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「って、レデリックさん?」
「お、俺も有名人になったもんだな」
「そ、それは……って、うわっと!」
少女がバシ、と背中を叩き、出口の方を指さしている。おかしな仮面で顔が隠れていると言え、ふんすと鼻息を立てて、両手を腰に当てている様子はちょっと可愛らしい。一方でハイオークを全滅させたのが、彼女の力の一端だろうと思うと、ギャップもすごいのだが。
「とりあえず、すぐそこが出口だから出て行けってさ」
「え……と……」
「礼ならこの子に言え。外国人で言葉が通じないけど、気持ちは通じるだろ」
「あ、はい。えっと……どうもありがとう」
伝わったらしく、コクコクと頷いているのでさっさと行けと急かしているところにさらに奥からハイオークが出てきた。
「クソ、まだいるのか!」
「それが、奥の方から大群で来ているんです!」
「マジかよ!」
ヤバいか、と思ったら出てきたオークの首がポンポンと宙を舞っている。何事かと思ったがさっきの少女が相変わらず飛び回っていて……まあ、そういうことだ。そして飛ばされた首が壁に当って落ちて潰れる音。一応ハンターとして十年以上のキャリアがあって、そこそこの腕があると自負していたんだが、その自信が潰れていく音に聞こえる。
「俺、このゴタゴタが片付いたら田舎に帰って実家を継ごうかな」
「奇遇だな、俺もだ」
そんな話をしている間に少女はどんどん奥へ進んでいった。あれ、ついていった方がいいのかな?
マップには結構な数の魔物が表示されているのだけれど、二層へ向かう通路に集中しているお陰で(?)私の後ろは死屍累々。まあ、倒し損ねて外に出ちゃったりしたら大変という意味ではありがたいのかな。
「二層への入り口到着……で、後ろについてきているんだけど、どうしたらいいのかな?」
彼らのペースに合わせていたら時間がかかりそうだけど振り切っていくのも何か違うような気もするし。と思っていたところへ、リリィさんからの手紙が飛んできた。
「えーと、なんでもいいからこの文字を紙に書き写せ……えっと、紙とペン……んー、不思議な記号にしか見えないけど……ここがこうで、こう?こんな感じ?」
とりあえず書き写して続きを読む。
「これを誰でもいいから見せろ……この五人でもいいのかしら?書いてあるのは……この少女がダンジョン内を掃討して回るが、一人では撃ち漏らしもあり得る。どこかで防衛線を構築し、耐えてくれ。おそらくこのダンジョンを踏破するのに最低二日はかかる、か……んじゃ、まあ……はい」
指示通りにしますと返事を送ったところで、書き写した紙をぜえはあと息の上がっている五人のリーダーっぽい人に見せた。私のスピードにここまで着いてきてるだけでも十分すごいと思う。
レデリックに渡された紙は、必死にルブロイの字をまねたのだが今ひとつ、と言うひどい字体だったがかろうじて読めた。
「この子が一人でダンジョンを踏破?」
「しかも二日で?」
普通なら「無理だろう」と一蹴するが、ここまで見てきた感じでは……あり得そうだな。
「だが、防衛線か」
「うーむ」
理想を言えばこの二層への入り口に防衛線を展開したい。ここまでに出てきた魔物は全て少女が撃破しているため、ダンジョンのくせに安全な場所となっているし、道幅も狭い。土嚢でも積み上げれば簡単に突破されることもないだろう。それにそもそもこの子がこの先へ向かうなら、ヤバそうな魔物はある程度片付けてくれるだろうから、ここまで来る魔物はそれほど脅威になるようなものもいないだろうし。
「わかった。できる限りのことはしよう」
言葉は通じなくとも、頷いてみせたら少女にも伝わったようで、「それじゃ」と言うように片手を挙げてから先へ進んでいった。
「さてと……とりあえず外へ伝令を頼む」
「じゃ、俺とお前で行くか」
「おう」
「じゃ、残る三人はここで警戒……え?」
ちょっと目を離した隙に目の前に大きな岩の壁が出来上がっていた。
「これ、絶対あの子がやったんだよな」
「理解が追いつかん」
「一応左右に人が通れるくらいの隙間はあるな」
「この先にいるハンターが生きている可能性は低そうだが、ここまでたどり着ければ何とか、というところか」
全員が顔を見合わせ、うなずき合う。
「やってやろうじゃん」
二人を外へ伝令に走らせると、残った三人は隙間から少しだけ下の様子を窺う。
「……轟音が聞こえるな」
「多分、あの子が魔物を吹き飛ばしながら進んでいるんだろ」
自分たちの今までの常識が崩れ去った割には、これまで築き上げてきた実績とか自信とかそう言うのが心の中に残っていることを実感。
「あれは何て言うか……住む世界の違う者だな」
「だな。人間の尺度で測っちゃダメだ」
開き直りではない。出来ることを精一杯するという、現実的な解である。
二層のマップを確認した結果、人間の反応はゼロ。魔物たちはここまでの階層で殺戮の限りを尽くして進んできているのだろうと推測。もっと早く私が来ていれば助けられた命もあったかも知れないが、それを言ったらキリがないので考えないことにして通路を駆けていく。
今までのダンジョン以上に魔物の数が多く、いちいち殴る蹴るをしていたら時間がかかりそうなので、前方へ魔法を撃ち続けながら進んでいく。ドドドドド、と火、氷、風、石という四属性を代表する初級魔法の弾丸を特に狙いもつけずに撃ち出し、片っ端から魔物を吹き飛ばす。最低レベルの魔法でも私が威力を調整せずに撃つと城壁くらいは軽く吹き飛ぶ威力なので、どこに当たってもだいたい致命傷。
運良く当たらなかった魔物は私の周囲をシューティングゲームのオプションよろしく飛び回っている私のヴィジョンが上下左右にたたきつけて壁や天井の染みに変える。脇道にいる魔物は相手に出来ていないけど、少なくとも私が進んだルート上の魔物が地上に向かわないだけでも被害はかなり押さえられるはず。
「やっと三層!」
三層へ降りる入り口に一層で作ったような壁を構築して簡単に突破されないようにしてから進んでいく。
ダンジョンに入ってから約三時間経過。リリィさんの「二日かかる」という予想は……だいたいあってる……のかな。
「六層到着!」
休み無しで走ってきたので、通路脇で休むことにする。
「とおっ!」
魔法で壁を作って通路を塞ぎ、その上に座る。
「アイテムボックス、と……えーと、これとこれ……」
クラレッグさんが用意してくれたお弁当を出して姿勢を正す。
「いただきます」
ダンジョン内でも食べやすいようにと小さめにカットしたパンに野菜や肉を挟んだサンドイッチ。かけられているソースの味が色々用意されていて、どれもおいしい。単調になりがちなダンジョン探索……と言うか、突破?……に彩りを添えてくれる。
「うーん、クラレッグさんって本当に優秀ね」
パンと具材とソースの比率が絶妙で、味と食感のバランスもいいのは言うまでも無いのだけど、ソースがあふれたり具材がこぼれたりと言うことがなく、手が全く汚れない。日本のコンビニサンドイッチだってここまでのクオリティは無かっただろうというレベル。
「ふう」
食べ終えると休憩としてゴロンと横になって目を閉じる。




