犯罪者組織みたいのがあって、そこに貴族がこっそり依頼して、本当の依頼人はわからないとかそういうものだと思ってたけど」
「確かにそうですが、これでも元は騎士団所属です。色々と伝手はあるんですよ」
ライルズさん以下、護衛騎士の皆さんは全員が元騎士団で、隊長とか副隊長といった役職ではないけれど、隊の運営上のやりやすさから、限定的に運用される小隊の長を務めていたくらいには優秀な人が多い。
だから言うまでもなく、レイモンドさんと一悶着あったんだけどね。
「怪我が治ったんなら辞職は取り消しだろうが!」
「既に受理されていますので」
こんなやりとりをしている上に、レイモンドさんも諦めが悪いので、三日とあけずに我が家にやって来ては「復職しないか」という話をしている。
そもそも騎士団をやめる原因を作ったのが異界の魔王。「怪我が治ればやめなくてもいいんじゃね?」という状況を作った上に「護衛騎士さん募集します」とやったのが私。そして、妥協点を探ろうにも「我々が生涯身命を賭してお仕えするのはレオナ様です」という以外の返答が出てこない。
騎士団の人手不足解消には年単位で時間がかかるのは間違いなく、しばらくはレイモンドさんに迷惑をかけてしまうんだろうな……と言うくらいに、皆さん優秀。
で、侵入者たちの組織を洗い、どこの誰が依頼をしたかまで調査済み。現在は証拠固めをしているそうだが、私としては他の貴族が何をどうしようと、どうでもいいやと思ってる。私の周囲の人に害がないならね。
「まあ、いくつか潰しておいた方が良い組織がありますので、レイモンド団長には情報を提供してあります」
「なら、任せても大丈夫ね」
「ええ。ただ、情報提供の礼として、復職の書類をいただきました。その場で破り捨てましたが」
「せめて、「考えさせてください」って持ち帰ってね」
「体が勝手に動きまして」
ダメだ、この人たち。
「まあいいわ。で、あのコーディだっけ?」
「はい。あの女はそういった組織の人間ではありません」
「フリーランスとか?」
「それならまだ良いです。彼女の所属は教会です」
「は?」
「教会のいわゆる暗部という奴ですね」
「質問」
「どうぞ」
「教会の暗部って……どゆこと?」
「教会というのも一筋縄ではいかないと言うことです」
あまり大っぴらに出来る話ではないと前置きしてライルズさんが教えてくれたのはとてもシンプルだった。
フェルナンド王国は――多分他の国もそうだろう――女神を主神として信仰する、女神教が主流。一応、女神の配下という神が七柱いて、それを信仰する宗教もあるそうだが、基本的な信仰のあり方というのはほぼ同じ。と言うか、神様って一柱しかいないという事実は……まあいいか。
だけど、世の中そんなに簡単ではない。女神以外のいわゆる邪神を崇める集団というのは常に一定数いて、何かと問題を起こす。規模が大きくなると騎士団が派遣されるほどの騒ぎになることもあるが、そうなることは稀。なぜかというと、教会の暗部なる者が密かにそうした連中を始末しているから。
「そ、そう……なんだ」
「ええ。彼女はそうした暗部の一員で、上層部に近いものから指示を受けていたようです」
「教会の上層部に近い……って、上層部ではない?」
「ええ。ただ、その程度なのかはまだはっきりとはわかりません。ただ小さな祭事を取り仕切る程度の地位にはいるようです」
「なんでそんな人が私の家に侵入者を送り込んでんのよ」
「まだ確証はない情報ですが」
「ですが?」
「教会が光らない一方で、この屋敷の礼拝室は光っているのではないかと」
「そこなの?!」
危うく膝から崩れ落ちるところだった。
「はあ……そんな下らないことで。でも、教会にとっては大事なことなのかしら」
時々教会に行って光らせた方がいいのかしらね。要相談だわ。誰に相談すればいいのか見当もつかないけど。
とりあえず侵入者はもうしばらくこのままで、と言う話をしながら歩いていたら、タチアナの目が飛んできた。そして、すぐに向こうから息を切らせて走ってくるタチアナとシーナさん。
「こ、こちらにいらしたのですか」
「ええ……」
「急な話ですが、来客が」
「は?」
思わずライルズさんを見上げてしまうが、首を振って否定する。今日は誰かの来客予定はないと。来客なら害はないかなと思いながらも、二人の様子は尋常ではないので、マップで確認。ちょうど門を入ってきたところらしく、正体が確認できた。
「すぐに応接へお通ししておきま「玄関で出迎えるわ」
「わかりました」
シーナさんとしてはキチンと応対すべきという判断なのかも知れないし、一般論もそうなのかも知れないけど、これはダメ、絶対。
ライルズさんに二つ指示を出してから玄関ホールへ急ぐと、数名の使用人と護衛騎士が既に待機しており、扉の外にはセインさんもいる。出迎え体制万全のところ、私の到着に気付いたセインさんが扉を開け、私が出たところに馬車が滑り込んできた。
そして御者がドアを開き、お付きの人に続いて男性が一人降りてきたところに私がズンズンと進んでいく。
「何しに来たのよ!」
右ストレートで吹っ飛んだ彼、ラガレットのゴードル王子は二回転くらいしてから地面をずしゃーっと数メートル滑っていった。




