13-2
「砂糖の件です」
「砂糖?」
「はい。クラレッグが現状集められる豆と麦、それから一日に作れるであろう量を計算しているのですが」
「うん」
「アレは、大量の砂糖を使いますよね」
「そうね」
お菓子だし。
「予算的な事ならなんとでもなると思うけど?」
なんなら販売価格をつり上げてもいいとさえ思ってる。貴族ならお金も持ってるでしょう?
「すぐにどうという話ではないのですが、いずれ貴族以外にも売り出すのですよね?」
「そうね。いつになるか未定だけど」
「そうなると王都中の砂糖をかき集める事にもなりかねません」
「それは……それくらい売れるだろうという予想をしているって事?」
「はい」
「なるほど」
他の国はともかく、フェルナンド王国では砂糖はそれほど貴重品ではない。
もちろん、私の育った村ではほぼ入手は出来なかったと言うか、私に砂糖を買うような余裕はなかったんだけど、だいたいの街や村で砂糖は売られている。ちょっとお高いから気軽に使えるわけではないけど、庶民の手が届かないと言うほどではない。
だけど、あんこを作るには砂糖をドバドバ入れる。恐らく、この世界の一般的なお菓子での使用量以上に。
「開拓村で砂糖を作るしか無いのかしら」
「難しいでしょうな」
砂糖の原料であるサトウキビは王国の南の方、マリガン伯爵領とその周辺でしか栽培できない。気候的な理由で。そして、マリガン伯爵領もサトウキビだけ作っていればいいというわけでもないから、生産量を今以上に増やすのは難しい。そして、比較的北の方にある王都周辺、つまり私の領地付近では育たないそうだ。テンサイとかあればそれで作れるだろうけど……こっちの世界でなんて呼ぶのかわからない。
「状況はわかりました。けど、すぐに解決できる案も思いつかないわね」
「レオナ様でも、ですか」
「私にも出来る事出来ない事がありますし」
何となく、適当にサトウキビを植えて「元気に育て~」ってやったら育ちそうだけどね。
「とりあえず、どうするかは検討課題とします。売れ行きと砂糖の流通量を見ながら、経営の責任者と相談という事で」
「わかりました」
問題の先送りと言えば聞こえが悪いが、我が家の事業なのだから安易な判断はしない。
専任の責任者を迎えるなら、その者の判断も重要だろう。そんな辺りで、ちょうど私の食事も終わり、食後のお茶、というところでシーナさんが入ってきた。
「失礼します。ソフィー男爵より、連絡が入りました」
「ソフィーさん?何かしら?」
「ラガレットから芋が届いたと」
「芋?」
「はい。何でもリンガラ産の芋だと、ゴードル王子直筆の書面付きで」
「あ、あれか……って、王子が動いたのかあ」
私はただおいしい芋を食べたかっただけなのに、大ごとになってる。こっそり送って欲しい……無理か。開通したばかりの道を通る許可はまだ簡単には下りないというか、民間人の行き来は禁止。両国で取り決めた外交の出来る貴族が行き来しているだけの所に私宛の荷物とか、目立たない方がおかしい。
「こちらへ送ってくださいと」
「はい」
シーナさんが返事を送るために退室する。
「芋?」
「はい。とてもおいしかったので、送ってくださいとお願いしたのですが、まさかラガレットの王子経由になるとは」
「はは……好かれてますな。これから大変になりますよ?」
「あの人はお断りしたいです」
そしてついでだからと、ルブロイからも荷物が届く予定だと伝えておく。この世界の物流網だといつ届くかわからないけどね。
「続いてあんこの味見……ほう」
つぶあんとこしあんの二種類。見た目は緑色という点さえ除けば完璧。と言うか、色はどうしようもないか。そしてスプーンで一口。
「ふむ」
「いかがですかな?」
ぶっちゃけ、私が作ったのはただの家庭料理の一環としてのおはぎであり、あんこだって手作りするならこの程度、という感じのザ・目分量。とても売り物にしてはいけないというレベルの雑な作りだった。インパクトの強さだけはあったので、ラガレットに手土産として持ち込んだりしたのがギリギリ許されたというだけで、本来なら自分の家で消費するべきレベルだ。
それがどうだろう。クラレッグさんは王都の貴族お抱え料理人の中で、将来有望な料理人と言われているらしく、その片鱗が垣間見える仕上がりだ。
どちらも舌触りが滑らかで味も均一になっており、日本の和菓子職人は及ばないけど売るのは問題ないかなというレベルになっている。あんこを作り始めてまだひと月も経っていない上にお手本が私という状況で、これはすごいと素直に思う。
「これのレシピが完成したのね?」
「はい。ただ、水加減などが難しく、先日レオナ様が作っていた量程度しか作れないそうです」
「十分でしょう。よく頑張りました、と褒めていたと伝えておいて下さい」
さて、諸々の情報共有は終わったので、お風呂&就寝。明日は東へ向けて出発よ。
翌朝、日の出と共に家を出ると、これまで同様、馬車で王都を出てしばらく進んだところから空へ。
まっすぐ進む事3時間ほどで目的のフォーデン領が見えてきて、街道沿いに止まっている馬車とタチアナの目が見えてきた。
「えーと、馬車に乗った方がいい?」
目がコクリと頷くのが実に器用だと思いながら下へ降り、馬車の傍で待っていたタチアナの元へ。
「お帰りなさいませ」
「あ、うん。ただいま……なんか変な感じがするけど」
「それは仕方ないかと。こんなところで話もどうかと思います。どうぞ」
促されて乗り込んだ車内は……無人。リリィさんは?
「ねえ、この馬車、オルステッド家の馬車よね?」
「はい」
「御者とか護衛が侯爵家の方というのはいいとして、どうして乗っているのがタチアナだけなの?」
「それも含めて説明いたします」
扉を閉めてタチアナが向かいに座ると、それを合図に馬車が走り出した。
「リリィさんが一緒だって聞いてたんだけど」
「今朝から先行しております」
「フォーデン伯爵のところへ?」
「はい」
「えーと……アメリアさんだっけ?侯爵家からこっちに嫁いだって聞いたけど」
「はい」
「シーナさんもセインさんもタチアナに聞けって言ってたけど」
「お二人……というよりも王都の屋敷にいる者は、アメリア様との接点はあまりなかったもので」
「そうなんだ」
「王都の貴族の子息向けの学院には通っておりましたが、全寮制ですので王都の屋敷に来る事はほとんどありませんでしたし」
「それは仕方ないか。で、タチアナはどうして?」
「領都では私が身の回りのお世話を」
「タチアナが?」
「専属の側仕えではありませんが、その補佐として」
「それで詳しいと」
「はい。と言っても3年ほどでしたけれど」
「ふーん……でも、リリィさんが先行してる理由は?」
「リリィ様の言葉をそのままお伝えしますと「少しでも体力を削っておく」と」
全く意味がわからない返事が来た件。
「順を追って説明いたします。まず、レオナ様に質問です。王国で、レオナ様以外で、最も強いのはどなただと思われますか?」
「最も強い……ねえ」
ファーガスさん?あるいは騎士団長レイモンドさん?ああ、でも魔法系としては私に教えてくれたグランバルドさんとかもあるのかな?
「何を持って強いとするかの基準が難しいけど、侯爵家なら魔法以外が基準になると考えて……ファーガスさんかレイモンドさん?」
「そうですね。甲乙つけがたいお二方だと思います」
「でしょ?」
「ですが……そこにアメリア様を加えるべきと言うのが侯爵家の総意です」
マジですか。




