14-4
爵位的な意味では私が一番上になるけれど、個人的な親交があった事もあって、私相手ならとりあえず普通に話せる。だけど侯爵となると話が違う。
モーリスさんの住んでいた街は侯爵家の領地ではないので、直接の面識はない。だけど、その力がどれほど強大なのか、商人なら知らぬ者はない。それがオルステッド侯爵家。その侯爵家の当主夫妻に、王国騎士団長で新たな貴族家として独立すること間違いなしと目される長男一家、そしてその長男にも、この場には不在の次男にも能力的には全く見劣りしないと評価されている三男夫妻。さらに、先々代騎士団長の再来とも言われる才媛で、異例の速さで出世して隊長になるのも時間の問題と言われている末娘のリリィさん。これだけ揃った場で緊張するなという方が無理がある。
こっそりヒールをかけて胃に穴が開いてもすぐに治るように配慮しているけれど、焼け石に水ってこういうことなのかしらと実感してしまうくらい、緊張していて……ちょっと可哀想。うん、私の神経って図太いのね。
それに輪をかけて困ったことになっているのが、侯爵家が勢揃いしている理由。
一つは、私のこと。ぶっちゃけ村にいた頃の私は人として最低限ギリギリの生活をしていた状態で、モーリスさんが何かと気にかけてくださっていたから生き延びていたと言っても過言ではない。ということで「レオナが今日、ここにいるのは全てモーリス様のおかげです」なんて頭を下げられたら、という感じになっている。
そしてもう一つ。侯爵家がやって来て夕食を共にしている理由が、
「唐揚げを作るんだってな。是非食わせてくれ」
だって。どこから情報が漏れたのやらと、犯人捜しをしてもいいけれど、あとになって「どうして呼んでくれなかったんだ」を回避出来たとも言えるから……タチアナ、どうして顔をそらすんですか?視線もこっちに向けてないし。
ちなみにこの場にいない人々は別棟で大宴会だ。タライのような大きな皿三つ分というとんでもない量の唐揚げが運び込まれていったけど……肉体労働者ばかりだからいいかな?ちなみにこっち側はそれぞれの皿に盛られているけど、量的にはあちらと変わらないくらいの量があるんだよねえ。
「それにしてもウマいな」
「ええ」
「油の量産が出来るようになれば、これが毎日食えるようになるんだな」
「リリィさん、毎日はさすがに体によくないですよ?」
「こんなにうまい物が体に悪いわけがないだろう?」
二の句が継げない。
「さて、こんな形で申し訳ないのだが、モーリス殿」
「は、はい!」
「先ほどの挨拶の時にも伝えたが、改めてレオナの件、重ね重ね感謝する」
「いえ、そんな……俺、いえ私はその……当たり前のことをしただけですし」
「その当たり前のことが出来るというのが難しいのだよ」
その通り。社会ってままならないのよねえ。
「当面は、クレメル家のアレコレで忙しいだろうが、ある程度落ち着いたら……レイモンド」
「はい。近々私が独立しますので、是非とも、と」
「み……身に余る光栄です」
どこの街にもいる、ごく普通の商人が新進気鋭の新貴族家のお抱えになり、王国最強の侯爵家長男で現騎士団長で将来独立する貴族家の御用商人になるとか、とんでもないサクセスストーリーね。普通は何代もかけて上り詰めていくのをわずか数日で将来が約束されるとか、むしろモーリスさんが転生チートに見えてきたわ。
「さて、堅い話は抜きにして」
一通り食べ終えたファーガスさんがこちらをニヤリと見る。
「食後のデザートは当然アレだよな?」
「一人三個までですよ」
「ヨシ!」
三個でも充分多いんですけどねえ。
そのあとはのんびりと私の幼少期についての話に花が咲いた。よく考えたら私もまともに話をしたことがなかったところに、モーリスさんの視点で見た私の様子が描写されるとまた新鮮だった。
モーリスさんから見た私は……あの疫病大流行の前の私は、あの村の他の子たちと変わることのない、ごく普通の子供。あの村には確か六人ほど子供がいて、一番年上がたしか十一歳。所謂ガキ大将みたいな感じで子供たちをまとめていてあちこち連れ回して遊んでいたんだっけ。と言っても、貧しい農村のこと。家の手伝いが最優先なんだけどね。
私はその子供たちの中で年齢的には下から二番目。ほかに三人、生まれて一年未満という赤ん坊がいたけど、さすがに一緒に遊ぶ頭数にはなく、私のすぐ下の子も三歳だったかな。結構年齢が離れた集団なのはそもそも人数の少ない村ではよくあること。そして行商人としてモーリスさんが来ると子供たちが集まってくるのもよくあることだが、どうしても村人の懐事情から言って、子供のためのオモチャなんかを持ってくることは無く、ごく稀に持ってくる大きめの岩塩がちょっと目を引く程度。
そんなわけでモーリスさんが私の名前を覚えることはないまま、疫病の大流行を迎えた。
疫病の大流行というのは王国の歴史の中で何度か起きており、十年前のものが特別珍しいと言うことはない。どこから流行が始まったのかがよくわからないのは毎度のことだし、感染力がなかなか強く、罹った者の大半が助からないのもいつものこと。
そして、王国としては、流行に気付いた時点でさまざまな対策に取りかかっていた。と言っても、日本のように、ワクチンを打つとか治療方法の研究とか行ったことが出来るわけもなく、ただ隔離するだけ。それも村の単位で。
つまり、疫病にかかった者が出た村全体を出入り禁止。街で出た場合は、その一角を出入り禁止。最悪の場合、街全体を封鎖もあり得るという対応だけど、それが私の村にも適用され、モーリスさんは私の村に来ることが出来なくなった。そして半年ほどして、ようやく落ち着いた頃に村へ向かい、そこで見たのは……半数以上が亡くなり、すっかり寂れた村の姿。
そして、子供でただ一人生き残り、ガリガリに痩せて汚れた私。
開拓が始まって十年にもならない村を疫病が襲ったら、生き残った者たちも生きるのに必死。両親を亡くした子供のことまで手が回らないのは仕方ない。
モーリスさんも他の村でそう言うのを何度か見たことがあるから、私のこともそう言う子供の一人、と思っていたのだが、予想と違うことを私がした。
「これとこれ……あと、これとこれが欲しいんですけど、これで足りますか?」
「少し足りない」
思わず口にしてしまい、しまった、と思ったときには既に遅い。
「じゃ、これは無しで。これなら足りますか?」
「え?あ、ああ……大丈夫」
「ありがとう」
品物を受け取った子供が向かった先は……掘っ立て小屋が豪邸に見えると錯覚するような、ただの板塀。二枚の板を木の棒で支えながら立たせ、その間に木の板やぼろきれで雨をしのげる僅かな隙間を作っただけの寝床。住んでた家を焼き払われたあとに私が最初に住んでた小屋はわずか数日で崩れてしまい、必死に建て直している最中の小屋っぽい何かだ。
そこに私が持ち込んだのは小さなのこぎりと釘と金槌、ロープと麻袋に鍋を一つ。本当は鉈とお玉が欲しかったが、焼き払われる前に持ち出すことを許された木箱の中にあった僅かな銅貨では足りなかった。
ちなみにこのとき一番言いたかったのは、日本人の言いたい台詞ランキング上位五十位以内間違い無しの「この棚、端から端まで下さいな」なんだけど、棚が無かったので断念しました。
そして翌日、森に入って手の届く範囲の木の枝を切り落としたり、細い木はそのまま切り倒した後、幹にノコギリをあててどうにかこうにか板っぽくし、トンカントンカン打ち付けて、とやりながらただの壁から囲われた空間へ。
薬草を集めて干して束ねてモーリスさんへ売ったお金で日用品を買うことを繰り返すうちに、ただの囲いが屋根のついた小屋になり、着の身着のままがぼろ布を縫い合わせた服になり、鍋から直接食べていた食事に食器が揃い、と少しずつ私の生活は向上していった。




