14-15
「いない……あ、いた」
天井スレスレのあたりに檻をつかんで水平に体を支え……って、すごい筋力だ。
「すごい。ここをこう掴んで、こう……うわっぷ」
「レオナ様?!」
檻を両手で掴んで水平に、とやろうとしたけど当然無理で、ペチッと落ちた。護衛騎士のライルズさんが慌てるけど、すみません、馬鹿なことばっかりしてて。
「大丈夫、へーきだから」
「驚かさないで下さい」
「あはは……」
「変わり者ね、アンタって」
「立場的にアンタ呼ばわりされる立場じゃないつもりなんですけど?」
「お貴族様だから「アンタ様」って呼んだ方がいいのかしら?」
「屁理屈を……はあ。ま、いいわ。何やってたの?」
「何って、こんなところに閉じ込められてたら体が鈍るでしょう?オマケにあんな物まで食べさせるとか。私を太らせてどうするつもりなの?」
太らせて食べるとかの流れ?食べるつもりはないけどなあ。
「とりあえず二度とこんな仕事が出来ないようにしてやろうかと思ってるけど」
「男共はもう色々諦めたみたいで、ぐーたらしてるけど、私はゴメンよ。隙を見て逃げ出すつもり」
「そう?」
「どうせつかまった時点でこの仕事を続けられる道はないけどね。このナイスバディを捨てるつもりは無いの」
「自分でナイスバディとか言うんだ」
死語じゃないんだね。
「妙ちきりんなファッションセンスのストレート体型には想像もつかないでしょうけど、こういうのがモテるのよ」
「ぐぬぬ……」
妙ちきりんなファッションセンスって、この仮面よね……この仮面の事よね?わかってる。わかってるけど、これを外すとまともな日常生活が送りづらいのよ。
「この仮面は色々あんのよ。あとストレート言うな。成長途中と言え」
「年齢的にはもう手遅れじゃない?」
「よし決めた、殺す」
「ちょっ、レオナ様?!まだ尋問が」
「ライルズさん、これは許しがたい事なのです」
「それは……」
なぜ口ごもる?!
「フフ……もう手遅れよ?」
「え?」
突然、私の体が持ち上がった。
「レオナ様、それがそいつのヴィジョンです」
「へ?」
「糸のコーディ、ここでお別れになると思うけどお見知りおきを」
いつの間にか私の全身に糸が巻き付いていて、上に持ち上げられていた。よく見るとあの女の体にも巻き付いている。これで体を持ち上げていたのか。あ、ちょっとだけ腕の力も使ってる。そうか、ああやってカロリーを消費しているのね。
「へえ……これがあなたのヴィジョンね……」
「さて、そこの騎士様。あなたの主が私に絞め殺される前に、私をこの檻から出しなさい」
「くっ」
「おっと、剣は抜かないでね」
護衛騎士隊長ライルズさんのヴィジョンは剣。魔剣と言うほどの切れ味ではないけれど、このコーディとか言う人のヴィジョンを切れるのだろう。だけど、糸は私の全身あちこちに巻き付いている。何本か切ったとしても、何の影響もないどころか、即座に私を締め上げて殺すという脅しなんだろう。
前世でもこういう糸使いというのはアニメとかによく登場していたけれど、糸で締めながら締めたところを引き裂くというかそういうイメージがあったんだけど、そういう切れ味のようなものがある糸ではなく締めるだけの糸、らしい。
「さ、早く檻を開け「ライルズさん」
「は、はいっ!」
「あなたの仕える主人はこの程度でどうかなると思ってます?」
「そう言えばそうでした。申し訳ない、突然のことで取り乱しました」
私の言葉で落ち着きを取り戻したライルズさんと部下の騎士さんたち。私が強いことを知っていても、とっさの時には思わず普段通りになってしまうが、それは仕方ないこと。むしろ普通の女の子っぽく扱われるのはちょっと嬉しいし。
「ハッ、何を言っているのやら」
「ん?」
「あなたのヴィジョンは強いのでしょうけど、あなた自身はどうかしら?」
「え?」
「あっ」
ライルズさんが何かに気付いた?
「あなたのヴィジョン、ほぼ人間サイズだったわよね?」
「そうね」
私より背が高いみたいだけど……うっ、頭が!
「なら、こうして締め上げていたら……ヴィジョンを呼び出せないでしょう?」
「しまった!」
え?ライルズさん?
チラと視線を送ると、あちゃーと言う表情。もしかして?
「えーと……この状態だとヴィジョンは呼び出せない……?」
「あら、知らなかったの?」
「私をこうして縛り上げる趣味の人に会ったのは初めてなので」
「そう、付き合う人間は選んだ方がいいわよ?」
いきなり人を縛り上げる人とは付き合いたくないんですが。
「さあ、どうする?このままだとアンタらのご主人は窒息死よ」
「くっ……」
なるほど、普通はこうして何らかの拘束を受けてしまうとヴィジョン、それも人間サイズ以上の生物タイプのヴィジョンは呼び出せないのか。
知らなかった。
と言うか……呼び出せそうな感覚があるんだけどなあ……ま、いいや。それを示す必要性は感じない。
「困ったわー、ヴィジョンが呼び出せないんじゃこの糸を切れないわー」
「何よ、その棒読みは」
「え?困ってるってのをアピールしてるんですけど?」
迫真の演技だったと思うんだけどなー、演技だけど。
「さっさと鍵を開けな!」
「プッ」
「な、何がおかしい!」
「潜入工作とかする人が鍵も開けられないとか」
「道具を全部取り上げたのはお前らだろうが!」
「道具がないと鍵も開けられないとか」
「出来てたまるか!」
「え?この糸を使って開けられないの?」
「くっ……」
いいね。いい感じに本性が出始めてる。
「レオナ様」
「ん?」
「こういう道具タイプのヴィジョンは……自分で視認出来ない位置では操作出来ません」
「なるほど。一つ勉強になったわ」
つまり、鍵穴が見えない位置にいると糸を鍵穴に入れることもできない。ついでに言うなら鍵穴の中が見えないから糸で鍵を開けると言うこともできない。便利なようで不便なのね。
「さて、そろそろいいかな」
「え?何が?」
「こういう宙吊りって、ちょっと新鮮かなと思ったけど、思ったより楽しくないし。やっぱりこういうの、私の趣味に合わないわ」
「そうだとしても!私がこれを解除すると思ってるの?」
こういう、忍び込んでコソコソというのだけでなく、一般的な犯罪者をどうやって取り締まっているのかというのは、結構大きな疑問だった。この世界の人間は、ヴィジョンが使えるようになると成人と見なされ、一人の例外もなく誰もがヴィジョンを持つ。そして、ヴィジョンによってはこのように相手を拘束するなんて能力を有していたりするわけで、およそ地球では考えられないようなタイプの犯罪が可能だ。
それこそ、このコーディという女のヴィジョンなら、窓の隙間なりなんなりから糸を入れて、対象を絞め殺すなんてのも容易いはず。そしてこの能力があれば、ちゃちな牢では脱出を図ることが出来てしまう。ここの地下牢はエルンスさんがこだわった牢なので脱出出来ないみたいだけど。
では、犯罪にも使えるようなヴィジョン持ちにどう対処しているのかというと……実に大雑把。
犯罪は基本的に現行犯逮捕。そして拘束が難しいタイプのヴィジョンだと判断したら、その場で首チョンパ。騎士や衛兵にはそうしたことが可能な実力があるか、そう言う厄介なヴィジョンに対応できる者が必ずいる。と言うか、攻撃能力、殺傷能力の高いヴィジョン持ちは可及的速やかに騎士にしてしまい、正義を貫くことを徹底するように教育をするそうだ。
なるほど確かに正しいと思う。それは前世で私が子供の頃、両親から教わった一つの真理。
「忙しく働いている奴は、つまらない犯罪なんてしない」
要するに、ヒマでやることがないと悪いことをするのであって、悪いことをしようと考えるヒマのない人生を送るように仕向ければ、それなりに真っ当な人生を送ると言うこと。騎士団に放り込めば、否応なく朝から晩まで訓練と任務の日々で、たまの休みはひたすら寝るだけ、だそうな。そして、厄介なヴィジョン持ちだとバレなかった者は、こういう小悪党になる。
さて、考察はこのくらいにして、ケリをつけますか。




