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一般的な話として、貴族向けの店というのはだいたいの商人にとって最終目標と言っていいものだ。基本的に取り扱う品の質、店員の振る舞いなどが一定水準――とても高い水準だけど――に達していて、数名の貴族からの推薦があって初めて貴族向けの商売が出来るようになる。
商品の単価は高くても数を売れるわけでもなく、場合によっては短納期で大量注文だったりと、無茶ぶりをされることもあって、正直なところ利益という意味ではうまみはないらしいけど、貴族向けに商売しているというステータスが大きい。
日本で言えば「皇室御用達」の看板を掲げているようなものに近いかな。無論、日本の皇室は短納期なんて無茶ぶりはしないだろうけど、毎日コンスタントにお買い上げ、なんてこともないから、皇室向けの商売単体で見れば売り上げも利益も目立って大きいものにはならないだろう。でも、その看板があれば一般のお客さんへのアピールが大きい、みたいな。
モーリスさんは、商人の夢の一つ、貴族向けの商売というのを実現出来そうだと言う事実と、店を開くという商品の納期よりももっと大変な仕事までの期間が短いと言うこと、売れる商品がこれ一つに加えて、平民向けにも店をという、情報の多さに固まってしまっているのです。
「とりあえず長旅でお疲れでしょうから、今日はこのくらいで」
「は、はい」
「あ、そうだ」
「!」
「そもそもの話として、この話、受けていただけますか?」
別に、受けてくれないからと言ってこの場から追い出すなんてことはしないけど、「無理です。受けられません」となったら、他の人を探さねばならない。
「受けます。いえ、是非ともやらせてください!」
「ありがとうございます」
「では、お部屋へご案内いたします」
「ど、どうも」
セインさんに連れられていくのを見送ったところで、シーナさんに指示を出す。
指示というか、確認ね。
「モーリスさんって、ご家族は」
「置いてきたそうです」
「多分こっちで暮らすことになるんですよね」
「一、二ヶ月で帰られてはこちらも困ります」
「はは……」
「こちらに越してくるように手配しますか?」
「ええ。ただ、モーリスさんに相談してからにしましょう。モーリスさんのご両親とか、お店の従業員も一緒にと言うことであれば、出来るだけ配慮したいですし」
「わかりました。とりあえず、状況を確認してみます」
「よろしくね」
「それはそれとして」
「はい」
「モーリス様がずっとこちらにとなった場合、いつまでも客間というわけには」
「そうよね。普通はどうするの?」
「ケースバイケースです。私たちのような住み込みの使用人は専用の建物なり何なりにそれぞれの部屋を割り当てられますが、同様にするのがいいのかというと、ちょっと違うような感じもしますし」
「んー、敷地内にモーリスさんたち用の家を建てるとか?」
「あるいはどこか近くを当家で用立てるとかですね」
「こちらに呼び寄せる人数とかと相談か。とりあえずご家族を呼び寄せるとしてもひと月くらいはかかるでしょうから、その間は客間でいいのかしら?」
「はい。問題ありません」
よし、とりあえず一歩前進だ。
「で、話は一段落ついたか?」
ノックして入ってきたのはエルンスさんだった。
「油、絞ってみないか?」
「ええ!」
「さすがに機械がデカいからここには持ってきてないが」
「では工房へ」
早速工房へ向かい、出来上がった圧搾機を試運転。入れるのはダート豆にした。アブラナはまだ栽培に取りかかり始めたばかりだからね。
「嬢ちゃん、とりあえずその豆から絞れるって言うから、適当に絞ってみたんだが、イマイチというかなんというか」
「まあ、そうでしょうねえ」
やり方をきちんと説明したわけではないからそんなものでしょう。
「とりあえず詳細は省くとして、豆は下準備をしてあります」
アイテムボックスから焙煎してある程度砕いた豆を取り出す。こんなこともあろうかと用意しておきました。え?いつやったのかって?帰りの馬車の中でこっそりと、ね。ヒマだったから。
そして豆を機械に入れて、ハンドルを回して絞っていく。
「どうだ?」
「いい感じね」
「そうか……なら!」
「待って、落ち着いて」
「むむっ」
「油は少ししか採れていないから、これじゃ何も出来ないわよ」
「それもそうか」
そんなに唐揚げ食べたいのかしら?
とりあえず手元の紙に投入した豆の量と採れた油の量を記載し、かかった時間も記録する。
「さて、次はこれに入る限り入れてみるわよ」
「おお!」
エルンスさんが想定している最大量ギリギリまで豆を投入し、絞り始めるが、これはなかなかキツいかも。
「んー、機械が壊れたりはしないけど、この量は少しキツいかも」
「そうだな。思った以上に重いし時間がかかる」
「適量の見極めが必要になるわね……」
とりあえず絞れた量は……うん、だいたい予想通り。だけどかかる時間が予想を遙かに超えてしまった。それに、レバーを回すのに私の力が必要になるとか、実用性ゼロ。もちろん人力で絞る必要はない。例えば水車を使って回すというのも有りだろうけど、これだけ重いと水車でも回らないだろうから適量の見極めが重要ね。
「当面はこれで行けそうだが、量産となると水車か牛、馬を使わんとダメだな」
「牛?」
「おう。動く板の上で牛を歩かせてな、板が動いた分だけ動力になるという仕組みだ」
地球でも昔どっかでやってたって聞いたことがあるわね。
「まあ、そちらは少し考えるとして、とりあえず普通に絞れる量の見極めだな」
「そうね。豆はここに置いておくから色々試してみて」
「この絞ったあとの残りはどうする?」
「肥料になるから、まとめて開拓村に持って行けばいいかな」
「じゃあ袋にでも詰めておこう」
「あ、それと」
「ん?」
「絞った分だけ使えるようになるから、頑張って」
「任せとけ」
目の色が変わった。
さて、あの様子だと日が暮れるまでの間にそこそこの量の油が用意出来そうなので、下拵えでもしておきましょうかと厨房へ。
ハーブで香り付けされた鶏肉を一口大に切りそろえて唐揚げの用意をしておこう……としたら、止められた。私がやることではないらしい。
「新作なら話は別ですが」
だって。
クラレッグさんは強制お休み中だけど、他にも料理人はいるので、指示を出してもらえば、と言うことなので指示を出したら目の色が変わった。
中毒というか、禁断症状?うーん、唐揚げ、変な成分混じったりはしてなかったよね?
「ということで、こちらも今後の商品の候補です」
「……これは……え、あ……えっと」
「はは……」
試作された油は程々の量になり、めでたく夕食の唐揚げに間に合った。前回作ったのはアブラナ、つまり菜種油だったけど、今回は大豆油。種類は違えどどちらも油。無事にカラッと揚がりました。
で、これも商品展開を見込んでいると言うことで夕食の一品に出しつつ、思い出話とか今後のこととかざっくばらんに話せればいいなと一緒に夕食にしたのだけれど、モーリスさんが固まったままに。
まあ、そうでしょうね。
相手が私だけなら、多少の緊張はあったとしても、元をたどれば村に行商に来ていた商人と村娘という気楽な間柄。
モーリスさん側はともかく、私の方にはあの日、街でお別れを言ってからどんなことがあったのか、色々とお話しするネタはてんこ盛り。唯一の問題は、どれを話してもにわかには信じがたい内容だらけという点くらい。
だけど、いざ食堂に集まってみたら、ファーガスさん夫妻にレイモンドさん一家、そしてアランさん夫妻にリリィさんも同席。
タダの晩ご飯が、国内最強とうたわれるオルステッド侯爵家を交えた晩餐会になってしまって、モーリスさんは緊張で震えが止まらない感じになってしまった。




