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前話で書きそびれた部分があったので追記しています。
大したことではないのでスルーも可です…
反射的にしゃがみ込むと、すぐ上を剣が薙いでいき、その直後、高速の足払い。
「ひいいっ!」
これまでのダンジョン踏破で、それなりに魔物との戦闘を繰り返した結果、何となく身についていた程度の戦闘技術……つまり、カンで避け続けたのだけれど、ここまでが限界。
背中にガツンと衝撃を感じ、慌てて体をひねって衝撃を逃がすと、真上からのかかと落としだった。
時間感覚操作、十倍。
さすがに百倍とかはやり過ぎだろうと抑え気味にしつつ、起き上がりながらアメリアさんの方へ……って、いない!
すぐ右後ろから繰り出された左拳をギリギリで避けつつ距離をと……ダメ、回り込まれてる!十倍速で、対処しきれない速度?!
完全にダメ、と言うタイミングで振り下ろされた剣は、私の左肩にトン、とあたったところで止められた。
満足げに笑みを浮かべて「このくらいにしておこう」と、告げられて終了。
「はあ……えっと……あの」
「充分でしょう」
「え?」
「今の程度の攻撃にあそこまで対応できるという事は、魔物相手ならもっと、でしょう?」「ま、まあ……はい」
「そして、聞いている限りでは……南のラガレットで強大な魔族相手に戦ったとも聞いています。街一つ消し飛びかねない攻撃を防いだとか」
「えーと、はい。確かに」
「リリィが嘘偽りを言う事は無いと信じていますが、それでも力量は見ておきたかったので、失礼ながら不意打ちのような事をさせていただきました」
「あ、あはははは……」
こういうときに何て返事すればいいのかしら?
「それでアメリア、どうなんだね?」
「徒手空拳では私が全力で戦って、いいとこ引き分けに持ち込めるかどうか。魔法込みにされたら全戦全敗でしょう」
「そうか」
「ダンジョンから侵攻してくるという異界の魔王にその配下。騎士団の報告にあった強さは……恐らく報告に書かれていた以上の可能性もありますね」
「騎士団からの報告に偽りがあったと?」
「いえ。あの兄が正式な書類に嘘偽りを書くなんて事はあり得ません」
おお、結構どころか絶対の信頼ですね。
「恐らく、その力を把握しきれなかったか……いくら報告書に記載しても伝えきれない程か」
「それほどか」
「王都南部の平原が一面の荒れ地になったと言うのも納得です」
うーん、会話自体は、仕事の出来る男女がキリッとした感じで交わしているように聞こえるんだけど、実際には二人が実に親密に抱き合って、放っておけば乳繰り合いながらになる寸前。仲がよろしい事で。
「私、何を見せられているのかしら」
「レオナ様、これがここの日常でございます」
「あ、そう」
貴族の娘がどこかに嫁ぐ場合、側仕えを連れて行く事が認められているが、よほどの何か特別な事情が無い限り、連れて行けるのは一人まで。だから側仕えの補助だったタチアナは侯爵家に残ったわけだけど、結婚する時には同行して、数日間は世話をしたそうで、その間にずっと見せられていた光景なんだってさ。
二人とも公私はきっちり分ける人で、執務中はそれこそ意見がぶつかり合う事もあるそうだけど、「じゃ、仕事はここまで」となると、人目もはばからずいちゃいちゃし出すと。
さすがに屋敷の外では控えるらしいけど、屋敷の中ではお構いなし。彼らの認識では使用人も家族のうちなので、気にしないんだって。うん、砂糖を吐きそうって表現があるけど、今ここで体験してる。
詳しい話は中で、と言う事で一旦客間に通され、タチアナが用意した服へ着替える。
「二十一秒でしたね」
「え?」
「侯爵家の方以外で、こんなに長く立ち会ったのはレオナ様以外に覚えがありません」
「そう」
「騎士団では秒殺の女王と恐れられています」
「騎士団で何があったのかは聞かないわ」
あとから聞いた話だけど、レイモンドさんが騎士団長になる前、当時の騎士団長の指示のもと、模擬戦という名の実戦訓練が行われたらしい。
そして騎士団の約二百名がアメリア様になぎ倒され、どうにか互角に打ち合ったのが、当時騎士団に入ったばかりのレイモンドさんと各部隊の隊長と団長。
その時点で一対五なんだけど、五分と経たずに隊長たちが倒されたところで、時間切れ。レイモンドさんの昇格と、騎士団の訓練メニューの大改良が行われた結果、厳しすぎる訓練になるのではと言う噂が広まり、一時、騎士団に入ろうとする者が減ったという。
「オルステッド家の人たちって、基本的に歩く伝説みたいな感じなのかしら」
「否定はしません」
「はは……」
「ちなみにレオナ様は空飛ぶ伝説と呼ばれ始めております」
「それ、タチアナが広めてるのよね?」
「中々広まらないのが課題です」
広めなくていいからね。
「さて、リリィさんのところへ行きましょう」
「はい」
着替えを終えるとリリィさんのところへ。
ドアノックに応じたマリアンナさんに促されたベッドの上で、完全にダウンしたリリィさんを発見。
「レオナ……無事だったか」
「それ、私の台詞です、多分」
見たところ怪我らしい怪我は無い……かな?
「リリィお嬢様は必死に戦われました」
「はあ」
「十一分」
「へ?」
「これまでの記録、七分半を大きく上回り、十一分も戦われたのです」
うわあ、あの人外と言って差し支えの無い高速戦闘を十一分も。そりゃあ……全身ボロボロになりますわ。
「ひぎっ!くっ!」
うん、筋肉痛……ね。
「治るかどうかわかりませんけど、やってみますね。ヒール」
どうやら筋肉痛にも効くらしい。
「ふう……治してもらって言うのも何だが、筋肉痛まで治せるとは驚きだな」
「あはははは……」
「で、どう思った?」
マリアンナさんに色々と仕度されながら、実に答えづらい質問をしてきた。
「何て言うか、手も足も出ませんでした」
「そうか……で、レオナが本気を出したらどうなる?」
「色々と恩のあるオルステッド侯爵家の関係者に出すわけないでしょう?」
「それはどうもありがとう」
「でも、予想以上に強かったのは確かです。もしも使っている武器が魔力によって強化されてるような武器だったら、ちょっと危なかったかもしれません」
「それは無い」
「へ?」
身支度を終えたリリィさんが立ち上がる。
「足元、見たか?」
「足?」
「膝まであるような脛当てをしていたと思うが」
「えーと……ああ、してましたね。なんで足だけ防具を着けていたのか疑問でしたけど」
「あれが姉……アメリアのヴィジョンだ」
「はあ」
「極めて単純だが、移動速度がとんでもなく上がる」
それであんな高速移動を?でも、移動速度の向上だけでは私の反応速度についてきたのは……あ、そうか。そういう感覚というか、反射神経的なものも強化するのかな?
「ちなみに、上がるのは移動速度だけで、それに合わせた高速戦闘は姉の元からの才能だな」
「マジですか」
「ちなみに、姉がヴィジョンを使うのは魔物や盗賊のような手加減不要な相手のみ。レオナよりも私が持ちこたえたのは、ヴィジョン無しだったからだ」
私、手加減不要というか、問答無用な感じだったのね。
「それともう一つ。武器を持っていると移動速度が落ちる。武器が重ければ重いほど遅くなるから、素手が一番速く、強い」
そうか。まあ私も十倍までしか上げていなかったけど……百倍でもついてきそうな予感がする。予感というか確信に近いかも。
「さて、とりあえず行こうか。姉の様子を見る限り、とても機嫌がよかったし、歓迎してくれている感じもするし」
「あの」
「ダンジョンに急ぎたい気持ちはわかるが、今ここで「それじゃ私は行きますね」とやってみたらどうなると思う?」
予想したくないなあ。




