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「最高速度でついていくと思う」
「でしょうねえ」
他に話さなければならないこともあるし、とリリィさんが階下へ向かうので私もそのあとについていく。何を話すのやら。
「いやあ、実にすごいな」
「本当に驚いたねえ」
少し早い夕食として用意されたのは、歓迎するという気持ちがよく感じられる、丁寧な調理のされたものではある一方で、伯爵家の方針「領主といえども質素倹約」を絵に描いたような素朴な家庭料理であった。何とも矛盾しているようだが、根菜類に味が染み込むように隠し包丁を入れてあったり、小骨の多い魚は骨がとりやすくなるように身がほろほろになるまで煮込んであったりと、細かいところで行き届いている。となれば、私は当然片っ端からパクついていくわけで、リリィさんが呆れたように見ている。
「レオナ……ある意味感心するよ」
「そうれふか?」
「最低限のマナーを守りつつ、お代わりを要求していると言わんばかりのペースで食べていくとは」
「育ち盛りなのでお腹がすくんです」
ズレた会話をする一方で伯爵夫妻との会話はと言うと、先ほどのアメリアさんと私の戦いっぷりに終始している。
「あの程度では全く通用しないというのが実に驚きだ。ひょっとしてレオナ様は、ドラゴンくらいは片手でぶん投げられるのでは無いか?」
「イヤイヤまさか。アメリア、いくら何でもこんな素敵なレディに……まあ、できそうか」
フォローになって無い件。多分できるけどね。やる機会があるかどうかは別として。
ちなみにそんな話をしていながら、アメリアさんは子供たちに「あーん」とかやって食べさせている。でれっでれの顔で。そして上の子たちが食べ終えると先月生まれたばかりの子のおっぱいの時間。私が聞いた感じだと貴族は乳母が面倒を見ると思っていたんだけど、自分でするみたいね。
うっとりするような顔で授乳しているのだけれど、ご飯を終えた一番上の子は少し眠たいのだけれどこちらに興味津々といった感じでトテトテと近づいてきた。
「おねえちゃん」
「はあい。何かしら」
「おなまえおしえて」
「レオナよ」
「れおなよ、っていうの?」
ベタな反応です事。
「私の名前はレオナ。よろしくね」
「れおなおねえちゃん?」
「ええ。あなたのお名前は?」
「カイル」
「そう。カイル、はじめまして」
「はじめあして」
黒髪でやや褐色の肌は父親似なんだろう、可愛らしい笑顔に思わず頭をなでたくなって手を伸ばそうとして……刺すような視線を感じた。チラリと見ると、アメリアさんが目からレーザーでも撃ち出しそうな視線をこちらに向けている。心配しなくても叩いたりなんてしませんってば。何の心配してるんですか。
頭をなでながら椅子から降りてひょいとカイルを抱き上げる。
「わあ」
「ふふ」
平均的な十五歳と比べると身長の低い私でも特に問題なく抱き上げられ、クルクルと回りながらあやすように歩くと、キャッキャと嬉しそう。うん、アメリアさんの視線が色々おかしいわ。微笑ましい一方で、それは私の役目!という感じで。
と言っても、楽しい時間はそれほど長くは続かない。
一番下の子がお腹いっぱいになる頃には、カイルくんもまぶたが落ち始めておねむ状態。こっくりこっくりと船をこぎ始めたのを側にいた侍女に任せようとしたら、アメリアさんがスイッと抱き上げた。すごいな……何をどうやっているのか表現しづらいんだけど、四人全部抱き上げている。
そのまま「寝かせてくる」とスタスタと出て行き……しばらく戻ってこない。
「何かあった……って事はないですよね」
「うん。その……何だ、寝顔を眺めてうっとりしているだけだから」
オルグ伯爵の言葉を受けてタチアナの方を見ると、フルフルと震えている。
「どうしたの?」
「いえ……その……見るに堪えないというか」
「見てたんだ」
「あまりにも戻ってこられないので少し心配で」
そんな話をしていたら、戻ってきました。キリッとした表情だけど、取り繕ったような感じがダダ漏れです。
「さて、明日の件だが」
「あ、はい」
「私とリリィも同行する」
「へ?……はあ……」
「聞こえなかったか?」
「いえ……お二人も同行するんですね」
「そうだ。ダンジョンコアというのを確認し、本当に破壊が必要か、改めて確認させてもらう」
「はい?」
「聞こえなかったか?」
「いえ……ダンジョンコアを確認という事は、ダンジョンにも一緒に入るのですか?」
「そう言ってるんだが……リリィ、レオナに私の言ってる事が伝わっていないようなんだが、私の話し方に訛りがあるのか、レオナが難聴なのかどちらだ?」
あう、何かひどい事に言われてる気がする。
「あの、恐れながら申し上げます」
リリィさんが何て答えたらいいのか困ってしまったので、私からきちんと伝える事にしよう。
「お二人を連れてダンジョンに入るというのは、リスクが大きいかと」
「問題ない」
ばっさり。
「これまでの例では、ダンジョン内の魔物が非常に強く変質しておりました。恐らく今回も同様でしょう」
「問題ない。先程確認したが、リリィもきちんと鍛練を積んでいる。魔物に後れを取る事はない」
「えっと……」
「それに」
タン、とテーブルに手をついて立ち上がり、身を乗り出してきた。
「我が領で起きた出来事を見届けずに、ここでふんぞり返っているなど、領主の妻のすべきことではない」
これ、私には説得無理だわ。
そう思って伯爵を見ると……フルフルと首を振る。リリィさんは……説得しろということは死ねという事か?と言いたげな視線。
「わかりました。ですが、二つだけ約束してください」
「いいだろう」
「ダンジョン内の魔物は本当に危険な強さになっている可能性があります。危険と判断した場合には速やかに私に任せるか撤退を」
「どちらもあり得んがいいだろう。もう一つは?」
「ダンジョンコアを破壊するとダンジョンが崩壊します。ダンジョンに入ってすぐにコアがあるとかでもない限り、そのままでは押しつぶされます。私が物理的な防御手段を講じますので、私の指示に従ってください」
「ふむ……ちなみにこれから行くダンジョンは八層まである事が確認できているのだが、そんな深さからでも脱出できるのか?」
「何とか」
「わかった。それでは明朝、日の出と共に出発するのでそのつもりで」
言いたい事だけ言って出て行った後、残された伯爵とリリィさんがやれやれとため息をつく。
「すまないが、頼む」
「あんな姉だが、この領地の事を本当に心配しているのは確かなんだ」
異口同音とはこのことね。
日の出と共に出発という事はさっさと寝た方がいいでしょうと、私も席を立つ事にして、一つ疑問を口にする。
「……アメリアさん、日の出と共に出発とか大丈夫かしら?お子さんの朝ご飯、一緒に食べられないでしょうし」
「血の涙を流しながら出てくると思うぞ」
ですよねー。
「はあ」
「レオナ様」
「何?」
「ため息をつくと、ため息ばかりつくような人生を送ることになると」
「ため息じゃ無くて、深呼吸よ」
「ものは言い様ですね」
私にあてがわれた客室へ入り、着替えながら改めてアメリアさんだけでなく、オルステッド家の人々のことを考える。
「タチアナ、一般的な質問」
「私に答えられることでしたら。あ、私の異性の好みについてはトップシークレットです」
「どうでもいいわよ、そんなのは」
「そうですか。残念です」
「え?」
「恋バナでもしたいのかと」
あなたとしたくない話ランキングで一、二を争うジャンルね。




