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実に不思議な女の子だと思う。
魔物相手に圧倒的な強さを見せていたのに、俺たちの作った特にうまいわけでも無いスープをうまそうに食べ、女性陣が髪をいじるのを嫌がる事もない。
着ている物は高そうで、その所作もどこか丁寧で洗練されているので、どこぞの貴族ではないかとも思うが、庶民的なところがチラホラ見て取れる。言葉が通じないのが何とももどかしいと思っていたら、何かを言いながらしきりにお辞儀をして、壁の上に飛び乗ってしまった。多分、感謝の言葉を述べたのだろう。そして、壁の上で見張りをするから少し休憩という事なのかな?
「感謝したいのはむしろこっちの方なんだが」
「そうだなあ」
「ねえ、もしかして壁の上で寝てるのかしら?」
「多分な。魔物が来たらすぐに気づくように、ってことだろう」
「……任せっきりってのはカッコ悪いよな」
「ああ」
せめて見張りだけでも俺たちがしておきたいのだが、大きな問題がある。
「この壁、どうやって登る?」
「「「……」」」
垂直の壁は手をかけられるようなところもなく滑らかで、どうやって登ったらいいのか見当もつかない。
「すっげえ硬いから、かぎ爪を食い込ませる事も出来ないぞ」
「……はあ、情けねえ」
「そうだな。あんな女の子に頼るしかないなんてな」
肩車でもすれば登れるかとも考えたが、上までの高さが七、八メートル。とても届きそうにないので断念した。
「その代わり、朝メシにうまいもの食わせてやろうぜ」
「おう」
「いいね、それ」
五時間くらい寝たかな、というところで起きた。寝不足気味だけどね、集まってきた魔物がうるさいのなんの。
「ふあ……はあ。吹っ飛んじゃえ」
適当に放った魔法で一匹残らず消し炭にして、さて出発しますよと伝えようとしたら、小屋の前で何やらやっている。
「すごくいい匂いがする!」
思わず漏れた声が聞こえたのか、彼らがこちらを見上げて手招きしてる。
えーと、着ている物は大丈夫ね。寝てる間に少し着崩れたところを整えて飛び降りたら、昨日よりも豪華な(?)食事が用意されていた。
スープは適当に具材を放り込んだものでは無く、種類ごとに大きさを切りそろえて、彩りも考えたのか、バランスよく入れたもの。そして、大きめの干し肉をお湯で戻しつつ、何かのタレと香辛料をつけて焼いた串。保存向きな固いパンを軽く蒸して、少しやわらかくしたところにバターをのせたもの。
こんなダンジョンの中では十分すぎるほどのごちそうだ。
「&%$*>\」
どうぞ、と言っているようなのでスープの器を受け取り一口。
「おいしい!」
うん、こういうところだからね。キャンプで食べるご飯がおいしい、みたいな心理的なものもあるんだろう。
でも、それはそれ。私が寝てる間に一生懸命作ってくれたという気持ちもうれしい。
全部食べ終えたら、気力も充実。
「よし!行きます!」
いきなり壁の向こうで爆音がするから何事かと思ったが、どうやら女の子が起きたらしく……料理の匂いにつられたのか、顔をのぞかせたので手招き。
普通ならこんなに手間暇かける事はないレベルで手をかけた料理を勧めたら、実においしそうに食べる。作った甲斐があったものだと思いながら皆で食べ終えると、女の子が立ち上がり、パチンと頬を叩いて「それでは行きます!」と気合いを入れた。
……と思う。何言ってるかわからんけど。
道具を片付け終えると、小屋の中へ。そして、周りの壁が消えたら……うーん、見渡す限り魔物の死体。ベテランの話でしか聞いた事の無いような魔物から、見た事のない魔物まで様々。
「これだけは言える」
「ん?」
「俺たちじゃ勝てない魔物だらけ」
「だな」
そんな感想を言ってる間に小屋が持ち上げられて移動開始。
「ところで俺たちはこれからどうなるんだろう?」
「さあな」
あの子がどうにかして俺たちを無事に外に連れ出そうとしているんだろうけど、どんどん奥へ向かっているのがとても気になる。
「十八層到着……ここね」
まだ出来たばかりの階層なのか、ここまでに比べるとやや狭い階層の奥にコアの反応。そして当然のように多くの敵――つまり魔族――の反応。
「よし、進みましょう!」
体感的には夕方頃だが、さすがにこの階層で休憩というわけにはいかない。むしろさっさと片付けて外に出てから休憩にしよう。
ヴィジョンを一度戻して完全復活させて奥へ進み始める。
小屋の中の六人は、最初の頃こそ窓を開けて外を見ていたが、さっきの階層でとうとう窓を閉じた。私が片っ端から吹き飛ばしているので安全は確保しているが、魔物はかなりの強さになっており、直視するのも怖い……というわけではなく、攻撃の余波で小屋が揺れるだけでなく、爆風が吹き込んだり、少々大きめの岩のかけらが飛んできたりして結構危ないというのが主な理由。
おかげさまで(?)小屋は結構ボロボロになってきたので、このまま捨てていくか、持って帰ったあとは廃材のどちらか。でも、捨てていくのはダメな気がする。環境破壊とか不法投棄とかそう言うのではなく、「何だかすごい少女がハンターたちを守るために使った小屋」とかの説明書きがついてしまいそうなので。
しばらく進んでいくと、魔物の動きが変わり始めた。
明らかに一番大きな反応の魔族が何らかの指示を飛ばしているとしか思えない……こちらを迎え撃つための陣形を作っている。
と言っても、私はそういうのに疎いのでよくわからないけど、大きな広間になっているところの入り口を中心に囲むように整列させているのは明らかに統率された動きよね。
そんなふうに出迎え準備万端な広間の手前で一旦停止。
「ふう……よし、行こう」
水を一口飲み、ゆっくりと進んでいく。
小屋をここに置いて、私が突っ込んでいくというのも考えたけど、後ろから別働隊が来る可能性が高い――マップにはまだ点在している魔物が表示されてるし――ので、私の目の届くところで護る事に。
基本はヴィジョンに任せるけど、手に負えない事態が起こる事も想定しておく。
なぜここまで警戒を強めているのかというと……ここで一番大きく反応している魔族の強さが別格だから。
恐らく……魔王の分体並みの強さ、もしかしたらそれ以上かも知れない相手。もちろん、私自身も日々強くなっているのだけれど、多分一対一が精一杯になりそうな予感。
こちらの接近に気づいて、魔物を統率して陣形を組んでいるというのも警戒を高めるポイントの一つです。
と言っても、何か工夫できる事があるかというと、無い。私の目的地はダンジョンのコア。その周囲に魔族たちが陣取っているなら力ずくで突破するしかない。
特にこちらの気配を隠す事無くズンズン進むと、こちらの動きに気づいているようで、陣形ががっちり固まってきた感じ。何重にも横隊が作られ、一歩たりとも進ませないと言わんばかりの陣形だけど、馬鹿正直に相手をするつもりはありません。
そう、広間に到着しても速度を落とす事無く中へ進み、同時に魔法を放つ。
火魔法レベル六 爆裂魔法×たくさん
ちょっとばかし丈夫な物を揃えたとか、魔法を防ぐための何かをしていたとか、そう言うのを一切合切無視した一撃。当然、悲鳴と怒号が飛び交い、乱れた陣形を立て直しつつ、こちらへ攻撃を仕掛けようとするが、さらにそこへもう一発、また一発。
私にしてみれば、全力の何百分の一くらいの攻撃なので、間髪入れずに連射出来るけど、あちらはそんな事を想定していなかったらしくて総崩れ。立て直す余地もなくほぼ全滅。
そう、ほぼだ。
マップで確認できた一番強い魔族とその後ろにいた有象無象は生きている。後ろにいる連中は戦意喪失しているみたいだけどね。




