14-1
「調理担当は明日到着予定です」
「では、そこから猛特訓ね」
「そうですね。今までに無かった加工、調理過程になりますから」
クラレッグさんは私が調理する工程を実際に見たから、「こういうやり方もあるんだ!」となって、今までの常識を捨て去りながら試行錯誤をした。今度はそれを人に伝えるわけで、それはそれで大変だろう。
「明日から特訓というのはもちろん問題ありませんが……」
「砂糖の問題ね」
「はい」
一応、ひと月程度の間は一日に販売出来る数はせいぜい五十くらいだろうというのがクラレッグさんの予想。これは貴族を招待するとしても、まさかお店でワイワイ騒ぎながらと言うわけでは無く、それなりの部屋に通して、「このようなものが」と試食してもらって、という七面倒臭い流れになるために販売量が制限出来ると言うわけだ。
そして、そこから逆算して材料の確保は始めているが、砂糖が若干厳しく、どのくらい厳しいのか具体的な数字も出ている。
もちろん、砂糖を売っている店に乗り込んで「倍額出すから売れ」とやれば売ってくれるだろうし、一個あたりの販売価格を高めに設定しても問題ないのだから赤字になることも無いだろう。
だけど、いくら後ろ盾が王族とかオルステッド家とは言え、新興の貴族家がそれをやるのはさすがにマズい。と言うか、その後ろ盾でそんなことをやるか?!と言われるのは間違いない。
「それについては少し考えがあります」
とりあえず明日からのことがあるのでクラレッグさんは強引に休ませておき、厨房へ向かう。何をするのかしきりに気にしていたが、私がこれからやるのは調理では無く、材料の加工。しかも、出来るかどうかの見通しは微妙だ。
まず、フォーデン領の農家の方のご厚意でいただいたスルツキを水洗いして泥を流し、白くて丸い根っこをサイコロのように刻み、鍋に放り込んで煮込む。
「うわ、すっごい灰汁の量」
少し煮立った瞬間にぶわっと広がった灰汁にちょっと怯みながら、灰汁取りにかかる。灰汁が出なくなっても煮詰めていき、しばらくしたら刻んだ根っこの部分を全部捨てて汁だけを煮詰めていく。煮詰めていく。煮詰めていく。
時間がかかりすぎるので魔法で無理矢理水分を飛ばしたけど。
そうして煮詰めたものを冷ます。室温まで。コレも魔法を使って時短した。
そして、ぱらぱらっと砂糖を上から軽くまいてやれば、明日の朝には鍋の中に氷砂糖という結晶として出来上がるはず。
そう、これは……てんさい糖だ。
てんさい糖というと特別な物に聞こえるかも知れないが、てんさい自体は砂糖の材料としてはメジャー。日本だと北海道で良く作られている、らしい。らしい、というのは私もそんな細かいことまでは覚えていないから。ただ単に「てんさい」という、別名砂糖大根から砂糖が作れると言うことと、なんとなくこんな感じ、というのを聞いたことがあるなあ、という程度。正直、よくもまあこの程度の作業でこれだけの物が出来たものだと驚いているくらい。
現時点では煮詰めた汁の底に大きな粒が沈んでいる状態で、そのほとんどがショ糖と言う、砂糖の主成分になっているのが鑑定でわかった。んで、その他にオリゴ糖とかミネラルがたっぷり入っているので、お腹の調子を整える役に立つのかな。
「フム、この粒を砂糖の代わりに?」
「なるといいんだけど」
実際にはクラレッグさんと相談だね。実際に使ってみたら、分量とか加熱時間とか変わるかも知れないし。
「しかし、使えるとなった場合には色々とありそうですよ」
「ええ。その点については……あ、そうだ。フォーデン伯爵家に招待状は送ってありましたっけ?」
「招待状は作成済みですが、まだ送り出しておりません」
送り先を厳選しつつ、今後のために優先しておいた方がいいところへは送付済みで、オルステッド家と関係の深いところへの送付は後回しになっていてまだ残っていた、と。
「じゃあ、招待状に追加が必要かもね」
「スルツキの栽培、あるいは販売に関する相談ですな」
クラレッグさんと経営責任者になる予定の誰かさんも交えての相談になるだろうけど、スルツキの栽培を私の開拓村でやるのはちょっと問題になるかも知れない。
フェルナンド王国で流通している砂糖は主に南部で栽培されたサトウキビから作られたものだ。もちろん南部ではサトウキビだけを作っているわけでは無いけれど、他の作物の栽培面積を減らしてでも一定の量を作るように王国から通達されており、比較的安定した量が流通していて、価格も安定している。
だが、ここにスルツキから砂糖が作れるとなると、この体制が崩れかねない。スルツキは寒冷地でも栽培可能なために王国内全体で収穫出来る。そして、今私がやって見せた程度の手順で砂糖が出来るとなると、南部で砂糖を作って運ぶより安上がりになる。南部にとっては、稼ぐ大きな柱の砂糖の地位が揺らぐだけで無く、サトウキビを加工するための工場も規模縮小があり得るし、畑も何を作るか方向転換が必要になる。もちろん、いきなりこうなることは無いだろうけど、放っておけば遠からずそうなる可能性が高い。
が、私とフォーデン伯爵家の間で調整すれば、なんとかなる、と思う。
案としては三つ。一つ目は全て私の開拓村で進める案。私が今後展開する事業で使う砂糖は全部開拓村で作るというのは、外に問題を広げないという意味では有り。だけど、スルツキを栽培していたフォーデン伯爵家からすれば、いきなり出てきた私にかっ攫われた形になり、禍根が残るだろう。
二つ目が、フォーデン伯爵領で栽培したスルツキをクレメル家で買い上げるという方式。砂糖への加工をどちらでやるか、で色々とありそうだけど、悪くない案だ。
三つ目が混乱が起こることを承知でスルツキの栽培を全国展開だけど、広まるまでの期間的にクレメル家の事業のための砂糖確保には間に合いそうに無いし、なにより混乱が大きすぎるので却下。
と言うことで、現実的には二つ目の選択肢が有力なんだけど、当然フォーデン伯爵との調整が必須。その辺の相談をしたい旨、招待状に追加しておくってもらうことにした。
そこまで話したところで、ドアがノックされ、タチアナが入ってきた。
「お荷物が届いております」
「荷物?」
「はい。芋ですが」
「早っ!」
あと何日かかかるだろうと思っていたら、コレもまた荷馬車を乗り換えながら最速で届くようにしたらしい。
「私、急いで欲しいって言ってないですよね?」
「ええ。しかし、周りが「出来るだけ早く届けよう」と配慮したのでは無いかと」
そんな忖度要りません。
とりあえず厨房に運び込まれた箱を開けると、見た目だけは普通のジャガイモがぎっしり。
数個取り出してタチアナに渡す。
「これ、茹でて」
「はい」
タチアナが鍋を火にかけ沸騰させること数分。だいたいいいだろうと鍋から引き上げて輪切りにした。
「おお。いいわね」
赤青緑に、紫だとか黒だとか、色々な色の断面。そしてジャガイモともサツマイモとも違ういい香り。
「ほう、この芋でしたか」
「え?セインさん、ご存じなのですか?」
「ええ」
懐かしいものを見るように芋を手にしたセインさんがその理由を話してくれた。
「オルステッド領でも昔、本当に昔、栽培しておりました」
「え?」
「昔と言っても……そう、先代の頃、私がまだ侯爵家で働き始めたくらいの頃ですから、五十年程前になりますな」




