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「それともう一つ、これが厄介なんだけど」
「うん、常時、どこもかしこも厄介なところばっかりな気がするけど」
「今回のは次元が違う。ダンジョンの規模だよ」
「ダンジョンの規模?」
「そう。確認すればすぐにわかるけど、大陸で一、二を争う規模のダンジョン。ダンジョンの最奥が確認されたのは百年以上前で、その時点で五十層。その後、ダンジョンは成長を続けていて、現在の最奥に到達した者はゼロ」
「何それ。今どのくらいまで階層があるの?」
「百層になるのも時間の問題というか、多分穴が開く頃には百層になってる」
「潜るだけでひと苦労ね」
「大丈夫。ハンターの九割が十層くらいまでしか潜れないから、それを越えたらマップ内転移で進めるよ」
「あれ結構使い勝手微妙じゃない?」
「少しずつ強化されているから、戻ったら確認してみて」
「了解」
「そして、そんな規模のダンジョンなので……ダンジョンの周囲がそのまま大きな街になっているんだよ」
「ダンジョンの深さも厄介だけど、ダンジョンが崩壊したときの影響もまた厄介だ!」
今までの規模のダンジョンでも、無くなる事による影響は結構なもので、周辺というかその地方の経済構造が変わってしまうのだけれど、今度のは……
「下手すると国家レベルで影響が出る?」
「かもねえ」
神様はあの世界にある国家とかそう言うのはあまり気にしていない。同じ人間同士、何でいちいち線で引いて分かれて、それぞれで争い合うのか、神様の感覚ではわからないらしい。もちろん、大きな川や山脈で分断されてしまった地域がある程度のコミュニティを形成するのは理解できるみたいだけどね。
で、それはそれとして、この巨大ダンジョン、周辺にそういった地形的な分断要素はないらしいが、神様が見た限りではこの都市だけで国家として機能している可能性があるとのこと。
となると、ダンジョンが崩壊したら、地図から国が一つ消えると言うことになるわけで……ああ、頭の痛い問題だわ。どうせ実際の対応は他へ丸投げするけど、そう言う場所だってことを伝えて相談を持ちかけるのが……あ、そうか。ラガレットの王子にやらせればいいんだわ。
王国北部へ道を通すというのも一つの案だけど、通訳もいないし、南と違って、これまで行き来もしていないというところにいきなり道を通すのはさすがにちょっと、ね。
「となると、一、二週間であの王子がどこまで上を動かして情報収集とか根回しが出来るかどうかが勝負?分が悪いんですけど」
「そこは……えーと……君の人望でなんとか」
「無いわよ」
人望以前に人脈が薄いのよ!
とりあえず戻ってセインさんに地図の紙を渡し、二週間後にもう一度確認に行く旨を伝えておく。スケジュール調整は神様の調査結果次第だけど、現地への連絡その他は国家レベルでやった方が早いので、セインさんに国王宛の書面を認めてもらい……私が直接出向いて話をした方が早いのかしら?ま、お任せしよう。私は二週間後、つまりお店がオープンする頃にもう一度神様のところへ確認に行く、とだけ覚えておけばいい。
翌日は朝から営業会議となった。
と言っても、貴族のすること。クラレッグさんとモーリスさんがそれぞれの立場での意見を述べ、私がコメント&決定する場、らしい。
クラレッグさんは製造原価と作るのにかかる時間、水や燃料の見込みと言ったものをまとめており、モーリスさんが紹介されてくる貴族の格と順序、購入するだろう予定数を元に単価を決める。と思ったら、モーリスさんの戦略は違っていた。
私としてはテイクアウト専門店の予定だったのだけれど、どうせなら喫茶店としてみてはどうか?と言うこと。そしてこの提案にセインさんとクラレッグさんが固まった。
前代未聞だと。
あくまでも親類関係、主従関係にない貴族間の話だけれど、貴族が経営する店に貴族が買い物に来るというのは決して珍しいわけではない。だが、その買い物は札束というか、金貨を入れた袋での殴り合いに近い。
売った側は「言い値で買わせてやった」という優越感。
買った側は「買って施してやった」という優越感。
では食事に呼ぶ、呼ばれるの場合はと言うと、これはこれで食材での殴り合いになる。
呼んだ側は「お前らこんな物食ったこと無いだろう?俺たちはいつも食ってるぜ」と先制。
呼ばれた側は「この程度のものしか食ってないとか、底が見えたな」と反撃。
もうね。貴族って面倒だわとしか言えない。
そして、それを越えてしまうのが貴族の経営する飲食店で貴族が飲み食いするという事例になる。貴族の経営する飲食店は、無いわけでは無い。が、これは領主が経営していて、その領地に住む金持ちが「俺はあの店で飲み食い出来るんだぜ」というステータスのような役割で、貴族が入る店では無いらしく、貴族を客層にしている店が喫茶店のようにその場で飲食となると前例が無いらしい。
「ううむ……これは……」
「なんとも解釈が難しいですな」
二人が頭を抱え始めてしまったので、私は私で疑問をモーリスさんにぶつけてみる。
「どうしてお店で食べるのをお薦めするのでしょうか?あ、いえ、それはそれでアリだとも思うんですが……」
私にしてみれば、おはぎとかぼた餅とかは庶民の食べ物。もちろん高級和菓子店で売られているのも知っているけれど、そこらのコンビニやスーパーでも売っていて、何となく食べたくなって買って帰って食べる物という認識が強いので聞いてみた。
「紅茶です」
「紅茶?」
「はい。昨日出されたときに、これに合う紅茶を選んだと」
「ああ、確かに」
私が、「渋みの強いお茶で」という風に指定したら、確かにそれが合う、となって、いつもセットになって出てくるようになっているんだけど。
「色々と考えたのですが、確かにあれに合わせるとなると、昨日出していただいたような系統の茶葉が最適だろうと思います」
「ええ」
「逆に言うと、他の茶葉ではあの甘みに負けてしまう、あるいは香りが喧嘩をしてしまうのでは無いかと思うのです」
「なるほど」
「持ち帰りだけですと、これが会うのでは無いかという紅茶を組み合わせ、結果としてお互いが引き立たない、残念な組み合わせになってしまうのでは無いかと思うのです。そうなると、今ひとつのものでした、と言う感想を持たれかねないと思いまして」
「それで、店で直接、この組み合わせが良い、と言うのを出してみせると」
「そう言うことになります」
「ふむ……セインさん、クラレッグさん」
「「はい」」
「ただ商品を売るのではなく、その商品のよいところを最大限に生かす組み合わせを見せつける、と言うのも戦略としてはアリではないかなと」
要は知識の殴り合いだ。
「そうですな」
「確かに。良さを引き出す組み合わせというのは、良いかと思いますが」
「が?」
「他の組み合わせは無い、と言う決めつけをしているとも取られかねません」
「それはありますな」
「それはそれで視野が狭いと捉えられてしまうと言うことなのね」
「はい」
面倒な話だわ。
「タチアナ」
「はい」
「その……一番合う紅茶って、茶葉がすぐにわかるものなのかしら?」
「そうですね……あまり見かけるものではありません」
「へ?」
「香りは控えめ、渋みが強い、あまり人気のある茶葉ではありません」
「へ、へえ……」
「その……薬草の一種として飲まれるような茶葉でして」
「そうなの?」
「そうですね。アレはそういう……何て言うか、料理や茶会に出すような茶葉では無いです」
クラレッグさんにもダメ出しされるとか、日本の緑茶に近い茶葉って立場が微妙すぎ!




