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一応名前と近くの村に住んでいることを確認させてもらい、後日改めてお礼をと申し出たんだけど、要らないと断られてしまった。
これについては馬車へ戻るときにアメリアさんが教えてくれた。一部の例外を除けば、基本的に領民たちが世話をしている畑は領主の持ち物。だからそこで採れた作物も全て領主のもの、というのが基本的な考え方。もちろん、実際に全ての作物を領主のもの、なんてしたら社会が破綻してしまうので、そんなことをしている領主はいないけどね。とは言え、そういう考え方があるので、こうして視察のようにやって来た領主やその関係者が「少しくれ」と言ってきたら、余程のことが無い限りそれなりの量を渡されるそうだ。
余程のこと、というのは「この畑一面全部」とかいう、作業を中断=全体の収穫に影響を与えるような要求だとか、病害虫でひどい状態になって毒性がついてしまっていて、渡すのは憚られるとか、そう言うケース。
つまり、私が「ちょっとください」という程度は断る理由もないし、対価を求めるなんて畏れ多い、と言うことなんだってさ。
「で、こんなのをもらってどうするんだ?」
「んー、少し考えが」
「そうか。まあ、程々にな」
とんでもないことばかりしているような言い方ってひどくないですか?
その後、屋敷に戻るまでの間にアメリアさんが知っているスルツキについてのことを聞いた。
一応、年間通じて季節を問わずに栽培出来る作物だと言うこと。だけど、他の作物の関係もあって、この時期の栽培が多いこと。
あとは栽培していると言っても領都周辺くらいだと言うこと。
「他では栽培していないんですか?」
「別にスルツキでないと困る、って訳でも無いからな」
単に気候とか地理的に――水やりの頻度とかの関係ね――他の地域では他の作物が適しているという程度で、深い理由は無い。
そして王国全体で見ると、だいたい王都のやや南より北側なら栽培に適しているが、先程の通り、他の作物があればそっちで、という感じなので、アメリアさんたちが知る限り、王国内で栽培しているのはこの辺だけらしい。
「で、それを何に使うんだ?」
「わかりません」
「は?」
「ちょっと試してみたいことがあるんです。なのでうまく行ったら、と言うことで」
「まあ、いいが」
「お帰りなさいませ、レオナ様」
「あ、うん。ただいま」
「お疲れでしょう。お食事にしますか、それとも入浴にしますか?それとも……いえ、私はまだ綺麗なままでいたいのですが、どうしてもとおっしゃるので「とりあえず着替えがてら入浴で」
「わかりました。入浴にかこつけて「どうしてそう言うことばかり言うのよ?!」
といった感じでタチアナは平常運転中。もう少しなんとかならないかと思うんだけど、アメリアさんに言わせると「嫁入りと一緒に連れてきた側仕えにはやや及ばない程度に優秀」で、実際、こうした貴族の屋敷でも見事な立ち居振る舞い。
ただ、アメリアさんが「可愛がりすぎたかも知れんな」と言っていたのは注目すべき点だろうと思う。原因の全てがアメリアさんとは言わないけど、かなり色々やらかしちゃってるんじゃないかしら?
そんなこんなで入浴を終え、朝食なのか昼食なのかわからない食事を終えたら昼寝。丸一日休まずに動き続けて疲れました。ぐう。
翌朝、なんとかして引き留めようとする――昨夜さんざんお話ししたじゃないですか――アメリアさんから逃げるようにフォーデン領をあとにする。急いで戻りたいところでもあるが、リリィさんが「馬車を乗り換えながら行くからすぐに着く」というのでそれに従う。そして、その言葉通り、途中で何度も馬車を乗り換えて、夜通し走り続けること三日、ようやく王都に戻ってきた。
「お帰りなさいませ」
「ただいまです」
出迎えてくれたセインさんへの返事もそこそこにお風呂&就寝。ガタゴト揺れる馬車の中で寝るのって、逆に疲れるわあ……という感じです。
それでも数時間で起きて、軽く昼食を摂ると留守中のことなんかの報告を受ける。
「そうですか。夕方には到着ですか」
「はい」
お店……に限らず、クレメル家の販売事業全般を任せる予定の人は、話を聞いてからすぐにこちらに向かっているそうだ。しかも、あちらの商業ギルド長が全速力で行かせると張り切ったらしく、こちらも馬車を乗り換えながらの移動。
こう言っては何だけど、こういうときの交通費って我が家が持つんですが、あくまでも一般的な移動手段の範囲までしか持たない。夜通し馬車を走らせるなんてしたら、通常の倍以上の費用がかかるだけでなく、乗り換えるという手間にかかる費用もまた馬鹿にならないので、こういった移動手段はあちらにとって赤字になる。なるんだけど、クレメル家の噂を知っているらしいあちらさんは「多少の損が出ても充分に元が取れる」と言う判断をしたらしい。
どこから呼び寄せているのかさっぱりな上に、今のところ我が家が興す事業は王都以外に広まるには時間がかかりそうなんだけどねえ。
「エルンスからこちらを、と」
「おお」
油を絞る機械の試作品が完成したらしく、絞ってみた結果が出てきた。
試作品と行っても、もうそのまま稼働させられるように調整済みなので、要するに量産する直前と言うこと。
「試しに少量のダート豆を絞ってみた結果がこちらとなります」
「問題無さそうね」
見た感じ、すっごい緑色なのは豆の色由来なんだろうね。あと、私の鑑定で見ると完全な油になってないのは、油にするための工程をキチンと踏んでいないからだろう。ちなみに、この二日間、エルンスさんは近寄りがたいハイテンションになっていたらしく、完成&動作テストのあとはセインさんが力ずくで寝かせたという。
「量産出来るってことだけど……」
「ええ。ただ、量産するとなると、エルンスの元工房にいる職人くらいの腕前がないと厳しいようです」
「王都でも一、二を争うような工房しか作れない、かあ」
それって、量産って言うのかしら?と思うけど、工房の質もピンキリらしいし、エルンスさんによると、国内の腕利きをフル稼働させても月間五台が限度らしい。
なにしろこの試作品自体は今までに作ってきたインゴットから作っているから数日で作れたけど、実際にはこのインゴットを作るところから始めなければならないんだって。
必要な強度と加工精度的な意味でもギリギリでそのくらいだと。
「なるほどね」
「そちらに関しても、経営責任者の管轄で良いかと」
「業務範囲が広すぎて過労死しないかしら」
「ある程度、事業が拡大していったら人を増やせばいいだけです」
そういうものらしい。
「それと……来たようですな」
セインさんの言葉のあとにドアノック。入ってきたのはクラレッグさん。
「こちらを」
「おお」
お皿の上には鮮やかな緑色のおはぎが二個。早速ひとくち、ふたくち……うん。
「おいしい。良く出来てる」
「ありがとうございます」
日本基準で言うならコンビニで売られているものにちょっと及ばないけど、家庭料理としては充分に合格ラインというおはぎが出来ていた。特に品種改良もされていないような材料から作ったと考えれば、その腕前は相当なものだろうね。
「しかし、問題が一つ」
「何かしら」
「現状のレシピでは一度に二十個程度しか作れません。かかる時間、手際なども考えると開店直後は一日に二、三回作る程度かと」
「問題ないわ」
量を増やせば水の量とか加熱時間が変わってくる。それを試す時間的余裕は現時点では無い。だけど、最初は招待状を送った貴族にしか販売しないから問題は無い。




