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二人とも最初は大きな声を出していたけど途中からグッタリと……ま、仕方ないか。何も体を保護する物も無しで、時速百キロを超える速度での飛行なんて、気絶しない方がどうかしてるとも言える。
「えーと、これは……その……なんて言えばいいんだ?」
「はは……この子は私のヴィジョンでして、はい」
「「「え?」」」
なんか一斉に驚かれたけど、これはあれですよね。すごく力が強いとかすごい速さで飛んできたとか、そう言う事に驚いているのよね?
「いやいや、そうじゃなくて」
「え?」
「この子の見た目!」
「見た目?」
かわいいですよね?客観的に見て。
「人間と全く見分けがつかないヴィジョンなんて聞いた事がない!」
「そう言われましても……バック」
私の指示でスッと消え、
「コール」
再び私のすぐ隣に現れる。
「うわ、マジだ!」
「なんてこった!」
うーん、かなり驚かれているけど……そう言われてもねえ。
この世界の全ての人間はヴィジョンという、まさに神様から授かったとしか言いようのない能力を持つ、というのは誰でも知っている事。もちろん小さな子供は別だし、ヴィジョンが発現する時期には個人差があるけど。
で、私のヴィジョンのような人間タイプが珍しいかというと、珍しいと言えば珍しいが、珍しくないと言えば珍しくないというのが答え。
なぜならヴィジョンは多種多様だから。それこそ、非生物タイプのヴィジョンを種類別に並べたら、それだけでホームセンター一店舗分の品数を超えるだろうと言うくらいに千差万別。
クラレッグさんのような包丁だったり、リリィさんの手紙だったりと、日用品、文房具、調理器具、農作業具、工具に武器防具。生物タイプも大小の鳥に犬猫や牛に馬、蛇や蛙など数え切れないほど。
つまり、私のヴィジョンのような人間型がどのくらい珍しいかというと、インクの切れる事のないペンとか、重い馬車でも引ける馬とかと同じくらいの珍しさ。
そして、常時ヴィジョンを他人の目にさらして暮らしている人はそれほど多くはない。見せびらかすものでも無いからと言うのが主な理由で。
そんなわけで、私が聞いた限りではフェルナンド王国にも人間型ヴィジョンを持っている方が数人いるらしいけど、王都から離れているし、わざわざ見に行く事もしていないから、見比べた事もない。つまり、人間と見分けがつかないなんて聞いた事がないと言われても、なんとも答えようがないわけですよ。
と言う事で、私が言えるのは実にシンプルな答え一つ。
「そう言われても、私のヴィジョンは最初っからこんな感じですし」
「「「……」」」
あれ?なんで誰も返事をしてくれないの?
おかしい。オルステッド家の皆さんは何も言わなかったよ?むしろ可愛いと言ってくれるレベルだったし。
悩んでも仕方のない考えに耽りかけたとき、私のお腹がぐーと鳴った。
「とりあえず、何か食べましょうか」
なんとも言えない空気は、私のお腹の音とデリアさんによって強引に散らされ、近くに用意されたテーブルへ連れて行かれた。
「えーとですね……レオナさん……いえ、レオナ様と呼んだ方がいいのでしょうか?」
「え?」
「その……詳細がよくわからないのですが、フェルナンド王国の貴族だと伺っていますが」
「ええ……まあ、一応」
「大変申し訳ないのですが、場所も場所で事情も事情故にこのような物しか用意出来ませんでして」
テーブルの上には何かの肉と野菜を挟んだパンに、これまた正体不明の何かの入ったスープ。正体がわからないのは、この地方特有の物を使っているからだろうし、鑑定するのもなんだか失礼な気がするのでやめておく。そして、言うまでもないがこれはハンターが日常的――この場合、ダンジョンに潜ったりしていない、街で過ごすときの方の日常だ――に口にする物と同等なんだろう。
デリアさんの言っているのは、他国とは言え、貴族に出す料理ではないと言うことなんだけど、私にしてみれば転生してから十年間食べていた物よりもはるかにいい物なわけで。
あとは、所変われば食べ物も変わる。この肉とか野菜とか、スープの味付けとか、そう言うのがとっても気になるのよ。
「ん?」
どうぞと出された皿のものを食べていたのだが、どうやら色々と味付けの違う料理があるようだ。
「この肉は?」
「ルブロイの伝統的な味付けなのですが、お口に合わないかと思いまして」
「そうですか……こっちのスープは?」
「それも多分……と」
「ふーん」
肉は何か茶色のソースがかかっており、スープもポタージュとは違う濁った感じ。だが、この香りはまさか!
「肉を一切れ」
取り皿にとって口に入れる。
「こ、これは!」
デリアさんが、「ああ、やっぱり」という反応。
「続けてスープを一口」
レードルで少しすくったのを私のお皿に入れて一口。
「ま……まさか……」
私の反応にデリアさんが首を傾げ、周囲の人たちも「おや?」と集まってきた。
「あの……この肉にかかっていたソースはどうやって?」
「ナトロージと言う調味料に砂糖と白ワインを加えて作る感じです」
「このスープは?」
「トロアという、なんというか表現しづらい調味料があるのですが、それをお湯で溶いた物がベースです」
「えーと、どういう物か見せてもらってもいいですか?」
「いいですよ」
デリアさんとの会話を聞いていたギルド職員が一人、奥へ行って、壺を二つ持ってきた。
「こちらがナトロージ、こちらがトロアです」
壺の中からナトロージをひとすくいして舐めてみる。つづけてトロアをこれまたひとすくいして舐める。
うん、確定だわ。
ナトロージは醤油。トロアは味噌。見た目も香りも味も。
「これ、どうやって作るのですか?」
「えーと……今ここにはないのですが、ナトロアという木の実がありまして」
「ナトロア?」
「ええ。ルブロイでは普通に栽培されてます。で、その実を搾った汁を濾して綺麗にするとナトロージに。絞った残りを天日に干して少し加工するとトロアになります」
神様は味噌や醤油を作るのは無理だと言った。発酵させるための菌の関係で。でも、発酵させることもなく味噌や醤油があったよ。
「あの、レオナさん?」
「はい?」
「大丈夫ですか?」
「はい」
私が黙ってしまったので心配させてしまいましたが、大丈夫だと告げる。そしてさらに、
「これ、もらえませんか?」
「それはまあ、構いませんけど」
「樽で」
「え?」
ハンターギルドの食堂にある程度備蓄されているけれど、さすがに樽サイズはないとのこと。うん、それは私も期待してなかったからいいの。
「では、これで買えるだけ買ってフェルナンド王国のレオナ・クレメルまで送って下さい」
「へ?」
デリアさんに金貨を数枚渡して頼むとまたおかしな顔になった。
「あの、フェルナンド王国って、あの山脈を越えていくって事に?」
「ラガレットからフェルナンドへ抜ける道が出来ていますよ」
「そう言えば、そんな話があったな」
バイルズさんくらいになると所長が知っておくべき情報として回ってきているみたいですね。
「しかし、まだ完全には通れないとも聞いているが」
「大丈夫です。ゴードン辺境伯に私の名前を伝えていただければ通行許可が下りると思います」
「それでも、フェルナンド王国の……どこへ送れば?」
「フェルナンドのイヴァン・マリガン伯爵へ伝えていただければ私の所まで届きますので」
「わかりました」
伯爵という単語がポンポン出てきた時点で、色々察したらしく、快く引き受けてもらえた。




