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「へえ……って、王都でも見たこと無いのですけど、どういうことでしょうか?」
「見た目の派手さと味の良さで人気の芋なのですが、栽培に少々コツがいるとかで」
「コツ?リンガラで聞いたときにはそんなこと言ってなかったような気がしますが」
「恐らく気候や土質などによるのでは無いでしょうか」
「なるほど」
「そんなわけでして、国内でも栽培していたのはオルステッド領の一部のみ。生産量が少ないので、値段はともかく、滅多に流通しておりませんでした」
「知る人ぞ知る芋だったのね」
「はい。しかし、五十年ほど前、大洪水がありまして」
「ああ……畑が全滅しちゃった?」
「はい。種芋なども残らず流されてしまったため、それきりとなっております」
「そうですか。んー、開拓村で作ってみようかと思ったのですが、難しそうですね」
「もしかしたら、栽培方法を覚えている者がまだいるかも知れません。手配してみましょうか」
「そうね。お願いするわ」
クレメル領の収入は今のところ食用油と私が売り出す料理の売り上げがメインの予定。でもそこに、この芋を追加出来たらいいな、と。
「失礼します」
「はい」
とりあえず残りは種芋にすることにして片付けていたらシーナさんが厨房へ入ってきた。
「お客様、いえ、例の経営責任者候補の方が到着しました」
「えーと……」
「応接へお通ししております」
「わかりました。このまま行きましょうか」
手を軽く洗えば特に問題ないでしょ。
応接室に入ると、男性が一人、ソファに座って待っていた。
えー……私がよく知ってる人……なんです……けど。
「お……お待たせしみゃした」
噛んだ。
「は、はい。私、モーリスと申し……え?」
「お久しぶりです、おじさん」
「え?レオナ・クレメルって……レオナちゃ……いえ、その、あの?え?」
クレメル家がこれから取りかかる事業の経営責任者候補は、私の村に来てくれていた商人のおじさんだった。
そう言えば商業ギルドの偉い人が言ってたっけ。信頼出来る。何か重要な取引があったら優先するだろう、って。その結果がここにつながったんだ。
「コホン、お二人とも、立ったままでは何ですので」
「あ、はい」
セインさんに促され、おじさんの対面に座ると、シーナさんが流れるようにお茶を置く。
そしてセインさんが話を始める。
「レオナ様、こちらがオルステッド家が問題ないと判断した、当家の事業経営責任者候補、モーリス様です」
「はい。名前以外はよく知ってます」
「あ、あはははは……っと、えーと。よ、よろしくお願いします」
おじさんの名前を知るという人生の目標の一つが達成されました。うん、ものすごく低い目標だったよ。
「さて、お互いのことはよく知っているでしょうから、ここに呼び出した経緯についてお話ししましょう」
「は、はい」
一応手紙に、私のところで商売の責任者になって欲しいと書いてあったのだけれど、その商売の内容には触れていなかった。
理由はとても簡単。機密事項として外部に漏洩するのを防ぎたかったというのが一つ。これは貴族が人を集めるときにはよくあることなので、受け取った側も特に疑問は持たなかった。
で、もう一つが、事業の範囲が全く見えないこと。どう考えても貴族向けの店と庶民向けの店で数種類のメニューを扱う程度で終わるはずが無いので、書きようが無かったのだ、と。
「なるほど」
「それで、モーリス様を選んだ理由は言わずもがなです。恐らくオルステッド家の関係者以外でレオナ様が信頼を置ける方となると、他におりません」
村を出てから数ヶ月。色々あって貴族になったけれど、ある程度、信頼関係を築いているのはオルステッド家の関係者のみ。
と聞くと、私が他人を信用しないタイプの人間に聞こえるかも知れないが、それ以前の問題として、オルステッド家の関係者以外と接する機会がほとんどないのだから信頼関係以前の問題だ。え?どこぞの王子?知らない人ですね。
「いかがでしょうか?」
「私の方は全く問題ありません。おじさん……じゃなくてモーリス様はいかがでしょうか?」
「えっと……そのレオナ様」
「レオナちゃんでいいですよ」
「そ、そういうわけには」
呼び出しの手紙にはクレメル家という爵位のない貴族からと書かれていた。モーリスはつい最近、王族に匹敵するほどの強い力のある貴族家ができたと聞かされていたため、そこだろうと思っていたが、まさかその相手が旧知の仲でもあるレオナだったとは思いもよらず。そして、よく知る相手と言え、相手が貴族となれば、失礼があってはならぬと緊張しっぱなしである。
少なくともフェルナンド王国では貴族というのは公務員のような位置づけで、ちょっと失礼をしたからといって物理的に首をはねるなんてことはない。
しかし、王族クラスとなると少し事情が違ってきて、当人たちは「まあ良い」と流そうとしても周囲がそれを許さない、と言うこともしばしば。
そして、私に爵位がないと言うことで、王族と同等と見なすとすれば、コレはコレで、と言うわけだ。
しかも、私自身が「構いませんよ」と言っても、すぐ側にいるセインさんはオルステッド侯爵家に務めていたことで有名な人。クレメル家に仕えるようになったということは、貴族に含まれない身分でありながら、貴族に相当すると見なしても良いほどの立場。
日本で言えば、市議会議員の秘書をしていたんだけど、いつの間にか市議会議員が国会議員になって、総理大臣になっていて、長年の付き合いからそのまま秘書官になっていた、みたいな感じ?
セインさんは、本当はそんな感じで厳しい人らしいので、主に失礼な態度を見せたら、何を言ってくるか、と言うくらいには恐れられている……と、あとで聞きました。セインさん本人から。
セインさんの個人的な所感では、私にもっと貴族らしい振る舞いをして欲しいと思う一方で、今まで通りにして欲しいとも思いつつも、一人の淑女としての振る舞いも期待しているという色々複雑な感じ。
だから、周囲が持ち上げて扱おうとすること自体は別に何とも思わないが、平民並みに気軽な関係というのも私自身が望んでいるなら別に構わない、という……色々複雑な思いで見ているそうだ。
さて、それはそれとして。
「店の開店まで二週間ほどですか」
「はい……色々ありまして、そんな日程になってます」
「どのような商品を扱われるのでしょうか」
「タチアナ、あれを」
「はい」
クラレッグさんが仕上げた試作品を一つ、モーリスさんの前に置く。
「これ……は?」
「んー、商品名がまだ付いてないのですが、とりあえずどうぞ。あ、とても甘いので、紅茶も一緒に」
「はい」
「直接手で掴んでがぶりと言ってください」
「え?手で?」
「はい!」
言われるままに手で掴み、その感触に戸惑いながらも口に運び、ガブリとやって固まった。
「大丈夫ですか?」
「は……い」
モグモグやってお茶をひとくち。モグモグやって……と全部食べたところで、また固まった。
「大丈夫ですか?」
「はい」
さっきから同じやりとりばっかりです。
「これは……何ですか?」
「新しい甘味でして、今のところお店で出せるのはこれ一つだけです」
「え?売るのはこれだけ?」
「はい」
うーん、と考え込んでしまいかけたので一応追加の情報も出しておく。
「他にもいくつかあるのですが、現時点で材料が揃っていないので保留です」
「そうですか」
「それと」
「はい」
「とりあえずあと二週間ほどで開くお店は貴族向けですが、あまり間を開けずに平民向けの店も出して欲しい、となっております」
固まった。




