2-5
「ふう……」
背もたれに体重を預け、こめかみに指を立てながらため息をつく。
教会での出来事、何も無かった、何が何だかわからないと言っていたが、嘘だろう。嘘と言っても悪意のある嘘では無く、何か言えない事情があるのか、なんと言って説明すれば良いのかわからないのか、そんなところだと思う。
だいたい、あの少女に悪意があるのだとしたら、今頃……いや、考えるのはやめよう。
さて、これからどうするかを真剣に考えねば。
元々の予定では、この街――ナザレヌ――には二、三日滞在してから、王都に向かうはずだったが、近くの村がゴブリンに襲われそうだと言うことで予定を変更した。
そもそも騎士団の遠征は国内を巡り、魔物を倒して回るという定例の任務。魔物も増えすぎなければ特に問題は無いのだが、時折――気候などの影響で――数が増えることがあり、間引く必要がある。ハンターもギルドを通じて魔物を間引くことが推奨されているが、どうしても手が回らないところがあるため、こうして騎士団が出向く。騎士団の訓練になり、魔物の素材による収入になり、王の威光を示し、民衆の支持を集める、といった一石二鳥どころか三鳥、四鳥の任務だ。だから、この街に来るのも当初の予定からは三ヶ月遅れ。予定通りに進むことが珍しい任務なので、遅れが咎められることはない。緊急の事案が発生することは珍しくないので、問題は無い。
そして村が一つ地図から消えた。間に合うかどうかギリギリだったから、仕方ない。私たちは何でも出来る神様では無いのだから。
村が無くなったことで生じる諸々の手続きは、本来この街を治める領主の仕事だが、今はちょうど王都へ出かけているため、私が代行した。これも別に問題は無い。今この街にいる中で、これを処理できるのは私くらいだし、現場を見ていた当事者として責任を持って遂行するのに何の異議も無い。
ハンター四名が死亡した。これも仕方ない。ゴブリンから村を守るという討伐依頼は、当初D級難易度に指定され、C級ハンターである四名が請け負った。ここまでならどこの街でも聞く、よくある普通の事案だ。多分、年に二、三度はこの国のどこかの街で発生しているだろう。
実際にはゴブリンの上位種がいて難易度はB級以上だったが、緊急の事案で正確な難易度が測れないこともよくあることで、ハンターにもハンターギルドにも落ち度は無い。
万が一に備えて出張った騎士団にしてみれば、ギルドに貸しを作った形になるが、持ちつ持たれつの部分もあるので、そこも別にどうでも良い。
確か規定では、難易度の見込み誤りがあった場合、ハンターギルドがハンターの遺族に補償をしなければならないが、一名、とんでもないことをしでかしていたのでその辺の報告に少し時間を取った。
これもたいした仕事では無い。人として、とても許されない行いをした者には、相応の報いを。私の主義と一致するので、むしろ全力で対処した。あの男の家族がどんな顔をしてギルドからの連絡を受けるのかなんて知ったことでは無い。
その後は、普通なら、村で保護した少女を孤児院などの然るべきところに任せ、王都へ向けて出発するだけのハズだった。
だが、その少女が問題であった。
保護した時にひどい姿だったが、何となく整った顔立ちをしていて、庇護欲がわき、治療をしてから行き先を斡旋しようと思った。
これも今までに一度や二度では無い。基本的にリリィはお人好しで、こう言う子供を見捨てることが出来ず、さらに手を差し伸べるに足るだけの経済力もあって、今までに何人もあれこれ世話を焼いた結果、どこぞの貴族の下で使用人として働いていたり、商人のところで働いていたり。だから今回も、と思っていたのだが、この少女がいろいろと想像以上だった。
まず、十歳くらいだろうと思ったら、実は十五歳だった。どれだけ栄養が無い環境にいたのだろうかと思ったが、両親がいないなどの境遇を聞いて納得した。
そして、しばらく面倒を見ていたら、文字をすぐに覚え、それなりの長さの本を苦も無く読み、比較的高度な計算――二桁の四則演算程度だが――を難なくこなした。今の王国の王子たち二人はとても優秀だと聞いているが、文字の読み書きで二年、計算は三年かかっている。リリィでさえも合計六年はかかっているのだ。三日もかからずにこなしているというのは前代未聞という次元では無い。
そして、皮膚の炎症を治してみたらあの美貌に出所不明の仮面と教会での出来事。もはやなんとコメントして良いのかわからないことばかりだ。
リリィ自身も才色兼備、規格外の才媛とよく言われるが、あの少女は規格外などという単語では収まらない。だいたい、あれと比較できる規格に思い当たる物が無い。
おそらく、本人も自覚していないアレコレがまだまだありそうだ。
あの少女をそのまま市井に解き放ったらどうなるか。彼女の悪意の無い、完全な善意からの行動でどれだけの騒動が引き起こされるか、考えるだけで頭が痛い。行動を束縛できるとは思えないが、せめて事態の収拾しやすいところで見ていなければならない。
仕方ない、とつぶやいて手紙を二通認めた。
彼女の独断で進めてはならない事案だと思うが、今できる最善を尽くそう、と。
「マリアンナ」
「はい」
当たり前のように机の前に現れた彼女にいくつかの指示を出す。
「以上、詳細は任せる」
「承知いたしました」
音も無くマリアンナが出て行く。こちらは彼女に任せておけば大丈夫。
後は自分で動くべきところだけ。さすがにそれは自ら足を運ばねばなるまいと、いくつかの書類を手に部屋を出た。
翌朝、朝食後にマリアンナさんに服を着替えるように言われた
今まで着ていたシンプルなワンピースから、ちょっとなんて言うか、控えめなゴスロリに。
「急に決まったことで申し訳ありませんが、今日、ここを発つことになりました」
「それはまた急な話ですね」
これでお別れか。どこかの施設にでも入れられるのか、そのまま放り出されるかのどちらかでしょう。ただの身寄りの無い小娘ですからね。
この服は餞別代わり?今まで着ていた服の方が平民としてはありがたいんですけど。
「失礼します」
マリアンナさんに抱っこされて外へ。この感触もこれが最後かと堪能……いえ、自重しましょう、こんな時は。
なんか立派な馬車――昨日乗った馬車と違い、どう見ても新品――が停まっていて、そのまま乗せられた。教会に行った時に乗せられた馬車よりも大きいし、馬も二頭立てだ。
はて、どういうことかしら?と思っていたらリリィさんが顔を見せた。全身鎧でこそないものの、それなりの重装備。一体何が?
「レオナ、念のためにもう一度確認するが、どこにも身寄りは無いな?」
「ええ」
せいぜいあの商人さんが顔見知り程度です、と添える。
「今から、私の実家へ向かう。馬車で七、いや八日間の予定だ」
言いたいことだけ言うと馬車の扉が閉められた。
リリィさんの実家に?どゆこと?
御者台にマリアンナさんが座り、馬車が動き出した。
八日間かかる距離かあ。結構遠いんですね。
……商人さんに一言お別れを言っておきたかったな。
ガラガラと音をさせながら馬車が進む。
が、走り出して五分もしないうちに馬車が止まった。どうしたのかな?と思っていたらリリィさんが扉を開け、「これを被ってくれ」とつばの広い帽子を渡してきた。渡されるまま、その真っ白な、深窓のご令嬢によく似合いそうな帽子を被るとすぐに抱き上げられて馬車から降ろされる。
どこかの店先?あ、マリアンナさんが店の奥から出てきた。それに続いてきたのは……
「おじさん!」
「レオナちゃんかい?」
「はい」
帽子と仮面を外そうとしたがリリィさんに止められた。
「ひどい火傷だって聞いたけど、大丈夫なのかい?」
え?と思ってリリィさんを見る。
「ええ、額から頬にかけて跡が残ってしまいました。あと、髪も鬘で隠さなければならないほどに」
そういう設定ね。じゃあ、それっぽく答えよう。
「でも、もう大丈夫です。とてもよくしてもらっているので」
口元に笑みを浮かべ、元気よく伝える。多分、この台詞が正解だ。
「この子の面倒は私が責任を持つ。安心してくれ」
「宜しくお願いします。レオナちゃんはとても素直で良い子です。あんなことになってしまいましたけど、どうか……」
「ああ、本人が嫌がっても、無理矢理幸せにしてやります」
「そ、そうですか」
そんなやりとりの後、リリィさんに抱き上げられて馬車に乗せられる。無理矢理幸せにって、プロポーズみたいな台詞ですけど、良いんですか?本気にしちゃいますよ?
「リリィさん」
「何だ?」
「ありがとうございます」
「た、多分気にしているだろうと思ってな。当たり前のことをしているだけだ」
「それでもです。ありがとうございます」
「ん……どういたしまして」
そんな照れてる姿を見たらちょっといたずら心が。
「リリィさん、大好き!」
「はうっ」
よしっ!
……またあの商人さんの名前聞いてないよ。




