13-6
「オルステッド侯爵家のことについてよ」
「侯爵家の?失礼ながらも申し上げます」
「一応聞くわ」
「侯爵家の乗っ取りはお薦めしません」
「乗っ取らないわよ!」
乗っ取るメリットが皆無よ。
「一応聞くんだけど、侯爵家の先代って?」
「数年前に」
「そう……」
「少し体が鈍ってきたので鍛えてくる、と夫婦揃って」
「ちょっと待って、もう少し詳しく」
理解が追いつかない。
「ファーガス様を後継に指名したのにあわせて、侯爵領の隅で隠居しております」
「うん」
「隠居と言っても、レオナ様の想像するような隠居ではありませんよ?」
「聞きたくないけど、簡潔にひと言で」
「ちょうどいい感じに手頃なダンジ「とりあえず聞かない事にするわ」
不穏なひと言が出そうだったよね?
「まあ、とりあえず現侯爵家については全員会ったんだけど」
「はい」
「何というか……うーん」
侯爵夫妻は、方や物理的に最強の貴族、方や最強の盾。長男は歴代最強との呼び声も高い騎士団長で、末娘はそれに劣らぬとも噂される才媛。
「で、長女がフェデリカさん」
「かわいいモノを愛でるのが信条のごく普通の伯爵夫人ですね」
「タチアナの言う普通の基準がよくわからないけど……で、アメリアさんが」
「貴族にしては珍しく恋愛結婚し幸せな家庭を築いていると言う点では珍しいですが、その他はごく普通の伯爵夫人ですね」
「幸せという点については同意するわ」
マーティさん、アランさんはあまり接点がないというか、アランさんはこれから色々付き合いも増えると思うけど……
「これまでの感じで言うとお二人ともごく普通の貴族、かな」
「ごく普通というと語弊がありますね。仮にも侯爵家の子息ですから、そこらの貴族家とは比較にならないほど鍛えられた方々です」
「どういう鍛え方なのかは聞かないでおくわ」
少なくとも、アランさんは私の領地の管理をしてくださっているし、マーティさんはこの先侯爵家を継ぐ事になる方。どちらも領地運営という意味では優秀なんだろうね。
とりあえず、すごい人たちという以上の認識は止めておこうと、それ以上考えない事にしてベッドに。
「あれ?タチアナもこの部屋に?」
「こっそり夜中に出発されないように、監視しろと」
「えーと、あなたに色々指示を出すのって、私よね?」
「アメリア様からのお願いを断れと?」
無理ね。
翌朝、玄関前に集まってみれば、アメリアさんは少しやつれているようで、それでいて気力に満ちているようで……よくわからない状態だった。多分、一晩中子供たちを愛でていて充実している一方で寝不足だったりするのかな。確認はしないけどね。
用意された馬車に乗り、領都を出るとそこで馬車を降りて、各自が馬に乗り換え、領兵が数名追加される。
マリアンナさんとタチアナとはここまで。二人ともオルグさんと共に屋敷で待機。ダンジョンに連れて行くわけにはいかないという判断だけど、
「くれぐれも、服装にだけはご注意を。着替えはキチンと持っているかと思いますが」
「うん、心配するところ、そこじゃないと思うんだけど」
「他に心配する事がありますか?」
「普通は、怪我に気をつけてとか言うんじゃない?」
「……ついでで良いので貞操はお守りくだ「ついでなの?!それ、ついでなの?!」
なお、馬車で街の外まで来た理由は簡単。完全武装した兵と領主の妻が馬で駆け抜けるというのは領民に要らぬ不安を与えるからだ。
武装した兵だけなら、街の外で訓練を日常的に行っているし、定期的に魔物を狩りに行ったりもしているけれど、そこに領主夫妻のいずれかがついたりしたら、何かとんでもない事が起きるのでは?と不安にさせてしまうわけね。
アメリアさんの普段の様子を知っていれば、「ああ、いつものことか」ってスルーされそうな気がするけど、言わないでおこう。
さて、ここからダンジョンまでは……マップで見ると結構距離がある。街を出ても人の目はあるので、ここまで気を回した意味がないのでは?と思う位の距離が。
「ダンジョンまで馬で行くと着くのは夕方頃になりそうですね」
「一時間もかからんぞ?」
「へ?」
ダンジョンまでは直線でも二十キロほどで、ここからだと山を一つ超えたあたりなので、手前にある山をぐるっと回らなければならない。おまけに、比高も二百メートルくらいはあるから、なだらかだけど上り坂だ。一時間もかからずに着けるとは思えない。
「準備はいいか?」
「あの」
「どうした?」
「私はどうしたら?」
私の分の馬がいない。そして、仮に私の分の馬がいても、私は馬に乗れない。
「馬に乗れないのに馬は必要ないだろう?」
「それはまあ、そうですが」
「そして空を飛べると聞いているんだが」
「飛べますね」
「そう言うことで」
「はあ……はい」
「では行くぞ!」
言うが早いか、アメリアさんの両足にヴィジョンが顕現し、キラリと輝いたかと思ったら、その光る粒子(?)がそれぞれの馬に流れていった。
すごくイヤな予感がする。
「とああああっ!」
かけ声号令と共にアメリアさんが手綱を繰ると、馬が駆け出し……いや、姿が消えた。他の馬も。
「えええええええっ!」
「レオナ様、急がないと置いて行かれますよ?」
「う、うん……行ってくりゅ!」
噛んだ。
魔法で風を纏い、すぐにあとを追う。既に姿は豆粒ほどなのでかなり速度を上げて……やっと追いついた。
「ほう。それが魔法による飛行か」
「はい」
「なかなかのものだな。是非とも騎士団で指導して、多くの者が使えるようにしたいものだ」
そう言えば、騎士団から魔法の指導をしてもらえないかって話が来ているとセインさんが言ってたっけ。もちろん無理ですって断ったけど。
「私の魔法は……その……感覚で使っているので、人に教えるというのが難しくて……はい」
「そうか。残念だ」
「申し訳ありません」
「構わん。誰にでも得手不得手はある」
こういうところで、すっぱりと諦める辺りがオルステッド家の血筋なのかしらね。
「ところで」
「はい」
「もう少し速度を上げても大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です」
「なら……行くぞ!」
ドン!と馬が地面を蹴る音が大きく響き……今までの倍くらいの速さに加速された。
「そんな!」
正確な速度はわからないけど、あれ、時速百キロ以上出てるよね。
そして、さすがにあの速度は私の魔法では制御が安定しない。
「コール!追いかけるわ!」
ヴィジョンに抱えられながら馬の跡を追っていき、なんとか追いつく。もちろんこれ以上の速度を出せるけど、こんな低空でそんな速度を出したら何にぶつかるかわかったものではない。
「ほう、それが噂の」
「どんな噂かわかりませんが、私のヴィジョンです」
「是非とも一度、手合わせをしたいものだ」
「お断りします」
「残念だな」
私のヴィジョンは、人型のヴィジョンとしては非常に器用らしいんだけど、私に言わせれば、結構雑。もう少し言うなら、力の加減という点で、実に適当な感じで動く。もしも「手加減して戦って」と指示を出しても、手加減自体が大雑把なので、アメリアさんの速度に追いつこうとしてうごいて……スプラッタな現場が出来そうだわ。
私の場合、敵対しているわけでは無い相手には力が大幅にセーブされるのに、ヴィジョンにはそれがないみたいなのよね。そして、私自身が力をセーブする方法を身につけているわけではないせいでヴィジョンも力をセーブするという事をしない。
もちろん、日常生活的な動きをする範囲では全く問題ないんだけど。
「それにしても、アメリアさんのヴィジョンって、同行する馬にもこんな事が出来るんですね」
「まあな。と言っても、馬にかかる負担は大きいから滅多にやらんが」
そりゃそうでしょうね。




