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「話で聞くだけでもなかなか壮絶な人生だな」
ファーガスさんたちが私のこれまでを聞いて驚くのも無理はない。方やトップクラスの貴族、方や疫病で大打撃を受けた貧乏な村の孤児。領主という立場上というか、今までに見聞きした限りで言えば、ファーガスさんたちは平民の暮らしをよく見て色々なことを考えるよい貴族だと思う。だけど、疫病で全滅一歩手前まで行った村の孤児なんて、その存在が彼らの耳に入る頃にはだいたい死んでいる。ましてや他の貴族領の村のことだから、彼らが知る由もないどころか、下手に探りを入れたりしたらそれこそ別な問題に発展してしまう。
と言うことで、何となく皆が申し訳なさそうな顔をしているけど、ここにいる誰の責任でもない話で、私が何てコメントすればいいのかよくわからない。あえて言うなら、神様の手違いなんだけど、それはそれで何だかな。
そして話はゴブリン襲来へ。
モーリスさんは月に二度位のペースで村に来ていて、前回行ったのが十日ほど前。あと三、四日したら村に行く予定だったのだが、商業ギルド経由でハンターギルドからの情報がもたらされた。
ゴブリンが村を襲う可能性有り。
そしてモーリスさんに出来ることは何も無い。
モーリスさん自身は、もちろん酒場で乱闘する程度には殴り合いは出来るだろうけど、モンスターやら盗賊相手に戦うような才はなく、あちこちに行商で向かうときも必ず護衛を雇うようにしている。
そして私の村の辺りは比較的穏やかなところで、護衛が必要になるのは三回に一回程度。それも草むらから猪が飛び出してきたとか言うのが大半で、そのくらいならモーリスさんでも対処できる。
棒を振り回して追い払う程度らしいけど、猪なんてその程度で追い払えば充分だし。と言うことで、護衛なんてつけなくてもほぼ問題はないが、そこはそれ、保険と言う奴だ。
そんなわけで、村のことが気がかりになってハンターギルドへ向かい、急ぎ村へ行きたいから護衛を募集したいと頼んだら断られたという。ゴブリンの襲撃が予想されている村へ行くのはお勧めしないと。討伐に向かうハンターたちに同行するくらいは黙認するが、既に出かけたあと。今から追いかけても追いつけないだろうと。
村のことが心配と言っても、モーリスさんにも家族があるし、店には従業員もいる。モーリスさんに何かあったら彼らの生活が立ち行かなくなる。仕方なく引き下がり、何か情報が入ったら連絡をくれと頼み……翌日、村が全滅したという連絡が入った。
もっとも、村が全滅するなんてことはしょっちゅう起こること。モーリスさん自身は初めての経験だが、商人として働くよりも前、まだ子供の頃に、彼の父や祖父、すなわち先代先々代が行っていた村が全滅したなんて話は何度も聞いたことがある。
幸いなことに遠征で立ち寄った騎士団がゴブリンを討伐したので、他への影響は無くなったのだから、これで良かったのだと考えていたら、私だけ生きていたことが知らされた。
うんうん……私の人生、苦労だらけだったわ。
「すっかりご馳走になってしまったな」
「おいしかったわ」
「また、呼んでくれ」
えー、また?
この屋敷、貴族が私だけと言うこともあって、それほど人数はいない。これが例えば、夫婦になっていたりすると、それぞれに一人ずつ、あるいは二人ずつつ側仕えがいたり、両方をまとめる役がついたりと人数が増えていくのだけれど、この屋敷の場合は護衛の騎士まで含めても二十名弱。ちなみにオルステッド侯爵家の王都の屋敷だと使用人だけで常時五十名、交代要員まで入れるとさらにいる――一応、護衛の騎士も十名いるが、そもそもあの家で護衛が必要なのって子供たちくらいだ――そうだから、明らかに少ない。その少ない人数に来客を入れて、どういうわけだろう?料理人とコンロ総出で全て揚げるのに二時間くらいかかった量の唐揚げが一つも残っていないのである。
おかしい!妙だぞ!?明らかにここにいる全員の体積より食べた量の方が多い!とか言いたくなる次元で不思議なことが起きている。しかし……それを指摘する勇気はない。笑顔で見送りつつ、早急に唐揚げの販売体制を確立せねば、クレメル家のエンゲル係数がえらいことになってしまうと、セインさんクラレッグさんと認識を合わせておく。
なお、これに関しては二人とも同意見。
「さすがにあの量の肉を毎回、というのは予算的に厳しいですな」
「もうね、腕が動かない。うん」
セインさんはともかく、クラレッグさんはもっと精進してください。
とりあえず一段落ついたので休もうかと思ったんですが、セインさんから痛烈なひと言をいただいてしまった。
「ところで、神託はいかがでしょうか?」
「すぐに確認します」
すっかり忘れていた、と言うわけでは無いけど、次のポイントを聞かねば。慌てて執務室脇の簡易礼拝室へ飛び込んだ。
「これは私に対しての当てつけ?」
「ではないよ。ただ単に私の夕食のタイミングだったというだけだよ」
「神様も食事を摂るんですね」
「少なくとも、君が前世を過ごしていた日本の神様は食事をしていたんじゃないかな?」
「そう言えばそうね」
だからと言って、唐揚げ定食とか。
「味噌の目処は立ったのに、お米がない私にそれは結構くるんだけど?」
「お米ねえ……」
現状、おはぎを作っているのは餅米で、私が使っているというか見つけたのは陸稲。
ご飯にするためのいわゆるお米は水稲が大半だったと思う。
もちろん、陸稲にも炊いてご飯に出来るうるち米はあったと思うけど、今のところ私が見つけたのは餅米だけ。
「さてと、食事の最中ではあったけど、状況を伝えておこう」
「……」
「そんな目で見ても、ダメだよ?」
無言でレモンを搾ってやった。
「レモン搾るのはいいけどさ、絞る前に一言あってもいいと思う」
「次からは気をつけるわ……で、うるち米はあるの?」
「あるにはある。だけど、日本人による魔改造は一切されていない、いわゆる原生種「あることだけわかればいいわ」
「そう?」
「品種改良すればいいんだし」
「え?品種改良って、気軽に出来るものでは無いよ?」
「本格的にやるのは私じゃ無いからいいのよ」
「わあ、貴族的発想だねえ」
「貴族になったからね」
実にどうでもいい会話をしながらも、一枚の紙を差し出してきた。
「次は北。見ての通り、王国北部の山脈を越えた先だよ」
「また外国かあ……ま、新しい発見に期待するわ」
「お、前向きだね」
「そうでもなきゃやってられないわ」
受け取った紙に描かれた地図は相変わらずよくわからない場所が描かれているんだけど、さすがにこれラガレットに聞いてわかるかしら?
「二つ、大事なことを補足しておくよ」
「ん?」
「まず一つ目、現時点では穴は開いていない」
「あら。いつもなら小さい穴は開いてたりしたんじゃなかったっけ?」
「今回はあっちの世界の監視をうまく強化できて、早めに見つけられたんだ」
「へえ」
「正確なところはもう少し調査が必要だけど、ひと月くらいは影響無しかな」
「なら、ひと月経った頃に向かえば間に合うってこと?」
「そうだね」
下手に急いで向かって、向こうとつながっていないダンジョンコアを破壊したらそれこそどうなるかわかったものでは無いので、やめて欲しいとのこと。出発時期は二週間後にもう一回確認に来ることとなった。




