13-7
「右前方、魔物の気配」
「回避は?」
「無理です」
「撃破しろ」
「はっ!」
山の麓辺りになると、魔物の生息するような森になっていて、どうしても進路上に魔物がいる事が避けられない。が、この速度だ。兵が槍を真正面に構えているだけで、対応が終わる。
「とおっ!」
「そりゃっ!」
かけ声と共に突き出された槍に魔物が突き刺さり、そのまま振り払われる。
そこそこに魔石とか肉や骨、皮と言ったような素材に価値があるけれど、今は放置。回収するために足を止めると、アメリアさんのヴィジョンの力が維持できないんだって。とっておきらしいので、一度使うとしばらく使えないらしいから、そこは納得。そして私が拾いに行ってもいいけど、止めておく。
放置する事で、同種の魔物が危険を察知して森の奥の方へ引っ込んでくれるのも期待している感じだ。
「さて、見えてきたぞ……アレだ」
アメリアさんのその言葉から一分足らずで到着した。
そこには山の斜面にぽっかり開いた穴があり、その周囲に数名の兵士がテントなどを設営していて、私たちを出迎えていた。
「お待ちしておりました!」
「うむ。状況は?」
「はっ!まず……」
ここまで同行してきた兵士たちが馬を下りて、装備の再点検をしている横で、アメリアさんが警戒に当たっていた人たちから状況報告を受けているのを何となく聞く。
私からの連絡を受けて、このダンジョンをチェックし続けていたが、どうやら一昨日辺りから魔物の質が変わったらしく、少し警戒を強めていた事。現時点での兵士への被害は軽微だが、通常のダンジョンでの討伐より大きいとの事。
「なるほどわかった」
最後に、誰がどの辺りにいるという情報を確認したアメリアさんが、テキパキと武装を整えていく。ヴィジョンの力を最大限に発揮するために、ゴツい全身鎧は着られないそうだが、要所要所を魔法的な金属で補強した防具を身につけると、リリィさんとは違ったタイプのザ・女騎士という感じに仕上がった。
何これカッコいい。
思わず見とれてしまったが、アメリアさんの「では行くぞ!」の声で我に返る。
「やっぱり一緒に行かれるんですか?」
「何度も言わせるな」
「わかりました」
議論するだけ無駄だとわかっているからしないけど、注意だけはしておこう。
「詳しい状況は直接見なければ何とも言えませんが、見た事も聞いた事もないような魔物も多く現れます。あとはさらに強力な魔族も」
「うむ。腕が鳴るな」
「鳴らなくていいです。私が対処しますので」
「そう言われてもな。なあ、リリィ?」
「ええ、もちろん」
ダメだ、これ。
「そうだ、レオナ」
「はい」
「これを持って行けるか?」
「剣?」
「ああ。強い魔物という事は、普通の剣では耐え切れん相手の可能性が非常に高い。とっておきを持ってきたんだが、運んでもらえると助かる」
どう見てもそれ一振りで、王都の屋敷が一軒買えるくらいの金額になりそうな剣を一抱え受け取り、アイテムボックスへ放り込む。
「不思議な力だな」
「姉上、レオナの真価はこんなものではありませんよ」
「期待しよう」
「あははははは……」
何を期待されているんでしょう?
そんな事を話している間に同行する兵士の準備も完了。領都からここまで同行してきた人たちが交代でここに残り、今までここにいて周囲の警戒やら何やらにあたっていた人たちがダンジョン内へ同行する。
今さら説得するだけ無駄なので、「では行きましょうか」と中へ。ん?
「ダンジョンの中にも……いるような?」
「念のための状況確認として巡回させている。目の前にわいて出るような事がない限り、だいたいの魔物は排除された状態を維持するようにな」
「私たちが奥へ進みやすくするためという事ですか」
「そうだ。行くぞ」
さすがにここからはアメリアさんのヴィジョンは使わない、というか使えない。自分自身が使うだけならどうという事もないけど、誰かに使うと、その対象の体力をごっそり削るらしいので。と言っても、皆が早足で進む時点で私は普通に走る事になる。身長差に由来するコンパスの違いは如何ともし難いのです。とりあえず不意に魔物が現れたときの対応のため、私が先行するようにして進む。
「順調だな……と言う以上に驚いているんだが」
「何でしょうか?」
「道がよくわかるものだなと」
「神様が教えてくれたんです」
半分本当で半分嘘ですね。マップ機能です。
「随分と神様に好かれているんだな」
「好かれているというか何というか」
使い走りというのが正解かしら?
そんな話をしながら四層目に入ったところで、空気が変わったのを感じた。
「む?」
「これは……」
感じ取ったのは私だけでなく、一緒にいる全員。そして……四層に降りたところに数名集まっている、巡回を担当していた兵士たち。
「これは?!」
「レオナ」
「はい」
そこにいたのは四層を担当していた兵士の内十名。マップで見るとここ以外数カ所にもいるようで、
「他に十名くらい?」
「え?」
その反応が言わんとするところは……っとその前に
「ヒール」
ちょっと危ない感じの負傷者がいたので治す。
「ほう、すごいものだ」
「本当は四層に何名いたのでしょうか?」
「……三十一名です」
「そうですか」
明らかに足りない理由は分かりきっている。
「来たわ」
「リリィ、出来るな?」
「はい」
ズシンズシンと思い足音をさせながら現れたのは全長五十メートルはありそうな地竜。魔物の分類としてはドラゴンに分類されるが、翼はなくて空を飛べない。だが、その代わりにその脚力は空を飛べるドラゴンの比では無いほど強靭で、分厚い城壁ですら軽々と突き破るほど。
通常の地竜ならここの領兵十数名で対応出来るらしいけれど、明らかにサイズがおかしいのよね。普通は大きくても三十メートルくらいらしいから。つまり、対応出来る限界をギリギリ超えそうな状況だったんだけど、無理だったっぽい。
オマケにダンジョン内で地竜の相手をするのはとても大変だ。地竜の最大の攻撃はその脚力を活かした突進。ダンジョンという狭い空間内では避ける事も出来ないまま押しつぶされてしまう。これが外ならいくらでも逃げられる上、進路上に罠を仕掛けて対応できるんだけどね。
んで、アメリアさんに言われるままにリリィさんが一人でスタスタと。
「大丈夫なんでしょうか?」
「問題ない」
「そうですか」
まあ、ラガレットでドラゴン討伐してるし……マズいと思ったら飛び込めばいいか。
「グルァ……ガアアアアッ!」
その存在に臆する事なく目の前に立ち塞がったリリィさんに「邪魔だ、どけ」と言わんばかりに吼えかかり、それでも動く様子がないのにいらだったのか、数回後ろ足でザッザッと地面をひっかいてから突進開始。
イメージ的には採石場みたいなところでしか使われないような超大型ダンプがフル加速して突っ込んでくるようなもので、その鋭い牙を開いた口とかの見た目も相まって、さすがドラゴンとしか言いようのない恐ろしさを感じる突進を、リリィさんはツイと数歩動くだけでかわし、ヒュンッと剣を振るう。
そしてすれ違ってすぐに、ドラゴンが体勢を崩してズシャアッと倒れ、一瞬遅れて首がゴロンと転がった。
「よし、良くやった」
「はい」
褒めるアメリアさんの前で表情を変える事なく、答えるリリィさ……あれ?動かない?
「……仕方ない。ホレ」
「……」
アメリアさんが手を伸ばし、リリィさんをワシャワシャとなでる。リリィさんは無言だが、ヤや伏せた顔はあまり他人に見せちゃいけないレベルでにやけている。
まあ、アレですよ。姉が妹を褒めているだけです。




