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そう思って、そばにいたシーナさんに頼んで保管庫から色々持ってきてもらうことにして、目の前に並んだ余ったアンコの前に。
つぶあん派、こしあん派という大まかな派閥だけでなく、つぶあんでもどの程度粒を残すかとか、柔らかさとか、アンコに関しては多種多様の上、みんな違ってみんないい、というのが日本人。
そしてその使い道もおはぎでとどまるわけがない。それどころか、おはぎ以外の使い道の方が多いかも知れないのだ。
それを示すべく、シーナさんが持ってきた固めのパンを薄く切り、さらにひとくちサイズに切り分ける。本来は切り分ける必要はないけど、味見用に。
そして、コンロの上に並べる。この世界でもパンをトーストして食べる習慣はあるのだけど、トースターなる物は無く、こうして火にかけるのが一般的。
ここまでは、私が何をやっているのか、誰もがわかっている。だが、最終形が見えないので、ちょっと戸惑い気味だ。
「レオナ様、一体何を?」
「ふふ、出来上がってのお楽しみです」
意味ありげに微笑みながら両面をカリッと焼き上げて皿に移し、バターを塗る。
この世界にもバターはあるが、脂分が非常に少ないので、バター炒めのように使うことはほとんど無く、調味料のように使うか、こうしてパンに塗るかというくらいしか使い道がない。実際、こうやって塗っていてもなかなか伸びない。
だけど、結構塩気が強いので今からやることには相性がいいはずと信じ、その上にアンコをのせる。
「「「え?」」」
一同が驚く中、一切れを試食。
うん、思った通り。
甘いとしょっぱいの絶妙なハーモニーとほのかなバターの香りにトーストしたパンのサクサク+染みこんでじゅわーが絶妙だね。喫茶店モーニング発祥の地の人々はすごいと思う。
そしてじっくり味わったところで二切れ手に取り、並んでいるタチアナとシーナさんの開けている口に入れてやる。タチアナはともかくシーナさん、あなただけはこうならないで欲しかったのに、私は悲しいわ。
そんな私の心の声など聞こえるはずもなく、二人揃ってモグモグしながらうれしそうな声で「んー!」などと言いながら……ぺたんと座り込んでしまった。
そんなに?と戸惑いながら残りの一切れを皿にのせてクラレッグさんへ差し出す。
「これは……」
恐る恐る手を伸ばして食べ……こちらも腰砕けになった。
「アンコは……奥が深いのよ」
まさに沼よ、と心の中で付け加えながら、その場を去る。彼なら何とかなるだろう。
タチアナとシーナさん?嫁のもらい手が見つかるのが遅れそう……かな。
それから数日、クラレッグさんは神妙な面持ちでレシピの整理に取り組み、お店の内装工事が終わるとそちらへ。真剣に取り組む姿勢は今までと変わらない一方で、何かに取り憑かれたような表情が気になる。と言うか、日に日にやつれていってるんですけど?
「どうも夜遅くまで色々と試作しているようです」
「うーん……体を壊さなきゃいいなと思うんですけどねえ」
「あれは、かなりの衝撃だったようでして」
セインさんがそれとなく「さっさと寝ろ」とやってくれているんだけど、なかなか難しいようなので、そろそろ雇い主の強権発動せざるを得ない、というくらいにヤバい。
だけどねえ……やつれているのは体型だけで、目は生き生きと輝いているんですよ、これが。
無理にでも休ませようかという話をしていたらドアノックの音。クラレッグさんだった。
「これを……お願いします」
差し出された皿の上にあったのは……アンコの上に乗った木イチゴ。
「これは?」
「他の皆とも協力して色々な組み合わせを試した結果の一つです」
「なるほど」
皿を受け取ってスプーンですくって……
「うん、いい感じじゃない」
「ほ、本当ですか?」
「アンコの甘さをやや強くしてあるから、木イチゴの酸っぱさが合わさるといい感じのバランスね」
「ええ。もう少し木イチゴが甘くても良いと思いましたが、このくらいがちょうどいいと思いまして」
惜しむらくは求肥がないこと。これって、イチゴ大福の中身だし。
「クラレッグさん」
「はい!」
「煽った私が言うのも何ですけど、程々にして下さいね」
「……はい」
「お店を軌道に乗せるまではそちらに専念を。ある程度手を離れたら新メニュー開拓を。その頃には私もある程度手が空くでしょうから、色々アドバイスも出来るでしょうし」
手、空きますよね、神様?
「しかし……」
「体を壊したら元も子もありません」
「はい」
「確かに今は人手が足りないから色々不安でしょうけど、徐々に増やしていこうとも思ってますし、時間はたっぷりあります。それに」
「それに?」
「私、クラレッグさんの発想に期待してるんです。それなのに、勝手に暴走して倒れて私の期待を裏切るのでしょうか?」
「大変申し訳ありませんでした!」
私は貴族のアレコレも社会の仕組みもよくわからない。この世界に転生して十年だけど、その大半を開拓村で生きるのに必死だったから。だから、この屋敷の人たちには比較的自由にさせている。お金に困る生活ではないし、いい人ばかりが集まっているから。
だけど、だからこそブラック企業顔負けの勤務とかはやめさせないとね。と言うことでちょっとキツい言い方になってしまったけど、そこはまあ……可愛い私の笑顔で誤魔化した。
そんなこんなでお店の開店まであと二日ほど。だいたいの準備は整ってきた頃に、ライルズさんから地下牢に捕らえた侵入者の件で報告があった。
「効果は出始めたと言うことですね」
「はい」
「ならもう少し様子を」
「ただ一人を除いて、です」
「ん?」
とりあえず地下牢の様子を見に行くことにした。
クラレッグさんたちがお店で試作するようになってからは、帰りに護衛の騎士たちの馬車に試作品を詰め込んで持ち帰り、それを地下牢に繋いだ襲撃者の食事にしている。最初はおっかなびっくりだった彼らも今ではすっかり慣れてモリモリ食っているらしい。お代わりもする勢いで。いいことだ。
「ふーん」
「まあ、だいたい予想通りというか」
「そうね」
ロクに体を動かせない狭い牢の中で明らかに多すぎるカロリーを摂取させ続けたらどうなるかという結果がそこにはあった。まだ十日程度と短い期間だったけど、ふっくらとしている。元々が潜入するのに都合がいいとか、素早い動きのためにとかでかなり痩せ型だったせいもあり、ちょっと人相が変わったんじゃないかと言うくらいにふくよかになりつつある。
「このまましばらく続ければ、使い物にならなくなるのは間違いありません」
「作戦成功、と」
このままあとひと月もこれを続ければ、彼らはぽっちゃり体型になって、こういう仕事は出来なくなるだろうというのが狙いだったんだけど、どうやら順調らしい。
「で、レオナ様、こちらです」
ライルズさんが案内したのは一番奥、一人だけいた女性を入れている檻だ。




