13-10
「触らない方がいいと思いますよ?」
「え?」
「それの向こう側から魔族が来てるって事は向こうの世界に繋がってるってことなので、下手に触ると向こう側に落ちちゃうかもしれません」
「フム」
ああ、これアレだ。「押すなよ、絶対押すなよ」の流れだ。
「向こう側に落ちちゃった場合、命の保証は出来ませんよ?」
「え?」
「この周囲の変な感じの空気で満たされていたら窒息するかもしれません。それに向こうに魔王が待ち構えていたら?あと、慌てて私が追いかけても同じ所にでられるかどうかもよくわかりませんし」
「しかし、向こう側にいる魔王が原因なんだろう?」
「魔王が向こうにある国の数だけいるらしいんですよ。つまり国王が魔王と言うことらしくて」
「なるほど」
「あと……戻ってこられないとお子様たちに会えなくなり「さっさと破壊しろ」
うん、アメリアさんの扱い、わかってきたわ。
いつものようにコアの中、向こう側に魔法をたたき込むと、ピキピキとヒビが入り、パリンと割れる。
「これ、向こう側はどうなったんだ?」
「見てないから何とも言えませんが、多分数キロ範囲が焼け野原、ならマシなレベルでは無いかと」
「はは……」
アメリアさんが乾いた笑いをこぼすのとほぼ同時に天井にピシとヒビが入る。
「さて、脱出しますよ」
魔法で岩を操作して三人まとめてすっぽり覆うようにして、ヴィジョンにゆっくりと持ち上げてもらい始めると、一気にダンジョンの崩壊が進み、岩の球体の表面に瓦礫があたる音が絶えなくなる。
と言っても、私がずっと魔法で強化し続けているので壊れたりする心配は無い。ただ、そのままにしていると地面に埋まったままになってしまうので、脱出を急がねば。
「ぷはっ」
「ふう……風が気持ちいいですね」
「ああ」
何とか脱出した私たちは、軽く泥汚れをはたき落としたのち、ダンジョン入り口へ向けて移動を開始しようとしていた。
「どうだ?」
「全員脱出済みで、特に問題なしとの返事です」
「そうか」
念のため、領兵が無事に脱出していたか確認したけど、早めに連絡しておいたのと、そもそも私たちと同行していた皆さんがそのまま全員外に出るようにしていたため、損害ゼロ。
ダンジョン崩壊の音と振動で馬が怯えたのと、思ったよりも広範囲に崩れたので、テントが一つ潰れてしまったらしいが、その程度なら何と言うことも無い。
「ダンジョンの入り口まで、どのくらいあるんだ?」
「三キロ……四キロくらいですね」
「よし、レオナ。運んでくれ」
「はい?」
是非とも一度空を飛んでみたいというアメリアさんの要望に応えることにしたけど、リリィさんもうれしそう……うん、やっぱり姉妹だわ。
ヴィジョンの上にアメリアさん、そしてリリィさんをヴィジョンが抱え、私をリリィさんが抱えるという四段重ねで飛ぶと、二人とも大はしゃぎ。
「もっと高く」とか「もっと速くできないか?」とか、満喫しすぎでしょうと思いながらダンジョン入り口まで戻ると……領兵の皆さんもうらやましそうに見ていた。
「素晴らしいぞ。これは何としても魔法による飛行方法の確立を研究せねば」
「戻り次第、人員の手配をかけます!」
「うむ。頼むぞ」
まあ、領地の運営さえしっかりしていれば問題ないと思いますけどね。
そして飛ぶこと数分。ダンジョンの入り口へ到着。領兵さんたちにがビシッと整列して出迎えられた。
「準備はどうだ?」
「問題ありません」
「よし」
事前連絡により、引き上げる準備は万全。そして帰りは急ぐこともないので後追いで到着していた馬車に乗せられ、普通の速度で帰り始めた。アメリアさんのヴィジョンでフル加速するというのを活用すること自体はいいんだけど、それに頼りすぎる体制というのもよろしくないし。
あとは、私がこのフォーデン伯爵領をのんびり見てみたかったというのもある。ほら、今後の領地運営の参考になる何かがあるかも知れないし。
「へえ……結構遠くまで畑があるんですね」
「ん?そうか?」
「はい。オルステッドの領都はあまり遠くまで畑が無かったと思います」
「ああ、そう言うことか」
「オルステッドの方は地理的な理由で商業都市だからな。周りにはあまり畑が無いんだ」
「逆にウチの領都はすぐ近くにも農村が多い、農業酪農都市だからな」
「なるほど」
「と言っても、これだけ離れた辺りだと、栽培しているのは家畜の飼料にするものばかりだが」
「へ?」
「どうした?何かおかしいか?」
「えっと……」
見たところ周囲に広がっているのは葉物野菜のようなんですが。
「家畜って牛とか」
「そうだな」
確か足が六本だか八本あるんだっけ?基本的な性質は地球の牛っぽいらしいけど、現物は一度も見たことが無い。
「あんまり葉物野菜みたいのを与えるってイメージが無くて」
「え?」
「え?何かおかしいことを言いました?」
「あ……あ、そうか。うん、そうだな」
アメリアさんが説明が足りなかったなと補足する。
「アレは根菜でな。葉の部分は鶏に食わせて、根っこの部分を牛に食わせるんだ」
「根っこ?」
「ああ。見た目はうまそうに見える白い大根っぽいんだが、全体的に灰汁がすごくてな。人間が食えないことも無いが、本当に食えないこともないと言う、中々ひどいものだぞ」
「そんなひどいもの、良く牛が食べますねえ」
「栄養は豊富らしくてな。与えているところは何度も見ているが、モリモリ食べるぞ」
「へえ」
「で、興味を持ってかじってみたが、ひどいものだった」
「ははは……」
「一応、甘みのようなものはあるんだが、それを完全に上書きするような苦みというかえぐみがな」
え?甘み?
「ちょ、ちょっと馬車を停めてください!」
「は?」
馬車を飛び出して畑へ駆けていくと、ちょうど近くで作業をしていた人がいたので声をかける。
「あのっ」
「へ?あ、はいなんでしょ……って、うわわっ!りょ、領主様の?!」
領都やその近くに住んでいると言っても、基本的に領主というのは雲の上の人。いくらその人となりが良い人だと聞いていても、いきなり領主の紋章のついた馬車から出てきた人に話しかけられたら誰だって驚くだろう。
ましてや私の格好はそれなりに動きやすい、エルンスさん作の服(2作目)で、見た目こそ動きやすさ重視の冒険者風だが、細かいところの作りはもちろん、その生地が高級品というのはすぐわかる。つまり、ダンジョン探索から出てきたばかりで少々汚れている私もそれなりの身分だとすぐに推測出来るわけで、いくら後ろめたいことが無い人間でも、何があったかとうろたえるのは仕方ないだろう。
「これ!これなんですが!」
「あ?ああ……これ……スルツキね」
「スルツキって言うんですか?」
「あ、ああ」
「す」
「す?」
「少し分けていただけませんか?」
「は?」
「馬鹿もん、レオナ」
「あ痛っ」
慌てて追ってきたアメリアさんに頭をはたかれた。
「驚いてるだろうに。もう少し話の順序というものをな」
「あ、あはははは」
とりあえず落ち着いて私の名前と素性を名乗り――この時点でさらに驚かれた――この作物の名前と使い道が確かにアメリアさんの言うとおりのものであることを確認。
「何に使うのかわかりませんが……欲しいのでしたらどうぞ」
ひと抱えほど差し出されたのだけれど、
「え?えーと……タダでもらうわけには」
「いいって、このくらいどうって事ないさ」
「いいんですか?」
「ホレ、持ってけ持ってけ」
「ではありがたく」




