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本来なら、私を呼び出した人間が先に述べるのだが、逆にこちらから問いただす。リリィさんだけでなくファーガスさんたちの表情を見ても、私の方に非がある状況では無いみたいなので、これはこれで効果があるらしい。
と言うのも、貴族の間でのこういう「誰かを糾弾する場」では糾弾する側が一方的に糾弾し続け、糾弾される側に非があるかどうかは関係なく場が進行するんだって。要するに事前の根回しが終わっていて、あとは公の場で立場をはっきりさせるのが目的。結論ありきの場というわけだ。でも、ここで根回しに関係なく、糾弾される側である私が場の進行を握ったら?グダグダになるのは目に見えている。彼らにとってやりづらいパターンだから。そして逆に、私にとっては……やりづらさはない。日本では誰かを一方的に糾弾する場というのはあまりなかった。が、そういう一方的に問い詰めていくというのはだいたいの場合、問い詰めていく側にあまり根拠がない、というのが……国会中継でよく見た光景だったわ。漢字の読み方クイズとかカップラーメンの値段あてとか、国会議員の仕事はそこじゃないのだけれど、正攻法では絶対負けるから全く関係ない話題で揚げ足取り――アレを揚げ足というのかどうかすら疑問だけど――をして優越感に浸るだけ。幼稚園の学芸会の方が一応はストーリーがちゃんとしてて見応えがあるという、アレ。アレと同じような状況で追い込もうとしているみたいだから、主導権をこちらで握って正論で殴り合うとか言うのが今回の戦法……になると良いな。
「やはりこんな田舎者、貴族にするべきではなかったのだ」
「全くだ。礼儀作法もそうだが、目上の者に対する敬意がまるでなっていない」
私、立場的には国王様と同等扱いらしいんですけどね。まあ、先輩後輩という立場で言えば下っ端ですけど。
「私が貴族にふさわしいかどうかという件に関しては、私ではなく王様へお願いします」
私がなりたくてなったわけではない立場のことをどうこう言われても困る。苦情は国王に言え。さあ、どう反論する?
「フン、そもそも……王国に対して損失しか生み出していない者がデカい口をきくもんじゃないぞ」
私もここに来るにあたって何もしていないわけではない。主に侯爵家が代々残してきた記録ではあるが、王国の色々な歴史について、一生懸命勉強してきている。その中に、いくつかのダンジョンが崩壊した事例というのが記録されていた。
本当にダンジョンが崩壊したのかどうかは不明。ダンジョンまでの道が崖崩れで通れなくなっただけという例もあるらしいので。そして崩壊したとしてもどういう経緯で崩壊したのかとても曖昧――他領のことだったので詳細は調べきれなかったらしい――だけど、ダンジョン崩壊によって生じる経済的損失について、良くまとめられていた。
ダンジョン内は外に比べると魔物の種類も数も多い。ダンジョンの外の魔物は季節によって移動したり活動の仕方が変わったりするほか、増える季節もだいたい決まっている。ただし、ゴブリンみたいな年がら年中増えるのは除くけど。一方、ダンジョン内は常に魔物が増え続ける傾向にある。そのため、魔物素材を集めるには良い場所で、魔物素材による利を求めたハンターが集まり、そのハンターが飲み食いし、色々と買うので経済が回る。
だが、ダンジョンが潰れると、その流れが止まり、付近の街や村に滞在するハンターの数は半減どころか、場合によっては十分の一にすらなる。
私が最初に潰したダンジョンは王都南の二箇所。あまり深くない一方でそこそこの魔物が棲んでおり、ハンターの実力も高い水準が求められる一方で実入りも良いという、ハイリスクハイリターンなダンジョンだったのだが、それが消失したことにより、結構な数のハンターが王都を離れつつあるという。
もちろん、王都周辺には他にもダンジョンはあるんだけど、距離的に王都よりもダンジョン近くの村を拠点にした方が良かったり、あまり収入が期待できなかったりと、今ひとつらしく、この二つのダンジョンを潰した影響は早ければ来年くらいに、有力な商人の構える店が規模を縮小するなどの事態が起こるだろう、と予想されているそうだ。
そしてそれと同等のことをフォーデン伯爵領でも。そして、王国内だけでなく、他国でも。
ぱっと挙げられただけでも、内政問題、外交問題、色々と面倒になりそうな事案だ。
「フム……それでは王都南の魔物の死体の山はどう説明つけるのですかな?」
意外にもレイモンドさんが援護射撃をしてくれた。
「ダンジョンを潰さなければあの規模以上の魔物の大群が押し寄せてきただろうことは想像に難くない。そんなことになったら、経済的損失は計算不能だが……」
「押し寄せてくるという確証はない!」
「そうか?隊長たちからは奥からもっと出てくるのは間違いないと確証できる物を見たと報告を受けているが」
「戯れ言だな」
直接ダンジョンの奥にいる魔族を見たのでもない限り、そう言う危機感は持てない、と。わからなくもない話ね。
「では……少なくとも、王都に直接的な被害をもたらす可能性が大きかったあの魔物の大群の討伐に、多大な貢献を果たした彼女に何も報いないとでも?」
「フン。それだってどうだか」
あの王都防衛戦は、押し寄せてくる魔物の数が数だけに、王都の門を封鎖し、基本的に外出を禁止して対応していたから、戦闘を見ていた貴族は少ない。ましてや王都ではなく自分の領地に帰っていた貴族はその戦闘の音すら聞いていないのだから、信じろと言われても、ということ……かな?
「特にフォーデン伯のところは結構な規模のダンジョンだったはず。かなりの痛手を被るのは間違いない。オルステッド家に繋がりがあるから今は許容したとしても、長期的にはどうなることか」
血縁関係にあるから文句も言いづらいだろ、ということかあ……なかなか痛いところを突いてきているね。まあ、大丈夫でしょう。
だってさ……バン!と扉が開かれた。
「何の問題もない!将来にわたってもな!」
はい、アメリアさんご到着。後ろからフォーデン伯爵も慌てて走ってきた。マップでこちらに来ているのが見えたから大丈夫かなと思っていたけど、一喝するだけで場が静まりかえっちゃった。
「し、しかしですな」
「それに、レオナ様からは……別途、面白い話を持ちかけられております。実に面白い話をね」
「あ、あははは……」
スルツキの話って、面白い話なのかな?
一応、この場での話の内容はこっそりリリィさんが手紙で飛ばして夫妻に共有していたので、タイミングを見て入ってきたのだとあとで聞かされた。
「いいタイミングだったろう?」
「ええ、とっても。ありがとうございます」
さて、次はどう出てくるかな?
「ま、まあ……その、何だ。ダンジョンの件については国王陛下も認めているので、この場でこれ以上の追及はしないでおこう」
「あら、それでは場を改めてと言うことでしょうか?」
「ああ!いや、その……えっと」
「ダンジョンの件は以上だ」
「そ、そういうことだ」
なんかもう、色々とアレな感じだけど、これ以上は無しとなったのならいいか。
「それはそれとして……店を始めるそうだな」
「ええ。諸々の許可は取り付けてありますので、問題はないと思いますが?」
「は!何を始めるかと思えば」
「全くだな。平民は少し金が貯まるとすぐに店を始めようとする」
そうなの?と言うか、私が店を始める理由って……いちいち夕食に押しかけられないようにとか、そういうのが目的なんだけど。




