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「そしてアメリア様が家族以外の人物を評価する基準は、強いかどうか、です」
「えー」
「と言っても、その強いというのは武力だけではありませんが」
「ん?」
「例えば、計算に強いとか、料理の腕前とか。ですので、例えば私に関して言えば、周辺調査、探索能力に長けているとして一定の評価をいただいております」
「なるほど」
「しかしながら、レオナ様に関しての情報は、現時点で先方に伝わっているものは、王都防衛戦での活躍を始めとしたものばかりでして」
「そりゃそうよね」
お店を開くだのなんだのって、まだ大っぴらにはしていないことだし。
「そう言ったわけでして、アメリア様がレオナ様を見極めるとしたら、武力であろうという判断の下、周囲への被害を少しでも軽減しようとリリィ様が先行しました」
「うん、意味がわからない。私を見極めるってどういうこと?」
「レオナ様は貴族の結婚というものをどのように捉えておいででしょうか?」
「また、唐突に話が変わるわね……貴族の結婚って、政略結婚でしょ?」
だいたい一般的にそういうものだと思う。あとは、ここ最近「知っておいていただきたい事ですが」という前置き付きでいくつかの貴族家の名前を聞かされているのだけれど、どれもこれも政略結婚している、と教わってる。
え?知っておかなきゃならない理由?よくわからないけど、新しく作る店の招待状を送る、送らないの判断をしていて「積極的に関わった方がいい相手」と「距離を置いた方がいい相手」なんだそうな。
「フォーデン伯爵家へアメリア様が嫁いだのは、世間的には政略結婚です」
「それはまあ、わかる」
「そして、政略結婚と言えど結婚したら、実家とは一定の距離を取ります」
「ふむ」
「実家よりも嫁いだ先を優先というのが基本ですね」
「ま、そうでしょうね」
「そして、嫁いだ先をそれなりに盛り立てていかないと、実家の評価も落ちますので、それはもう大変だそうです」
貴族って大変よねえ。と言っても、日本でも結婚したあとに「あの嫁が来てから云々」ってのはたまに聞く話なので、どこにでもある話なのかしらね。
「さて、レオナ様の訪問目的はダンジョンに入ってダンジョンコアを破壊する事ですよね?」
「まあね」
「ダンジョンがその地域にとって貴重な資源である事は」
「承知してるわ」
「その貴重な資源を生み出すダンジョンを破壊するというのは、フォーデン伯爵領にとってそれなりの痛手です」
「ま、それもわかる」
「ちなみに、場所の特定をして連絡をしたところ、その日のうちに伯爵領で予想される損害が報告されてきました」
「仕事が早い!」
「そのくらいの事は軽くこなす程度にアメリア様は優秀という事です」
何だかんだ言って、侯爵家の人間は優秀だと思う。何となく武力優先で脳筋っぽいイメージが強いけど、王国で最大級の領地を穏やかに運営している手腕は見事で、実は頭脳派であることもよく知られている。
「ちなみに添えられていたアメリア様からの伝言がありまして」
「何て?」
「私の愛するフォーデン領に損害を与えなければならないほどの危機かどうか、しっかり見極めたいと」
「それで私の実力を見極める流れ?」
「はい。アメリア様でどうにも出来ないほどの危機なのかどうかを判断したいと」
「それでリリィさんが」
「人間がどうこうできる次元では無いという説得と、説得が無理なら少しでもアメリア様の体力を削って、周囲への被害を軽減したいと」
うん、意味が全くわからない。
「はあ……一個質問」
「はい」
「嫁いだ先の領地にそんなに愛着が出るもの?」
「ええと……順番が前後しましたが、一つ訂正を」
「うん」
「アメリア様は世間的には政略結婚ですが、実際には恋愛結婚です」
「あらま」
「貴族の子息が通う学院で現フォーデン伯爵、当時の伯爵家長男に出会いまして一目惚れして猛アタックをしたと」
「何か、聞いてる限りだと物理的にアタックしてそうね」
「否定はしません」
「しないの?!」
「そして在籍中に周囲への根回しを完璧に済ませて婚約。卒業後に所定の手順を経て結婚したのが五年前です」
「はあ」
「ちなみに先月四人目のお子様が産まれまして」
「夫婦仲のよろしい事で」
「子供を護るためなら何でもするという」
「子連れの熊が危険、みたいな感じ?」
「だいたいあってますね。まあ、熊の方が穏やかだろうと付け加えておきます」
なるほどね……なんか不穏な一言があった気がするけど気にしないことにしよう。
まとめると、領民の事を大事に思っているのは確かだろうけど、それ以上に家族の事を考えている、といった感じ?なんというか……両方がごちゃ混ぜになってるような気もするわね。
「もう一個質問」
「はい」
「質問というか、タチアナの感想でいいんだけど、その状況でリリィさんが何かを言って、解決するのかしら?」
「しないと思います。むしろ悪化させるのではないかとも」
はあ、とため息を一つついて付け加えておく。
「リリィさん、無事でいられるかしら?」
「難しいでしょうね」
参考になるのかならないのかわからない話を聞いているうちに目的地に到着。
えーと、マップ表示で見ると、リリィさんは……建物の中にいる?そして玄関先に並んでいる男女二人がフォーデン伯爵夫妻。
伯爵自身は、特に鍛えているというふうでも無い、中肉中背で、顔立ちも穏やかな感じ。そしてアメリアさんは、エリーゼさんを少しシュッとさせた感じかな。
タチアナに続いて馬車を降りた私の元へ二人がやって来て、挨拶。
「ようこそ。私がオルグ・フォーデン伯爵です。そしてこちらが」
「妻のアメリアです」
「ご丁寧にどうも。レオナ・クレメルです」
「さて……今回の訪問、我が領にあるダンジョンに異界の魔王がやって来るとの事ですが」
「そうですね。詳しい話は「その前に!」
ビシッとアメリアさんが私を指さす。えー、それ失礼に当たるんじゃないの?
「私が自ら、見極めさせていただきます」
言うなり、羽織っていた外套をバサリ。動きやすそうな膝辺りまでのスカート……って、貴族が客人を迎える格好としてはNGですよね。あと、妙にゴツい脛当てがとてもアンバランスです。他の防具が無いのに。
「ホンの少しの手合わせを願います」
すらりと細剣を抜いてこちらに突きつけ、勝手に開始の合図を出した。
「行きます!」
私は承諾してないんですけど。
とりあえず状況……うん、タチアナは既にかなり離れた位置に。馬車も私が降りたあとにさっさとこの場を去っている。そして、伯爵とずらりと並んで出迎えていた使用人たちも距離を取っている。
これがここの日常なのかしら?
とりあえず、思ったよりも遅い踏み込みの一撃を、トンッと後ろへ飛び退いてかわす。
手合わせって……何をどうしたら終わるのかしら?
そんな事を考えながら着地……って、追撃!速い!
軽く跳んだだけと言え、五メートルは下がったはずなのに、着地するまでの間にその距離を詰めてきた?!
ブンッと横なぎの一撃。身をかがめてかわしつつ反対方向へ。服が汚れるとか気にしている場合では無いので、ゴロンと転がりなが……って、すぐ目の前にアメリアさんの右足!
ブオッと巻き上げられていく風圧を感じながら体をひねって飛び退き、すぐにアメリアさんの方へ向き直……いない!
 




