12-6
「いくぞ」
「いつでもどうぞ」
両者が同時に飛び出す。チャドは勢いのままに拳を振り上げ、そのまま右ストレート。私の倍以上の体格のせいでその拳は私の頭よりもでかい。だけどさっきみたいに打ち合いにする気は無い。
時間感覚操作十倍。
ホンの少しだけ加速して、トトッと突き出された腕を駆け上がる。さすがにこのくらいの加速だとあちらも気づき、対処しようと身をよじるが、私の狙いは、
「コール!」
トンッと頭を飛び越えたところで、真正面にヴィジョンを呼び出し、前後から頭に蹴りを入れる。
「ガッ!!」
前後から思い切り蹴っているのに、反応それだけ?頑丈ねえ……
まあ、これで攻撃の手を止めるつもりはない。すぐにくるりと体を回して、同時にかかと落としを脳天に。さすがに立っていられない衝撃となり、ドシャッと倒れたけど……うーん、今ひとつか。
「オラオラオラオラオラオラオラ!」
孫が夢中になって読んでいた漫画の主人公よろしく、ヴィジョンが倒れたチャドへボディブローを連打。
私はと言うと、右手に魔力を込めて一気に片をつけようと……
「うぴっ!」
いきなり足を捕まれてそのまま地面に叩きつけられ、変な声が出た。直後、反対の手でヴィジョンも振り払われてしまった。
「ぐ……この……離せっ」
左足をつかんだ腕に数回蹴りを入れてなんとか脱出。ちょっとだけ左足がミシミシ言ってた。何よこの怪力は。
「ふう……全くとんでもない娘だな」
ちょっとクラクラきたぜ、という雰囲気でゆっくりとチャドが立ち上がる。マジか。今のでちょっと効いた程度か。あの魔王の分体ほどとは行かないまでも相当な強さね。
ま、ここまでは時間稼ぎなんですけどね。
さすがにこれだけ暴れ回ると、介入しようという意志もなくなったようで、ハンターたちが距離をとってくれている。一カ所に集まってくれているのもグッド。守りやすくなったし、遠慮なく魔法をぶっ放せるわ。
「悪いけど、先を急ぎたいのでここまでね」
「は?何を言っている?」
「ちょっとだけ本気を出すから」
「へ?」
火魔法レベル七 火砲
爆音と共に発射された火砲がチャドの上半身を消し飛ばした。
少しだけダンジョンの壁も抉って。うんうん、少しずつだけど威力が上がっているの……今の爆音と衝撃波でハンターの皆さんが気絶しているんだけど、起こさないとダメよね?
「ヒール」
衝撃で鼓膜でも破っていたら大変なので治療をして、ヴィジョンに一人一人の頬をペチペチするように指示して考える。この先どうしようか、と。
このまま放置しておけば、いずれまた他からやって来た魔物に襲われてしまうのは明らかだし、例え襲われなくても私がダンジョンのコアを壊せばダンジョンは丸ごと崩壊。彼らの中に一人でも私のヴィジョン程度の頑丈さがあれば耐えられるかも知れないけど、地上に無事に出られるかというとなんとも言えない。
では、この前のダンジョンのように外へ送る?無理。各層の入り口――こっちからだと出口?――に私が壁を造ってきているから。少しだけ隙間を空けてあるけど、抜けようと思ったら背負った荷物を下ろし、鎧を脱がなければ通れないだろう。だが、ダンジョンの中でそんなことをしたらどうなるかなんて、考えるまでも無い。
では、そこに私のヴィジョンを同行させたら?確かに私のヴィジョンなら私が造ってきた壁を破壊出来るけど、そもそも壊しちゃダメ。私がここまで通過してきた間に相当な数の魔物を片付けてきているけど、全体から見れば半数以下。上から下まで一直線のルート以外にいる魔物はほとんど手つかずなので、それらが外に出ないようにするためにもあの壁は必要。
「連れて行く、か」
と言っても私の手は二本しかないし、ヴィジョンも然り。つまり抱えていけるのは四人まで。残りは背負う?論外。速度が落ちるとか言うのもそうだし、そんな状態で道中の魔物の相手なんて出来ない。いや、私は平気だよ?でも、背負われてたり、抱えられてたりする方は生きた心地がしないと思う。それに一応は……一応、と言う断り書きが必要というのが何とも悲しいけど……私もうら若き乙女なわけでして、むさ苦しさ全開の男性を抱えて移動など……さすがにイヤです、ごめんなさい。別にイケメンじゃ無いからと言うことではなくて、その……何というか、恥ずかしいです。
一応前世では結婚して子供も生まれ、と言う人生を送ってますけど、時代も時代で見合い結婚。今は亡き夫――というと何とも誤解のある言い方ですよね。私も死んでるわけですから――には、愛情を感じていなかったかというとそう言うことは無いどころか、言うなればラブラブだったんだけれど、その、何て言うか……はい。無理です。見ず知らずの、それも言葉も通じない男性を抱え上げるなんて。
と言う、乙女っぷりを発揮して自己弁護して、アイテムボックスから小屋を出す。移動に散々使ったアレ。ヴィジョンに起こされたハンターさんたちが目を丸くしているけど、とりあえず放置。
「中は……一応片付いているけど念のため、と」
衣類や食器なんかは無いけれど、色々と――ベッドやらソファやら――置かれているのを個別にアイテムボックスへ収納。ミニマリストとか呼ばれるような人の暮らす部屋みたいなまっさらの状態に。
この中に入ってもらって運んでいけば、まあ……何とかなるかな。この先でさらに人数が増えても問題ないし、魔物と戦うときにも私から離すことが出来るからね。
「さ、入って」
言葉は通じずとも、手招きで伝わると思う。
「なあ、俺たち、どうなるんだ?」
「わからん」
とんでもない化け物がいきなり現れ、好き放題になぶられ、さてそろそろ殺されるのかと覚悟していたところに突如として少女が飛び込んできて、大立ち回りを演じ、見た事もない威力の魔法を放って倒した。しかもその最中に非常に高レベルの、それこそおとぎ話に出てくる神に選ばれた聖女様による癒やしとしか思えないような治癒魔法がかけられて全快。何が何だかよくわからないところにいきなり小屋が現れ、その中に入るように少女に促された。
命の恩人だし、悪いようにはしないのだろうと中に入ると、小屋がいきなり浮き上がり、ダンジョンの奥へ向けて移動開始。色々と混乱したまま窓の外を見ていたら、魔物がゾロゾロやってきて……あっという間に弾けて消えた。
どうやらあの少女が屋根にいて魔法を撃ったらしい。
「なあ」
「ん?」
パーティのリーダーであるボルドは、魔術師のメリアに尋ねる。
「あんな魔法、見た事あるか?」
「あるわけ無いでしょ」
続いて治癒術士のバイロに尋ねてみた。
「まとめて全員、骨折すら治す治癒魔法って」
「知らん」
どうやら俺たちは人知を越えた何かに救われたのだろうな。
「で、これからどうすんの?」
「うん……えっとな」
ぼんやりと考えをまとめて話そうとすると、全員が注目するが、注目されてもたいしたことは言えないぞ?
「多分……ダンジョンの奥に向かってるよな?」
「そうみたいね」
「このまま行ったら、俺たちがいつも行ってる九層すら超えていくと思う」
「お、おう」
「そして……どういうわけか魔物がみんな強いというか、見た事もない魔物だらけだったよな?」
「そうだな」
「どうにか生きてるというか、逃げるに精一杯というか」




