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そして、良いタイミングかしらね。
ここぞとばかりに腕を組んでウンウンと頷きながら語り始めたところへスイと向かう。時間感覚操作十倍で移動するからはた目には瞬間移動に見えるかもね。
「ま、せいぜい頑張って「こちらをどうぞ、アルトゥール・バイン伯爵」
「へ?」
音もなく近寄った私からスッと渡された封筒を実に間抜けな表情のまま伯爵は受け取る。
「日付は書いておりませんので、いつでもどうぞご自由に。リュディガー・トムゼン伯爵もどうぞ」
セインさんに渡された封筒をホイホイと渡して回る。完全に不意を突いた動きだったせいもあってか、普通ならばケチをつけて突っ返しそうなのが大人しく全員が受け取った。
「レオナ様が直接手渡すことに意味がございます」
「はあ」
「この宛先の者達は、全員がオルステッド侯爵とほぼ同年代。レオナ様ですと孫娘のような感じですな」
まあ、私は年齢よりも幼く見えますからね……生活が一変して栄養状態がよくなり、それなりに肉付きがよくなってきてるけど、背が伸びないのよ。あと……まあ、色々と。成長期、逃しちゃったかな。
「にっこり笑って手渡してついでに手の一つでも握ってやれば、簡単に落ちますよ」
「セインさん、それ落ちるの意味が違いません?」
「確かに。それに、相手は全員、そっちの方面では真面目な者達です。色仕掛けの類いは通用しませんが……父性というか、祖父性とでも言えば良いのでしょうか?孫娘には甘いおじいちゃんの性質がにじみ出てしまうかと」
何だかひどい作戦だけど……やってみますかと、やってみた結果がこれですよ。
チョロすぎでしょう。
根は善人、と言うことなんだと受け取っておきます。
「さて、他に何かございますか?」
やや圧を上げて問いかけるが返事は無し。そしてそのまま王様の方を見ると、頷いている。終わったみたいね。
「では、私はこれで失礼しますね」
そもそもが緊急招集されたような会議で私に関する扱いが議題。そしてその扱いの方向性は見えたようなものなのでこれ以上ここにいる必要はないと、さっさと部屋を辞する。
「お疲れ様でした」
待っていたセインさんとともに城を出て、待機していた馬車で帰る。
「どうでした?」
「バッチリです」
心配していたアランさんたちにも無事に終わったことを報告する。
「さてと……次の行動を予測しなければなりませんな」
「だいたい予想できるけどねえ」
招待状に日付を入れていないというのは「いつでも来やがれ」という意思表示。雑な言い方をすると「売られた喧嘩を買いました。いつでもどうぞ」である。そしてここで言う喧嘩は、貴族がプライドとか見栄で殴り合うものだ。
「多分、全員が揃って開店当日にくるでしょうね」
「ええ。それも国王一家の来店時刻に合わせて」
「ぶっ!」
「どうかされましたか?」
「こ……国王一家の来店?」
「ええ。招待状は既に送付しております」
「聞いてないですよ……と言うか、王様たちはこちらから持ち込む方が良いのではないでしょうか?」
貴族へ招待状を出すという話を聞いてからきちんと調べたのだけれど、王都には国王一家が訪れるような店はない。
もちろん、王族と取り引きのある店は多数あるけれど、王族相手の場合、店側が商品を携えて登城するのが基本。
これが地方都市だと国王一家を出迎えられるようにした店もあるけれど、実際に王族が訪れることはほぼ無い。
それくらいに王族が店を訪れるという意味は重いし、なによりも皆さんとても忙しいはずで、私も「私が直接持って行くことになるのかな」と思っていたのに、まさかの展開だ。
「礼を失することのないよう、開店初日としておりますし、快諾も得ております」
「ええ……」
「とても楽しみです、とのひと言も添えられておりました」
「それ、働く人たちには?」
「まだ伝えておりません。まずは技術をしっかり身につけてから、と」
「クラレッグさんは?」
「もちろん知りません」
「モーリスさんは?」
「明日にでも伝えようかと」
「わ……私には……」
「今お伝えしました。そろそろお伝えしようとしていた頃合いでしたので」
このタイミングって……多分色々なことを考えてのことなんだろう。
とりあえず、明日、全員に伝えることだけは決まったので、帰ってから中断していた件、開拓村のことをアランさんたちに確認しようとしたら来客が。
フォーデン伯爵夫妻だ。
こちらもこちらで、いつでもどうぞと伝えておいたけど、すぐに来るとはなかなかフットワークの軽い方たちね。とりあえず色々用意して、と。
「なるほど……スルツキから砂糖が作れるとはな」
「ふむ、これは色々と……ねえ?」
二人ともそう言う使い道があるとは知らなかったと言うことに加えて、面倒なことになったと言うのが正直なところだろう。
「私のお店では砂糖の使用量が結構いきます。そのために購入すること自体はやぶさかではないのですが、それによって王都での砂糖の流通量に影響を与えてしまうとマズい、というのが本題です」
「どのくらい使うことになりそうなんだい?」
「わかりません。何しろ先のことでして」
現時点ではおはぎだけなのだが、当然それで終わるつもりがないというか……色々作りたい。
揚げ物用の油は私の開拓村で独占的に生産するから良いとしても、砂糖に関しては……私の店だけなら問題ないのよ。問題は、それに触発されて他にも類似の店ができてきたとき。
砂糖の流通がおかしくなって、価格がつり上がってきたりしたら、先ほど会ってきたような立ち位置の貴族からどんな難癖がつけられるか。
それを防ぐためにも、既存の砂糖流通とは違う製造仕入ルートを用意しておくための相談だ。
案としては三つ。フォーデン領でスルツキの栽培から砂糖への加工まで行う、フォーデン領では栽培までで加工は私の開拓村で行う、栽培から加工まで開拓村で行う。このどれか。
ネックになるのはフォーデン領から開拓村まで、そこそこに距離があるからどうやっても輸送コストがかかること。それを解消しようとすると開拓村で栽培となるのだけれど、それだと今までスルツキの栽培をしていた……つまり、今回の発見に貢献したフォーデン領に全くうまみがないし、私としても筋が通らない感じがして据わりが悪い。
「もう一つの問題は、途中にあるダンカード領だね」
開拓村とフォーデン領は隣接しているわけではなく、間にダンカード伯爵の領地がある。
ダンジョンへの行き帰りで通る程度なら何の問題もないのだけれど、フォーデン伯爵家とクレメル家の産業のための輸送路になるとしたらあまり面白くはないだろう。一応ダンカード伯爵はオルステッド侯爵派ではないが、クレメル家に特に反感はない派閥なのだけど、ここで対応を誤ると敵対派閥に入ってしまう可能性がある。
実際、オルステッド侯爵家の調査では、既に水面下での接触をしようとしているらしいので、気をつけねば。
「それなら巻き込んでしまいましょ」
「え?」
アメリアさんが「善は急げよ」とすぐに使いを出し、それを追うように出かけることになった。
ちょうど時期的に当主のウエン・ダンカード伯爵は王都にいるらしい――だから色々動きがあるらしいんだけど――ので、ここで抱き込んでしまおう、と。




