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「そうだ!」
「はい?」
「ナトロアの木の実も一緒に送りますよ」
「いいんですか?」
「特に問題になることはありませんので」
「ありがとうございます」
ついでに栽培方法と、定番レシピも入れてくれるという。ありがたい話だ。でも、栽培はなあ……私としてはルブロイとの間に道を通して輸入してもいいとも思ってる。先の話だけど、その方が色々いいと思うのよ。国家間の交流的な意味で。
「まあ、細かいというか難しい話は偉い人たちにしてもらうとして……あ、これおいしい」
「お口に合って何より、と言うか、これらを何の抵抗も無く食べられるって結構珍しいですよ」
「そうですか?」
「ええ」
「うーん、私は子供の頃、食べるのに苦労しましたから何でもおいしいと感じるんだと思いますよ」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
前世でも子供の頃は食べるのに苦労した記憶が。私の生まれ育った家、特別に貧しかったわけではないけど、山奥の方だったこともあって、半ば自給自足みたいな事をしてたからね。まあ、その時の経験がこっちに転生してすぐに役に立ったとも言えるから、なんとも言えないんだけど。
そんな感じで歓談しながら食事を進める。時折、ダンジョンで私がどんなだったかをボルドさんたちが誇張にしか聞こえないような感じで語る。
「それはないだろ」
「嘘に決まってる」
というリアクションを期待していたのに、誰もが
「有るか無いかで言えば、有るよな」
「あの子に関してはあり得ない、って単語はないだろうからな」
という反応。実に失礼だと思いませんか?オトナの対応として聞こえなかったことにしていますけど。
そして宴たけなわという頃に、リリィさんからの手紙が飛んできた。
「その手紙、先ほども行き来していましたが、フェルナンド王国とやりとりしているのですか?」
「ええ」
あ、ほぼ全員が固まった。国をまたぐほどの距離で手紙を飛ばせるのはどの国でも喉から手が出るほど欲しい人材。どの国でも、かなり好待遇で王城勤めになるような要職。そして、そんな人の手紙がポンポン行き来している私は何なんだという話になるわけで。
「レオナ様……ええと、レオナ・クレメル様」
「はい?」
「失礼ながら……本当に不躾で申し訳ないのですが」
「はあ」
「その、貴族の……えっと……その……どの位の、というか」
ああ、そうか。普通の貴族は「○○伯爵だ」とか名乗るのに、私は「レオナ」か「レオナ・クレメル」としか名乗ってないものね。
「どの位のと聞かれると答えづらいのですが」
「え?」
「私、レオナ・クレメルは、レオナ・クレメルなんです」
「ええと?」
「その……男爵とか伯爵とかいう……爵位?ないんです」
全員が一斉に青ざめて後退り、平伏してしまった。
「どどどどど……どうしよう!」
「どうしようって何が?」
「さっき、名前を呼び捨てにしてしまった」
「ひいい!」
「お前!お前だけだからな!俺は関係ないからな!」
うん、やっぱり爵位のない貴族って……王族相当と言う認識なのね。さっきまで普通に平民っぽくしていたのが、ヤバいってなったみたい。
「あの」
「「「は、はいいいいっ!」」」
「私、貴族と言っても、つい最近なったばかりでして。元々は開拓されたばかりの貧しい村の孤児ですから、そんなに畏まらなくてもいいですよ?」
私としては肩肘張らないで気さくに、と思ったんだけど、ダメだった。
仕方ない部分はあるだろう。
私自身、村にいた頃は貴族の貴の字も知らずに過ごしていたが、大人たちはきっと貴族とはどういうものかを知っていたはず。そして、その「貴族」というのはどういうものなのか。
フェルナンド王国では貴族というのは王様の部下。言うなれば、株式会社フェルナンド王国の従業員。爵位は課長とか部長といった役職とほぼ同義で、全員が社長である王様の指示のもと、会社業務である国家運営という事業を回している。その上で、平民というお客様へ街や村の街道整備や、魔物や盗賊の討伐による治安維持と言ったようなサービスを提供し、対価として税金を集める。事業が事業だけに全員が高給取りである一方で、重い責任を担っており、大きな功績を残せなければ三代でお家取り潰し、退職。要するに公務員のような位置づけで、偉そうにしている貴族もいるにはいるが、偉そうにしているヒマがあるなら仕事をしろと言われるようで、物語に出てくるような悪徳商人と手を組んで悪事を働く貴族というのはあまりいないらしい。あまり、というのは少なからずいるのは事実で、数年に一人程度、悪事が発覚して物理的に首が飛んでいるとの事。そして、そんな環境だから貴族に対してタメ口をきいてもあまりとやかく言われる事はない、らしい。
まあ、最低限の敬意を示すのは人として当たり前の礼儀というのは言われているようだけどね。
では、他国はどうなのかというと、コレがまたよくわからない。が、伝え聞いた限りでは、貴族の前を横切っただけで家族全員吊されるような国もあるという。
日本人の感覚ではとても信じられないが、その国ではそれが当たり前。貴族は基本的に領主で、国王から領地の管理を任され、ある意味ではその一帯の王様として君臨して好きなように統治する。決められた税を国に納め、治安を乱すような犯罪行為を放置するようなことでもない限り、どのように領地を治めるのか口を出すことがないから、やりたい放題になるところもあるとか。
もしかしたらルブロイはそのタイプなのかも知れないね。
つまり、今は「気にしなくていいから」と言っているが、あとから兵が送り込まれて村ごと焼き尽くされる、なんてことを想像しているかも知れない。とりあえず、懇切丁寧に、私に対しては気楽に接してくれていいし、それをあとからとやかく言う事もしない、神に誓って、と説得を続ける。
さて、説得をしながらリリィさんからの手紙をチラリと見ると、あとの事はまた報告を受けてからラガレットと協力して対応するから帰ってくるように、との事。
ダンジョンの件が片付いたのだから、長居しても仕方ない。ナトロアの実の件はよろしくお願いしますと伝え、この場を去る事にする。
「本当にその……申し訳ないというか」
バイルズさんが代表して述べてくるが……うーん、仕方ない。
「神の遣いの名において、何ら不誠実な事はなく、最大の礼を持ってもてなされたことをここに認めます」
そう言って、仮面を外す。
うん、全員揃って五体投地しちゃったけど、仕方ないよね。
「もしも、あなた方に何か不都合な事を言ってくる者がおりましたら、私に教えてください。私がその者を罰します」
後悔というのはやってしまってからするものだなと改めて反省。
「やっちゃったなあ……」
ヴィジョンに抱えられて飛びながらチラリと後ろを見る。既に豆粒のように小さくなっているけれど、まだ五体投地したまま。でも、あのときどうするのが正解だったのかわからないし、害はないだろうからいいかな?問題がありそうならラガレットの王子に「どうすればいいんですかね?」と相談を持ちかけ……ダメだ、「代わりに結婚を」とか言われそう。
魔王の侵攻という大事の前では小事ということで、そのままにしておこう。もちろん、オルステッド家の方々にも相談はするけど。




