14-12
「それと、これは公式な話ではないのですが」
「ん?」
「王家から、「からあげとか言う料理はいつ頃店で出すようになるのか」と」
「うわあ……」
人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもの。どこかからポロッと漏れてしまったのだろう。
「その発言だと……どのくらいを想定するのでしょうか?」
「店の経営などをしていない貴族であれば、ある程度のらりくらりとかわせますが、そうで無い場合は引っ張って数ヶ月ですな」
「と言うことは……お店が開いてからひと月くらいしか猶予がないかんじ?」
「ですな」
「ダート豆からの生産という形で乗り切るのはマズいのよね」
「ええ。市場からダート豆が消えかねません」
そんなことにはならないと思うんだけどなあ。
「仕方ない……セインさん」
「はい」
「ダンカード領には本当なら明日から馬車で出発ですが、一日延ばして空を飛んでいきます。エルンスさんにもそう伝えてください」
「と言うことは明日は?」
「開拓村へ向かいます。私がスパッと木を切り倒しちゃえば早いでしょう?」
「そうですな」
本来なら私が手を出すのはマズい。特定の誰かがいないと回らないという社会は歪になるが、ある程度は許容すべきという意見もあり、私もそれは賛成する。だけど、領主が森を切り拓くのに直接手を下すのは色々マズい。
色々意見はあるだろうけど、一応領主としての仕事があるし、魔王の侵攻に対応するために留守にすることも多いから、領主ありきという体制は問題がある。
だけど、スタートダッシュのために私が、というのは……有りと言うことにさせてもらうかな。
翌日、全員を一度に集められるのが食堂くらいしかないのでそこに集まってもらった。
通常、貴族の屋敷には護衛がいて、常時目を光らせていなければならないが、今日は特別。護衛の方々も全員集まってもらった。一応彼らは交替勤務だけど、その交替するタイミングにも合わせているので、現在この屋敷は無防備な状態。
何とかして私を出し抜こうとかそう言うことを考えている連中が送り込んだ者が、「これは罠か?しかし、またとない好機」と侵入しているが、全部マップで捉えている私がヴィジョンを向かわせているので問題ない。あ、今四人目を捕まえた。
「さて、大事な話です」
全員が姿勢を正して並んでいる前に立ってこんな話を始めると、何だか悪の組織の首領みたいだ。
「まず一つ目。店の開店日が決まりました」
一応、「多分この日」というのは決めていたけど、正式に固まったので改めて周知。
モーリスさんと、クラレッグさん以下お店のスタッフさんたちも、ちょっと表情が固くなる。いよいよ、と言うわけだからね。
「それと、開店当日ですが」
私が読み上げた貴族の名前に、それぞれが複雑な表情だ。
オルステッド家とは違う派閥の貴族の名前ばかりということはクレメル家のことも快く思っていない相手。厄介な連中が初日に来ると思うのがお店のスタッフたち。一方、護衛の騎士たちの中には実家がそれら貴族と繋がりがある者もいて、それはそれで複雑だろう。彼らは貴族のしがらみとは無関係に、私に恩を感じて私に尽くすと決めているので、実家から勘当されている者だっている。
顔を合わせづらいだろう。何言われるかわかったものではないし。
「それと、これはとても大事な話ですが」
一呼吸おいて告げる。
「開店当日、王様も……その……来ることに」
モーリスさんが倒れ、すぐ隣に立っていた騎士さんが慌てて支えた。
えーと、クラレッグさん以下、お店の方々も一気に顔が青ざめた。
「あの、レオナ様」
「はい」
「そうなると、当日の警備はどのようにしましょうか」
私のお店は貴族街にあると言え、最低限の警備はしなければならない。と言うことで、屋敷の警備担当から二、三名が交替で担当することにしていたのだけれど、王様が来るとなると話は別。
何しろ、王様だけでなく王妃様に王女、王子一家、ついでに宰相一家とかも芋づるでやってくる。
当然、近衛騎士がついてくるが、それだけで店の警備が足りるとは言えない、というのが彼の言。
「当日は私が店に出ます。王様たちの相手も私が」
奇妙なことに、ここにいる中で一番王様と会って言葉を交わしているのは私なのです。それに、私が店のオーナーなのですから挨拶の一つもするのが礼儀でしょう。
「店の警備も私がチェックしますので、大丈夫です」
「わかりました。ただ、念のため二名、増員するようにします」
少なくともこの国で私よりも強い人はいない。私がいる、と言うこと自体が最大の警備になるだろう。
とりあえずその場は解散。色々あるだろうけど、セインさんにとりまとめてもらうことにした。私だって、王様が店に来るときに何に気をつければいいかなんてわかんないし。
「あ、毒味役とか出した方がいいのかしら?」
「でしたら私が」
タチアナ、つまみ食いのことを毒味とは言いませんよ?
とりあえずその辺もセインさんにお任せしつつ、裏庭へ。
「六人かあ」
ほんの十分ほどだったというのに六人も侵入を試みて、私のヴィジョンに捕らえられて積み上げられていた。むさ苦しいオッサンの山積みとか誰も得しない絵面ね、と思ったら、結構若い人もいるし、女性も一人混じっていた。
「これ、どうするのです?」
さすがにここでいきなり斬り捨てることはないだろうけど、念のためにライルズさんに確認。
「本来なら衛兵に突き出すのですが……」
「あれ?衛兵隊って騎士団の下部組織では?」
「ええ、ですのでトップはレイモンド様になりますが……」
「が?」
「衛兵隊の隊長はオルステッド侯爵家に何かと突っかかってくる貴族家の息のかかった貴族家の者でして」
「突き出しても雑に取り調べ。「偶然通りかかっただけ」とかいう屁理屈で釈放ね?」
「ご明察です」
ライルズさんによると、私の家の場合、侵入してきた賊は勝手に処分してもいいことになっているとのこと。
「と言うことで、ここで斬り捨てることも可能ですが」
「……そのあとがちょっと面倒なのね?」
「はい」
それなりに塀の高さがあり、木も植えられているので外から見えることはない。だからここでスパッとやってもいいのだけれど、問題はそのあと。死体を庭に埋めるとかイヤすぎるし、かといってどこかに運び出すとしてもこの人数は結構な重労働になる。
「それに、こいつらを処分したとしても、雇い主は痛くも痒くもないはずです」
「そうなの?」
「ええ。見たところ、三流をようやく抜け出しそうかという程度の者たち。うまく行けばラッキー、失敗しても知らぬ存ぜぬを貫き通して尻尾切り、その程度の人材です」
「ふーん」
ちなみに全員の反応がない理由は簡単。手足の骨をポッキリやっちゃってしまい、激痛で気絶しているから。ある程度の痛みに耐える訓練はしているのだろうけど、両手足の骨を一気に折られるところまでは訓練……出来るわけ無いでしょう。
なんで、そんな乱暴なことになったのかというと、これはもう単純な話。私のヴィジョン、手加減が下手だった。今まで魔物相手ばっかりだったから気にしなかったけど、人間相手だとこんなことになるとはねえ。
これでも一応「殺さないように」と指示してコントロールしていたんだけど……ま、いいか。どうせ悪人だ。
「質問、コイツらを「誰に指示された」って問い詰めたら、吐くと思う?」
「吐くでしょうが、恐らく彼らの属する組織というか、集団の中堅どころの名前が出てくる程度でしょうね」
「それをいちいちつついて回るのは面倒ってことね」
「そうなります」
放流したら、きっとまた帰ってくるだろうねえ……魚か、コイツらは。かといって殺すと死体の後片付けが面倒。
「どうしたらいいと思います?」
「こちらに良いものが」




